2,000万円の修繕積立金不足――月額の積立金を3倍に引き上げた「レクセルガーデン北綾瀬」の「改革」とは?

  • XX
  • facebookfacebook
  • BingBing
  • LINELINE

近年、大規模修繕工事に向けた積立金不足に陥っているマンションが増加しています。1回目の大規模修繕工事前に積立金が大幅に不足していることが判明した結果、月額積立金を3倍以上引き上げすることに合意を得た「レクセルガーデン北綾瀬」管理組合理事長の後藤謙治さんに、合意形成までのプロセスを取材しました。

2008年竣工、9階建て、総戸数28戸のいわゆる小規模マンションであるレクセルガーデン北綾瀬で修繕積立金不足が発覚したのは、2016年のことです。さまざまなメディアでマンションの修繕積立金不足が話題になっていたことから、当時、後藤さんは理事ではなかったが決算資料を確認したところ、4年後に予定していた1度目の大規模修繕工事に向けて積み立てていた金額がまったく足りていないことに気づいたそう。

後藤謙治さん

▲レクセルガーデン北綾瀬管理組合理事長の後藤謙治さん

同マンションの当時の修繕積立金の積立方法は「段階増額積立方式」。新築時から徐々に積立金の徴収額を増額していく方式ですが、同マンションでは築8年を迎えた当時まで一度も増額していませんでした。

 

「当時の修繕積立金の1戸あたりの平均は『6,051円/月』でした。1㎡あたりでいうと80円ほど。管理会社から徴収額の値上げを助言されたという履歴はあったのですが、問題を先送りにしていたということでしょう。竣工から12年目に1度目の大規模修繕を予定していましたが、このときの不足額は2,000万円ほどでした」(後藤謙治さん、以下後藤さん)

 

2021年に改訂された長期修繕計画作成ガイドラインにおける20階未満のマンションの修繕積立金の平均額の目安は、1㎡あたり300円/月前後。当時の積立金額がいかに少なかったかが分かりますが、同マンションのように段階増額積立方式を採用していて、値上げに踏み切れないマンションは少なくありません。国土交通省が全国の管理組合と区分所有者に対して行った2023年度マンション総合調査によれば、有効な回答が得られたマンション管理組合のうち36.6%と4割近くで修繕積立金が不足しています。状況不明も2割を超えていることから、実態としてはさらに多くのマンションで修繕積立金不足に陥っているものと推測されます。

国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」

▲20階未満のマンションの修繕積立金の平均額の目安は300円前後/㎡・月

国土交通省「令和5年度マンション総合調査からみたマンションの居住と管理の状況」

▲国土交通省が行ったアンケート「2023年度マンション総合調査」では、有効回答が得られた1402のマンション管理組合のうち36.6%で修繕積立金が不足していることがわかった

段階増額積立方式を採用しているマンションは増加傾向にあり、2015年以降は8割以上が採用しています。「段階増額」とはいえ自動的に徴収額が引き上げられるわけではなく、増額するには総会で過半数の同意を得なければなりません。国土交通省によれば、増額に際して「生活に支障が出るから増額に反対」「増額の根拠が分からない」「増額幅が大きすぎる」といった懸念や反対の声を上げる住人も少なくありません。

国土交通省「令和5年度マンション総合調査からみたマンションの居住と管理の状況」

▲段階増額積立方式のマンションは増加傾向にある

「何もしなければ変わらない」と考えた後藤さんは、マンションの管理や修繕に関するセミナーに参加するなど、情報収集から着手しました。修繕積立金が不足している事実を知った翌年には、管理組合の理事長に就任。まず修繕積立金が不足している事実を理事に伝えたところ、そこでの反応は予想外に薄いものだったそうです。

 

「『え!? こんなに不足しているの!?』と驚いてほしかったのですが、そういうこともなく、淡々と話を聞いていただいた感じです。修繕積立金やマンションの維持・管理に対して『勝手にやってくれるもの』という感覚があったのかもしれません。ただ、うちのマンションは28世帯と小規模ですし、お互いが顔見知り。ちゃんと説明すれば分かっていただけると思い、住人の皆さんに説明するときには、外部のコンサルタントに協力してもらいながら、修繕積立金が不足しているという現状に加え『このままだとどうなってしまうのか』『どう解消していくべきか』ということをお伝えしました」(後藤さん)

後藤謙治さん

▲管理費削減の説明をする際には分かりやすいように表計算ソフトで資料を作ったそう

当時の状況を打破するには、修繕積立金の月々の積立金の引き上げが不可欠だったわけですが、後藤さんは引き上げ前に支出の見直しを行いました。金額の削減だけを重視するのではなく、要否を慎重に検討したうえで、共用部の照明のLED化やエレベーター保守業者の変更、植栽管理業者の変更、火災保険の見直しを実施。結果的に、年間約57万円の支出削減に成功しました。

