春〜秋に急増する子どものマンション転落事故を考える――その背景と防止策とは?

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窓を開ける季節、高層マンションのベランダや窓から子どもが転落する事故が増加。(※)その背景と、家庭とデベロッパー双方に求められる対応策を帝京大学の三木祐子教授に伺いました。
※出典:消費者庁ウェブサイト

 
三木祐子教授01

▲帝京大学医療技術学部看護学科 教授 三木祐子(みき・ゆうこ)。病院看護師を経て、1995年に東京大学大学院医学系研究科修士課程、1998年に博士課程を修了。同年から厚生省健康政策局看護課看護師係長を務め、東京医科歯科大学大学院の非常勤講師などを歴任。2018年より帝京大学に赴任

――子どもが高層マンションのベランダや窓から転落する事故のニュースをよく見聞きします。事故の原因は何でしょうか?

 

三木祐子教授(以下、三木):子どもは成長発達の途上にあり、事故に対する知識や対応能力が不足していることが原因だと言えるでしょう。

 

子どもはじっとしていないですし、大人が予測できないような行動を取ることもあります。言語発達も未熟なため、起きたことを正確に伝えることが難しく、事故防止のための運動能力も備わっていません。

 

また、一般的に子どもの視野は大人よりも狭く、ベランダや窓からの視界が限られているため、危険を感じにくいことも一因になっていると考えられます。大人の視野は水平方向で約150度まで見えますが、子どもは約90度に留まります。そのため、大人が「見えている」と思っているだけで、実際には子どもには見えていない可能性も。従って、ベランダや窓に出たときの視野が狭いので、大人とくらべると恐怖心を感じにくい可能性があります。これらの特性が重なると、転落事故を招きやすいと考えられます。

子どもの視野

▲子どもの視野は大人と比べて狭い。チャイルドビジョン(東京都福祉局ホームページより。制作協力:横浜市、テラダクラフトスタジオ 寺田松雄)という紙で組み立てる立体メガネで、幼児の視界を体験することもできる

――子どもの転落事故は何歳くらいが多いのでしょうか?

 

三木:厚生労働省のデータによれば、0歳から4歳の幼児の不慮の事故の原因として、窒息や交通事故に次いで転落が多く見られます。特に1歳から4歳の年齢層では、行動半径が広がることで転落事故のリスクが増加します。

 

また、東京都消防庁のデータによると、直近の5年間で一番救急搬送されたのは1歳の子どもで、次いで4歳、3歳が多いことが分かります。

 

小学生になると理解力や危険を回避する力が備わってくることもあり、転落事故の割合は減っていきます。

厚生労働省 令和4年人口動態統計
東京消防庁「こどもが住宅等の窓・ベランダから墜落する事故に注意!」

▲高層マンションからの転落を含む、転倒・転落・墜落の死亡率割合は1歳から4歳で多くなる

――乳児と幼児では、発達段階が微妙に違いますよね。それによって転落の原因も異なる気がするのですが。

 

三木:個人差があるのと明確な根拠がないので一概には言えませんが、1歳から2歳は歩けるようになって間もない時期ですから、行動範囲が広がったことによって不慮の事故が起きてしまう可能性が考えられます。

 

一方、3歳から5歳は、おそらく好奇心や冒険心に基づく行動が転落事故につながっている可能性が高いかもしれません。私も身近なお子さん(小学校高学年)が、マンションの欄干によじ登って遊んでいた話を耳にしたことがあります。

 

マンションのベランダや窓に限らず、未遂に終わった転落事故は多いと思います。

 

また、近年高層マンションに住むお子さんが増えてきたので転落の件数も相対的に増えたのかなという印象を持っております。

三木祐子教授02

▲歩けるようになり、行動範囲が広がる1歳過ぎあたりが要注意だと指摘する三木教授

――子どもの転落事故を防ぐために気をつけるべきことは何ですか?

 

三木:子どもの特性を理解し、事故防止対策を実践することが重要です。子どもの発達段階の特徴を十分に理解して対策を講じなければいけません。具体的に、家庭で実践できることは次の5点です。

 

  • 1.ベランダや窓の施錠を確実に行うこと
  • 2.ベランダや窓の近くに登れる物を置かないようにする
  • 3.子どもが寝ている間に短時間でも外出しないよう注意する(親子で同じ部屋で過ごす。常に親の視界に子どもがいるようにする)
  • 4.子どもが一人でベランダに出ないよう教育する
  • 5.子どもにとって危険を回避する能力を身につけるための教育をする
ブランシエラ四街道駅前

