長谷工グループが総力を挙げた大規模修繕が居住者にもたらした「暮らしの未来」とは?

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大阪府堺市の「サウスオールシティ」は1度目の大規模修繕工事で、既存分譲マンションとして初めてICTサービス*を実証導入。長谷工リフォームの島村国幸さんと当時の管理組合理事長 猿渡智治さんに、経緯と効果について聞きました。 ※ICTサービスとは、情報通信技術を活用した暮らしを便利にするためのシステムの総称です。

――そもそもマンションの大規模修繕工事にはどういった目的があるのでしょうか?

 

島村国幸さん(以下、島村):「修繕」とあるように、大規模修繕工事は基本的に「原状回復」や「維持」が目的となります。大規模修繕工事は12〜15年程度に1度行われるもので、1度目の大規模修繕工事は新築当時のクオリティーに戻すことが主な目的です。

 

 

――大規模修繕工事は、どのように進んでいくのでしょうか?

 

島村:大規模修繕工事に際して、まず第三者のコンサルタントを入れるかどうかを決めます。ここが1つ目の大きな分岐点となります。

 

猿渡智治さん(以下、猿渡):大規模修繕工事を進めていく方法は、修繕をしてくれる特定の事業者に直接お願いする「責任施工方式」か、外部のコンサルタントを起用し、点検や修繕内容の検討、業者への委託を一任する「コンサルタント方式」に大別されます。我々は議論の結果、外部のコンサルタントは入れず、長谷工リフォームさんに一任しようという形で決着しました。

 

大規模修繕工事の方法を決めるにあたって最も重視したのは、791戸という大規模なマンションを継続的に維持・管理していくという視点です。第三者のコンサルタントを起用すれば、コストカットや管理組合の負担軽減など利点もありますが、当然ながら1度目の大規模修繕工事を終えた後も維持・管理体制は維持していかなければなりません。マンションの維持・管理に連続性が必要であることを考えれば、施工から設計、管理までしていただいている長谷工さんに一任するのがベストだと考えました。

猿渡智治さん

▲大規模修繕工事時に理事長を務めていた猿渡智治さん

――今回、大規模修繕工事でICTサービスを導入されたとのことですが、こちらは長谷工リフォームさんからのご提案だったのでしょうか?

 

島村:正確にいえば、長谷工グループからのご提案でした。猿渡さんのお話にもあったように、大規模修繕工事を弊社に一任して下さったのは、弊社だけでなく長谷工グループの一貫体制に期待して下さったからこそです。猿渡さんや管理組合の皆さんと直接お話ししているのは私ですが、私や弊社だけではご提案できることにも限界があります。そこで長谷工グループ各社に相談し、管理組合が目指す連続性のある維持・管理のために何かできることがないかと模索していきました。

 

ICTサービスの導入は、ご提案のひとつに過ぎず、できる限りニュートラルに、このマンションのためになるご提案をさせていただくことを心がけていました。

 

猿渡:大規模修繕工事の方向性を決定するまでに、たしか半年ほどかかりましたよね。島村さんにはどこまでも私たちのマンションのことを思って、「大規模修繕とは」というお話から最近の傾向やICTサービスのことまで、徹頭徹尾中立的な立場でさまざまなことを教えていただきました。

 

今回、長谷工リフォームさんに一任したわけですが、一般的な「責任施工」とは少々異なるんですよ。長谷工リフォームさんが修繕業者に一括発注する点は同じですが、長谷工リフォームさんにお支払いする費用だけでなく、工事原価まで全てを開示していただきました。つまり、長谷工リフォームさんの取り分まで包み隠さず教えてもらったということです。

 

島村:サウスオールシティさんは、既存分譲マンションの大規模修繕工事で初めてICTサービスを導入したマンションですが、「下請業者選定開示方式」で修繕工事をさせていただいた初の事例でもあります。

島村国幸さん

長谷工リフォーム 関西営業部課長 島村国幸さん *所属先・肩書きは取材当時のもの

――ICTサービスの導入を決めた理由はどのようなところにあるのでしょうか?

 

猿渡:大前提として、長谷工さんと信頼関係を構築できていたということが大きいですね。加えて、かねてからマンションの資産価値を維持・向上していくためにはなんらかの施策を講じていかなければならないと考えていたんです。そこで今回の大規模修繕に合わせてご提案頂いたのがこの取り組みでした。放っておけばマンションの資産価値は年月とともに下がっていくわけですから。これから10年後、20年後の集合住宅のあるべき姿を予想したときに、ICT技術を用いたサービスは不可欠になっていくだろうと感じました。長谷工さんとしても挑戦的な取り組みということでしたので、ぜひ実証実験の場所として使っていただき、未来の集合住宅の姿を我々のマンションで体現してほしいと島村さんにお伝えしました。

 

 

――具体的にはどのようなICTサービスを導入されたのでしょうか?