 

「管理費と修繕積立金は別の費用ではあるものの、住人のお財布から出るという点については同じです。住人の方から徴収する管理費を削減するまでには至らなかったのですが、昨今の電気代高騰、人件費高騰の折にも管理費を大幅に値上げせずに済んでいます。また、『支出を見直した』というプロセスを踏んだこと自体が重要だったと思います。修繕積立金を増額するには、住人の方々のご理解が不可欠ですからね」(後藤さん)

共用部の照明

▲修繕積立金を増額する前に共用部の照明をLED化

エレベーター

▲エレベーターの保守業者はメーカー系から保守専門業者に変更

後藤謙治さん02

▲新築時から依頼してきた植栽管理業者も変更して管理費を削減した

支出の見直しに加えて修繕積立金の増額前に実施したのが、修繕計画の見直しです。当初計画では、大規模修繕工事の周期を「12年」としていましたが、これを「15年」に変更。さらに、30年間だった計画期間を延長して竣工後60年まで作成しました。12年周期では築60年まで5度の大規模修繕が必要になりますが、15年周期であれば4度。これにより、必要となる修繕積立金を抑えることができたそうです。従来の国土交通省の長期修繕計画作成ガイドラインでは、修繕周期の目安を12年としていましたが、2021年の改訂後は12〜15年としています。

国土交通省「長期修繕計画標準様式、長期修繕計画作成ガイドライン・同コメントの改訂(概要)」

▲国交省は2021年に長期修繕計画及び修繕積立金に関するガイドラインを改訂・公表

支出の見直し、そして修繕計画の見直しを経て、いよいよ修繕積立金の増額に踏み切った同マンションですが「いくら引き上げるか」というのも管理組合の頭を悩ませる問題のひとつです。

 

選択肢は、次の2つに大別されます。1つは、段階増額積立方式のまま数年後に再び引き上げを実施することを想定して、一定程度増額するという選択。そして2つ目は、積立額が一定となる均等積立方式に切り替え、修繕計画に見合った金額まで一気に増額するという選択です。

 

同マンションが選んだのは、後者。段階増額積立方式から均等積立方式に切り替え、修繕積立金額は戸あたり平均約20,988円/月まで引き上げました。引き上げ幅は、実に約3.5倍。大幅な増額となりましたが、支出や修繕計画を見直し、住人の疑問や不安にこまやかに寄り添うことで、紛糾することなく決議に至ったそうです。

 

「均等積立方式に切り替えた理由は、これまで段階的に増額することができなかったという一点に尽きます。引き上げ幅は大きくなりましたが、計3回説明会を実施し、ご理解いただけるように努めました」(後藤さん)

 

修繕積立金を引き上げたのは、2021年のこと。1度目の大規模修繕は2022年に実施し、不足する費用は融資で補いました。融資額は、1,800万円。修繕工事内容や施工会社を精査したことで、想定していた金額より低く抑えることができたそうです。

レクセルガーデン北綾瀬外観

▲2022年に1度目の大規模修繕工事を終えたレクセルガーデン北綾瀬

同マンションが修繕積立金の大幅引き上げに成功したのは、後藤さんの存在が大きいことは言うまでもありません。輪番制で回ってきた理事や理事長の役割を“当たり障りなく”こなす人も少なくない中、2016年に修繕積立金が不足していることに気づいてから実際に値上げするまでの5年間で、後藤さんは仕事や子育ての傍ら情報を収集し、コンサルタントを探し、住人の理解が得られるよう管理費や修繕計画を見直しました。ここまで後藤さんを突き動かしたものは、何だったのでしょうか。

 

「別にかっこいいものではなくて、単に自分の資産を守りたかったという一心からです。気になってしまったらやらないと気が済まないという性格もあるのだと思います。マンションの資産性、居住性、安全性を維持するには、誰かが動かなければなりません。私も8年目までは無頓着だったわけですが、マンションの管理責任は住人一人ひとりにあります。他人事にするのではなく、『自分事』として捉える意識が大事なのでしょうね」(後藤さん)

後藤謙治さん03

 

 

 

取材・文:亀梨奈美 撮影:石原麻里絵

 

WRITER

亀梨 奈美
不動産ジャーナリスト。不動産専門誌の記者として活動しながら、不動産会社や銀行、出版社メディアへ多数寄稿。不動産ジャンル書籍の執筆協力なども行う。

X:@namikamenashi

おまけのQ&A

Q.修繕積立金不足の改善に続いて、資産価値向上のために着手したいと考えていることは?
A.国交省や民間団体の認定制度はハードルが高いものの、その基準を参考にしつつできることから、少しずつ改善を図っていければと思っています。