▲ベランダに足がかりとなるものを置かない

また、保育園や幼稚園、学校の教育も見直すべきだと思います。現在、怪我をさせないことを重視する一方で、怪我をしたときの対応や痛みの対処法を学ぶ機会が減っています。それらを教育の現場で教えることも重要です。

 

――家庭でできる事故防止策について、もう少し詳しく伺えますでしょうか。

 

三木:まずは、物理的にベランダや窓から転落するリスクを減らすことです。要するに、外に出ようと思っても簡単に出られない状況をつくること。具体的には、ベランダや窓の施錠です。子どもが手を上げたり、イスに登ったりしても届かないところに、補助錠を付けていただきたいです。

 

例えば「子どもが寝ている間に」と思って出かけた際、目を覚ました子どもが親を探して外に出ようとする話をよく聞きます。それによってベランダに出てしまう可能性が高まります。

 

そして、ベランダに限っては、子どもが「室内の延長線にある場所」だと認識しないようにすることが重要です。ベランダにイスやテーブルを出して、リビングのように利用している場合もあるかもしれません。しかし、乳幼児や幼児がいるご家庭では、あまり望ましくないです。ベランダにイスやテーブルを出さないことを徹底していただきたいです。

 

あとは、日ごろからベランダに出ないように、繰り返し言い聞かせることです。さらに、体感を踏まえた学習も重要。階段やちょっとした段差に躓いたときに「高いところから低いところに落ちると痛いんだよ」と、親が言葉で状況を理解させることもポイントです。

 

他にも、好奇心や冒険心の発散という意味で、日中は思いっきり外遊びをさせるなど、家で動き回る余力を残さないようにするなども効果的だと思います。

三木祐子教授03

▲ベランダの鍵は子どもが手を伸ばせば届く位置につけられていることがほとんど。「補助錠の設置を積極的に検討するべき」と三木教授

――マンションを設計する側に求めることはありますか。

 

三木:ベランダの手すりの高さを見直していただくことを期待します。現在の建築基準法では、2階以上のベランダは手すりの高さを1.1メートル以上にすることが定められていますが、1.1メートルでは不十分であり、それを超える高さが必要だと考えています。

 

小児科医の山中龍宏先生の調査によると、子どもは1.1メートルの手すりを軽々と乗り越えられることが分かっています。山中先生も、家庭だけでは事故を防ぎきれないため、手すりの高さをさらに高くする必要があると主張されています。

 

景観との兼ね合いもあるかもしれませんが、建築基準法よりも厳しい基準で、設計していただきたいです。

 

また、建築家の仙田 満先生(こども環境学会代表理事、東京工業大学名誉教授)は、ベランダに転落防止ネットを張る有効性を主張されています。転落防止ネットは比較的低コストで設置可能であり、効果的な対策です。

 

ハード面の見直しはもとより、注意喚起も重要です。マンションを供給する事業者の方々には、小さなお子さんのいる家庭に転落事故の危険性について十分な注意喚起をすることを意識していただきたいと思います。転落事故が発生している現実を伝え、購入者が適切な対策を講じる手助けをしてほしいです。

 

事故が起きると、後でトラブルになる可能性がありますので、お互いのために重要な情報は共有すべきです。

 

――マンションを設計、販売する側も、盲点があるかもしれません。多くの関係者が意識を持って転落事故を未然に防ぐ取り組みを強化するためには、何が重要でしょうか。

 

三木:子育て中の保護者の意見を取り入れることが重要だと思います。高層マンションの設計段階から、特に子育て経験を持つ女性が参加してほしいですね。

 

子どもの実態をほとんど知らない人だけの視点で設計してしまうと、どうしても気づけない部分が多くなってしまいます。もちろん女性に限りませんが、子育てをしている人の意見を取り入れることで、それまで気づけなかった危険に気づける可能性が高くなります。

 

マンションに住む理由として最も多いのは景観の良さや通勤・通学の便利さですが、子どもの安全をどれだけ考慮しているのかというと疑問が残ります。個々の価値観に踏み込むことは難しいですが、多くの立場の方々が意識して関わることが必要だと思います。

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▲三木教授は「子どもの安全確保を意識したマンションを増やすために、さまざまな関係者に働きかけていきたい」と話す

 

 

取材・文:末吉陽子 撮影: 高嶋佳代(三木教授)、ホリバトシタカ(ブランシエラ四街道駅前) 

 

WRITER

末吉 陽子
編集者・ライター。住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手掛けている。

おまけのQ&A

Q.子どもの視野の狭さはどうやって補うべきでしょうか?
A.言葉を理解するようになった段階からにはなりますが、日常的な声かけが重要です。「見えていないかもしれないけど横から車が来ているよ」「人や物にぶつからないように気を付けてね」と繰り返し伝えることで、子どもに意識が芽生えます。