 

島村:顔認証システムや混雑度可視化システム、宅配ボックス着荷通知システムなど、セキュリティーの向上や住人の方々の暮らしを便利にするためのサービスを導入しました。同時にICTサービスの導入が大規模修繕工事の効率化にも寄与しました。

 

猿渡:中でも、作業員の動線を確保できたことが大きかったですよね。サウスオールシティの敷地面積は3万3000㎡以上。南大阪で最大級のマンションです。エントランスは複数ありますが、修繕工事の作業員の方々のためにセキュリティを解放するわけにはいかず、別途専用出入り口を設ければ動線が長くなりすぎて効率が悪くなる上、セキュリティの弱点になる懸念もありました。そこで顔認証システムを数箇所のエントランスに設置して作業員の方々の顔を認証することで生活動線を共有し、この問題を解決することができました。

 


島村:これまで賃貸マンションに顔認証システムを導入してきましたが、それはあくまで住人の方々の便利な暮らしのためです。大規模修繕工事の効率化にも寄与するというのは、我々からしても新たな発見でした。

 

▲大規模修繕工事にあたる作業員の出入りを顔認証システムでスムーズに

島村:顔認証システムのほか、長谷工独自開発の居住者専用アプリ「まいりむ」も工事の効率化に役立ちました。工事前や工事中は、住人の皆さんにさまざまなことをお知らせをする必要があります。サウスオールシティの場合、800戸近くというビッグコミュニティーかつ住宅棟が3つありますから、お知らせを1枚ポスティングするだけでもかなりの時間を要してしまいます。しかし、アプリでお知らせを配信すればワンタッチです。もちろんデジタル難民を作るわけにはいかないですから、エントランスに設けたデジタルサイネージやTVの空きチャンネルを利用した自主放送にもお知らせを表示し、重要な事項についてはポスティングも併用しました。

 

猿渡:家から出ずにお知らせを受け取れるというのは非常に便利でした。たとえば「今日は洗濯物を干せるのか」というのは、毎日のことです。わざわざエントランスに行ってポストやデジタルサイネージを見に行くことなく、情報を受け取れますからね。

▲居住者専用アプリ「まいりむ」のスマホ画面。自宅にいながら、外出中も、洗濯物情報や工事工程など大規模修繕工事に関わる情報が確認できる

▲エントランスにはデジタルサイネージを設置

――大規模修繕工事を機にICTサービスを導入してから、居住者の皆さんの生活はどのように変わりましたか?

 

猿渡:顔認証システムはもちろん住人の方々も利用されています。特にお子さんがいるご家庭で喜ばれていると伺っています。というのも、顔認証でエントランスが通過できるというだけでなく、家族がエントランスを通過したときにスマホに通知が行く仕組みになっているんですよ。ご両親が外で働かれていても、お子さんが学校から帰ってきたことがわかるので安心です。

▲家族がエントランスを通過するとスマホに通知が届く

猿渡:大規模修繕工事が終わった今も、居住者専用アプリ「まいりむ」を利用しています。「まいりむ」では、宅配ボックスの着荷通知やプール、サウナ、キッズルームなどの共用施設の混雑状況から、敷地内の温度、湿度、風速、降雨量などが確認できます。

▲「まいりむ」では、宅配ボックスの着荷状況、共施設部の混雑状況などが確認できる

猿渡:サウスオールシティでは地震時の建物の揺れを検知し計測する加速度センサを設置し、建物のヘルスモニタリングも行っています。これは、建物の健康状態の把握やデータに基づいた維持管理計画、さらには将来の防災・減災に役立つことを期待しています。

 

島村:猿渡さんに「大規模修繕工事の提案に際し、長谷工さんならではの『当団地の新しい価値創造や資産価値向上に資するような企画や提案』をしてもらえないか」とご相談いただいたので、長谷工コーポレーションの技術研究所にお繋ぎしたんですよ。私には分からない領域でしたが、長谷工グループとしては「新しい取り組みとして学術的な意義も高く、データを取らせていただけるのは願ってもないこと」ということだったので導入させていただいたという経緯です。本当に私一人でできることは限られているので、グループ一丸となってサポートしていただきました。

 

猿渡:「ICT技術を用いた最先端の価値を提案したい」という技術研究所さんと「マンションの資産価値向上、減災・防災力の強化に繋げたい」という私たちを島村さんが繋いでくださらなかったら導入できませんでしたよ。奇跡の出会いだと思っています。「分からない」ということでそのままにしないで、しっかり適切な機関を見つけて手を尽くしてくださるところが島村さんの素晴らしいところです。

 

現在、マンション内のあらゆる場所にセンサが取り付けられており、地震が来れば各棟個別の震度や揺れ方がわかります。今後データを蓄積していくことで、大規模地震が発生した際にマンション内のどこが一番揺れるか予測することができるようになると考えています。これにより、要救助者の位置や数、危険な場所なども予測しやすくなるはずです。技術的にはまだ先の話ですが、将来に向けて計測できる体制を整え、データを蓄積していくことはできますからね。

 

ICTによって便利になったり、コストが下がったりすることも非常に素晴らしいことですが、最も大切なのは人の命が助かることです。「防災」や「減災」こそ、ICTが活用されるべき分野だと思っています。

▲サウスオールシティへのICTサービス導入の全体像

――昨今「修繕積立金が足りない」「合意形成が取れない」ということで苦労されている管理組合も少なくありません。「合意形成」というのはマンションの健全な維持・管理をするうえで重要なキーワードになってくると思いますが、このために必要なことについてどのように考えていますか?

