東京都内の集落「奥多摩」の未来図

〜「沿線まるごとホテル」プロジェクトの挑戦〜

2025年02月28日 / 『CRI』2025年3月号掲載

変わるまち・未来に続くまち

目次
  1. 「沿線まるごとラボ」開設の背景と機能
  2. 1. JR青梅線沿線の現状と開設の背景
  3. 2. 「沿線まるごとラボ」の機能
  4. 「沿線まるごとホテル」プロジェクトの始動
  5. 1. 「無人駅の活用」…無人駅をホテルのフロントやロビーに活用
  6. 2. 「空き家の再生・利用」…空き家を客室に再生
  7. 3. 「地域雇用の創出」…地域住民を接客・運営担当に採用
  8. ~奥多摩地域における「沿線まるごとホテル」プロジェクト これからの展望~
  9. あとがき

JR青梅線は、東京都立川市の「立川」駅から西多摩郡奥多摩町の「奥多摩」駅を結ぶJR東日本の鉄道路線で、歴史は古く、1894年に貨物輸送と地域の産業発展を目的に青梅鉄道として開通した後、1908年には現在の「青梅」駅が開業。青梅地域の発展と人の移動に大きく貢献した。
1960年代に入ると多摩地域の急速な宅地開発に伴い、首都圏西部の通勤・通学の重要な交通路線として機能する一方で、奥多摩地域への観光路線としても存在感を増していった(奥多摩地域観光人数212.2万人/年間 2017(平成29)年)。 
奥多摩地域の玄関口として機能してきたJR青梅線であるが、過疎化や高齢化という課題に直面しており、地域ぐるみでの問題解決に乗り出した。今回は、奥多摩地域における民間企業と沿線住民、行政による地域活性化に向けた取り組みについてレポートする。 

写真提供:沿線まるごと株式会社写真提供:沿線まるごと株式会社

「沿線まるごとラボ」開設の背景と機能

1. JR青梅線沿線の現状と開設の背景

JR青梅線沿線の人口は年々減少傾向にあり、特に「青梅」~「奥多摩」駅間は都心からの距離もあり、利便性に劣ることから人口減少・高齢化が深刻であった。
青梅市の総人口は2005年の142,354人をピークに減少に転じ、高齢者比率は2020年には32%を占めた。また奥多摩町の総人口は一貫して減少を続け、2020年には4,750人となり、1980年と比較し半数以上減少した。また高齢者比率は51%と日本国内の中でも高水準である。

両地域は、人口減少・高齢化の進行が深刻である一方で、風光明媚な景観と本格的なアクティビティを楽しめる観光資源に恵まれた地域であり、特に町の94%が山林である奥多摩町は、町全体が秩父多摩甲斐国立公園内にあり、森林セラピー基地(※1)に認定されている。
そこで、行政・民間企業(※2)が連携し、「滞在型観光」を目指して地域活性化に動き始めた。JR青梅線「青梅」~「奥多摩」駅間は、2018年に「東京アドベンチャーライン」の愛称が付けられ、2022年6月には滞在型観光を提案・研究する活動拠点として「沿線まるごとラボ」が「鳩ノ巣」駅(※3)に開設された。

※1:既に定着していた「アロマセラピー」に準じて林野庁長官によってつくられた造語で、2005年に林野庁が発表した森林セラピー基地構想に基づき2006年から具体化された。「科学的エビデンスを持ち、予防医学的効果を目指す森林浴」が行える場所。実施のための団体として特定非営利活動法人森林セラピーソサエティが設立され、癒し効果として科学的に評価された「森林浴効果」(=森林セラピー)があると認定された森林やウォーキングロードを持つ地域を指し、現在60の地域が認定されている。

※2:本事業の主体である沿線まるごと株式会社は、株式会社さとゆめ(53%)・東日本旅客鉄道株式会社(47%)が共同出資し2021年に設立。

※3:「鳩ノ巣」駅舎(無人駅)は、地域イノベーションを創出する研究所としての機能のために改修された。ラボでは執務や会議を行うほか、ワークショップの開催も予定されている。

2. 「沿線まるごとラボ」の機能

「沿線まるごとラボ」は、JR青梅線の駅とその周辺地域を一つの単位として捉え、地域の魅力をまるごと体験してもらう新しい観光コンセプトを提唱している。このコンセプトの特徴は、地域の独自性を最大限に活かし、地元住民と訪れる人を巻き込みながら地域に対し「うごかす」「つながる」「うみだす」好循環をつくっていくものである。この構想を具現化したのが「沿線まるごとホテル」プロジェクトである。従来の宿泊施設の概念を超え、地域全体をホテルに見立て、その土地ならではの魅力をまるごと体験できる新しい旅「マイクロツーリズム」を提案している。

「沿線まるごとラボ」外観(写真提供:沿線まるごと株式会社)「沿線まるごとラボ」外観(写真提供:沿線まるごと株式会社)

「沿線まるごとラボ」内観(写真提供:沿線まるごと株式会社)「沿線まるごとラボ」内観(写真提供:沿線まるごと株式会社)

「沿線まるごとホテル」プロジェクトの始動

「沿線まるごとホテル」プロジェクトは、2021年2月より3回の実証実験を経て2024年5月に本プロジェクトの中核となる施設「Satologue」のレストランおよびサウナをオープンし、今春にはホテルの開業を目指している。今後も空き家を改修した客室の増設を進め、2028年度までに5~8棟の宿泊棟の稼働を予定しており、下記3つを柱とした地域活性化を推進している。

1. 「無人駅の活用」…無人駅をホテルのフロントやロビーに活用

無人駅を、お客様が到着された時に「ホテルのフロント」として活用し、電車が到着する時間に合わせて、ホテルのスタッフがお出迎え。旅の栞を渡し、沿線での楽しみ方やホテルでの過ごし方について説明する。

2. 「空き家の再生・利用」…空き家を客室に再生

青梅市には約2,000戸、奥多摩町には約400~500戸の空き家が存在するが、本プロジェクトの中核施設であり第一号施設となる「Satologue」は養魚場の跡地と古民家をリノベーションしたもので、里山の風景を色濃く残したJR青梅線「古里(こり)」駅と「鳩ノ巣」駅の間に位置している。施設1階がラウンジ、2階がレストランとなっており、隣にはコンクリートの倉庫を改修した薪サウナがつくられている。

※青梅市空き家は総務省統計局2023年住宅・土地統計調査「空き家のうち二次利用・賃貸・売却の用以外の空き家」、奥多摩町空き家は2024年12月現在。奥多摩町は空き家バンクを積極的に推進しており、制度が始まってから約100件ほどの登録・契約90件。23区および区外からの問い合わせもあるという(奥多摩町 若者定住推進ヒアリングより)。

写真提供:沿線まるごと株式会社写真提供:沿線まるごと株式会社

写真提供:沿線まるごと株式会社写真提供:沿線まるごと株式会社

写真提供:沿線まるごと株式会社写真提供:沿線まるごと株式会社

3. 「地域雇用の創出」…地域住民を接客・運営担当に採用

民間会社との連携により地域事業者・住民が体験型コンテンツの開発や観光客の集落への案内、コンテンツ体験をサポートするほか、ホテルのキャストとしての役割を担う。

~奥多摩地域における「沿線まるごとホテル」プロジェクト これからの展望~

─「沿線まるごとホテル」プロジェクトの意義についてどのようにお考えでしょうか。また本地域でスタートさせたきっかけを教えてください。

1回のイベントで1万人が奥多摩に来るより、100人が100回奥多摩に来てくれるような事業をやりたいと思ったことがきっかけです。本地域は東京都でありながら過疎化・高齢化という課題を抱えており、JR東日本では持続性のある事業を模索していました。「沿線まるごとホテル」プロジェクトは、新たなツーリズムを醸成し都会から地方への人々の流れを生み出すことで地域活性化だけでなく、鉄道の利用者増加も同時に目指すことができると考えました。
本地域は町全体が国立公園内にあり、都心から電車で1時間40分ほどと気軽に訪れることができ、東京都でありながら各集落には日本の原風景が色濃く残る「ふるさと」を満喫できる地域であることからJR青梅線「青梅」~「奥多摩」駅を事業スタートの地として選びました。

─地域の自治体・企業・住民との具体的な連携について教えてください。

現在4自治体(奥多摩町・丹波山村・青梅市・小菅村)、約22地域事業者、約30名の地域住民と連携しており、定期的な意見交換やツアー考案などご協力頂いています。Satologue敷地内のわさび田の造成や、レストランで提供する食材の生産も地元農家の方の力を借りています。モニターツアーの考案にも携わって頂いており、地域住民が奥多摩で培った知恵や経験を多くの人に語り継ぐことが何より大切だと考えています。地域住民からの声で一番鮮明に覚えているのは「子供の頃から50年以上見てきた当たり前の光景が、Satologueの館内からだと初めて見る景色に見えた」と言われたことです。

─本プロジェクトを推進され、どのように地域は変化してきましたか。また今後の展望について教えてください。

「沿線まるごとホテル」プロジェクトが始まった2021年度の乗降客数は前年度と比べ14%増加し、実証実験中には「白丸」駅と「奥多摩」駅で前年比160%を超え、その後も横ばいで推移しています。最近では日本人だけでなくインバウンドの利用者も増えてきました。これまで日帰りで訪れていた人たちが、「沿線まるごとホテル」プロジェクトをスタートすることで鉄道を使って奥多摩地域の各地に足を運び、奥多摩らしいアクティビティを1回きりでなく、2回、3回と体験してもらい、何度も奥多摩に訪れたいと思ってもらえるようなプロジェクトに育てていきたい。JR青梅線の各駅に古民家ホテルを開業し、地域に点在する観光コンテンツをJR青梅線を起点として一つにまとめていくことで、沿線の暮らしをより体感できるようにつくり上げていく予定です。
そうした中で奥多摩ファンをどんどん増やし、移住という決断や地元での就職、奥多摩での子育てといった持続的な社会基盤の形成に寄与することができれば、これこそが「沿線まるごとホテル」プロジェクトの理想と考えています。
2040年には全国30沿線での事業展開を目指しており、JR青梅線以外での事業も視野にいれて活動しています。

取材協力
沿線まるごと株式会社
株式会社さとゆめ

あとがき

「地方移住」「二地域居住」は若年層を中心に関心が高く、話題となる機会も多いが、経済・移動距離等をはじめ、いくつかの課題もある。
しかし大都市近郊には、本事例のような地域が点在している。
大都市圏への人口集中は故郷(ふるさと)のない人を増加させているが、同時に故郷への郷愁を覚える人も増えているだろう。
そうしたニーズは地域住民が地元資源を再発見・再認識するきっかけになるのと同時に、土地への愛着を深めることにもつながるのではないだろうか。
このような、少し足を延ばせば故郷を体感できる“暮らし方の提案”は新しいライフスタイルを生み、過疎化や高齢化に悩む地域に対し創造的な再生へのヒントとなる可能性を秘めている。
そしてこのような試みが今後も持続、拡大していくことを見守っていきたい。(鈴木貴子)