 

猿渡:すべての住人がまったく同じ熱量で、同じ方向を見るということは、無理に等しいと思っています。割合でいえば、マンションの管理に関心を持っている方のほうが少ないはずです。またどれだけ建設的な意見であっても、住民の方々の多様な価値観の中では必ず反対意見が出てきます。では反対されないようにすればいいのかというと、そうとも限りません。反対意見を出す方には反対するなりの理由があるということですから、貴重な意見として受け止めるべきでしょう。大多数の無関心な方たちを巻き込むために、関心のある人たちで是々非々で議論を醸成し、合意点を目指して論理を積み上げていくこと。まずこれがファーストステップになってくるのではないでしょうか。

 

特定の分野に興味がある人もいると思います。それこそICTに興味がある人もいれば、防災に力を入れたい人もいます。それぞれ得意・不得意の分野もあるでしょう。興味のある人から、委員会、理事会、総会……と徐々に輪を広げていくのが望ましい形かもしれませんね。

 

島村:このマンションの良いところは、修繕委員会のゴールが大規模修繕工事の着工ではないというところなんですよ。逆にいえば、多くのマンションは大規模修繕工事に着工した時点で「終わった」と認識してしまっています。工事は、着工ではなく竣工が完了ですし、1度目の大規模修繕工事が終われば終わりなんてことはなく、結果を踏まえて将来の計画を見直すところまで修繕委員会が踏み込んでおられることが素晴らしいと思います。

 

サウスオールシティでは1度目の大規模修繕工事が終わりましたが、修繕委員会では現在も管理会社の長谷工コミュニティとともに長期修繕計画の策定をしています。ここでも長谷工グループでサポートさせていただいているわけですが、グループだからといって馴れ合うことはありません。長谷工コミュニティが出してきた修繕計画に私が意見することもあります。もちろんこれは敵対しているというわけでもなく、リフォームの現場に立っている人間と管理のプロとが意見を交わすことで、より良い管理や修繕ができるという思いからです。

 

――今後どのようにマンションを維持・管理していきたいとお考えですか?

 

猿渡:今回、実証実験として最先端のICTシステムを試しているわけですが、次回の大規模修繕工事の頃にはすでに当たり前になっているシステムもいくつかはあるでしょう。15年程度に1度の節目の大規模修繕工事の際に、その時代に即した必要なものを適切にフォローアップしていくことが最も大切になってくると考えています。

 

島村:今回の大規模修繕工事およびICTサービスの導入を通して痛感したのですが、おそらく800戸近いマンションでできたことを80戸や200戸のマンションで再現することは、そう難しいことではないはずです。実証実験というと「まずは小さく始める」というイメージがあったのですが、実は逆なんですよね。ありがたいことに、管理組合さんからは「長谷工ならではの提案をしてほしい」と常々おっしゃっていただいていますので、我々としては長谷工の優位性ではなくて、長谷工にしかできないことをご提案していくことが使命だと思っています。

 

冒頭で申し上げたとおり、基本的に大規模修繕工事に求められているのは原状回復や維持ということになりますが、これからは「改良」や「向上」が求められます。ICTサービスの導入はそのためのひとつに過ぎません。耐震性能や省エネ性能などの向上も視野に入れていただき、快適性や利便性、そして資産価値を高めていけるような改修のご提案をしていきたいですね。

▲これからの大規模修繕工事には「維持」や「原状回復」だけでなく「改良」や「向上」が求められる

▲大規模修繕工事中のクリスマスに実施されたプロジェクションマッピング

 

 

取材・文:亀梨奈美 撮影:山田絵理

 

WRITER

亀梨 奈美
不動産ジャーナリスト。不動産専門誌の記者として活動しながら、不動産会社や銀行、出版社メディアへ多数寄稿。不動産ジャンル書籍の執筆協力なども行う。

X:@namikamenashi

おまけのQ&A

Q.その他、ICTを活用したお取り組みについてお聞かせください。
A.猿渡:大規模修繕工事中のクリスマスに、プロジェクションマッピングを実施しました。工事に利用する足場の布を一部白い布を掛けてもらって、音楽をかけて映像を投影しました。子どもたちが声を上げて喜んでくれていたのが印象的です。