マンションにおける「より良い換気性能」を確保する取り組みについて、長谷工コーポレーション 技術研究所の菅原正道さんが解説します。
取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 撮影:ホリバトシタカ
マンションにおける「より良い換気性能」を確保する取り組みについて、長谷工コーポレーション 技術研究所の菅原正道さんが解説します。
取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 撮影:ホリバトシタカ
――気密性の高いマンションでは、どのような換気の技術が使われているのでしょうか?
菅原さん(以下、敬称略):マンションの換気システムは、大きく分けてふたつの方式があります。ひとつ目が「第1種換気方式」。こちらは給気も排気も機械で行うというものです。メリットは室内外の圧力の差が小さくなること。デメリットはダクトの数が増えるために下がり天井が多くなってしまう場合があること、また、コストがかかることなどが挙げられます。
ふたつ目が「第3種換気方式」です。給気は壁の換気口から自然に空気を取り込む自然給気、排気のみ機械を使って行うというものです。マンションではこちらの方式が圧倒的に多く、長谷工が手掛けるマンションも殆どが「第3種換気方式」となっています。メリットは第1種とは逆で、下がり天井が少なくなり、コストも第1種に比べて下がります。デメリットは、室内外の圧力差が大きくなることが挙げられます。
▲長谷工コーポレーション 技術推進部門 技術研究所 建築設備研究室 室長・菅原正道さん。
※所属先・肩書きは取材当時のもの。
――室内外の圧力差が大きくなると、どんな弊害がありますか?
菅原:外に比べて部屋の中の圧力が大きく下がると、たとえばサッシから笛が鳴るような音がしたり、エアコンからポコポコという音がしたりします。また、窓やドアが重くなり、風が強い日などは外開きの玄関ドアが子どもや高齢者の力では開けられなくなることもあるんです。他にも、キッチンやトイレの排水トラップから異臭がするなど、さまざまな弊害が生じる可能性があります。
第3種換気は排気のみが強制的に行われるため、十分に給気ができていないと室内の圧力が下がってしまいます。そこで長谷工の技術研究所では第3種換気でもこうしたデメリットを生じさせなくするための研究や調査を、長年にわたり行っています。
――具体的に、どのような研究・調査を行っているのでしょうか?
菅原:まず給気側ですが、給気口にはさまざまな大きさ・形状があり、ものによっては空気を取り込む際の抵抗が大きくなってしまいます。つまり、十分な量の給気を行うためには、換気口の圧力損失をいかに少なくするかがポイントになるんです。技術研究所には圧力損失を計測する装置があり、長谷工が施工するマンションすべての換気口を測定しています。その結果をもとに計算書を作成して設計に盛り込んだり、メーカーさんとの共同開発するのに役立てたりしています。
▲口径・形状の異なるさまざまな換気口。
菅原:一方の排気側ですが、必要な換気量に応じて適正な風量(排気量)の機器を設置する必要があります。たとえば、24時間換気システムでは「住居全体の空気を2時間に1回、全て入れ替えること」と基準が定められていますし、レンジフードについては物件ごとのガスの消費量を想定し、必要な換気量を求めます。機器の風量が少ないと必要換気量を満たすことはできませんし、逆に風量が多すぎると排気側が過大になって室内の圧力が下がってしまう。そこで、技術研究所で作成した計算書ソフトにてマンションの居室ごとに給気・排気のバランスが適正になるよう設計にて計算し、設備の設計や施工に生かしています。
――換気扇はパワーがあればあるだけいいというわけではないんですね。
菅原:はい。換気扇の場合、大は小を兼ねないんです。逆に、パワーが大きすぎるとさまざまな弊害をもたらしてしまいます。
――ちなみに、その適正な風量などは、建物の間取りや形状などによって変わってくるのでしょうか?
菅原:そうですね。部屋の大きさと天井の高さ、それから窓の数などによって部屋の気密性も変わりますので、そういった部分も考慮する必要があります。窓があるとサッシから若干の隙間風が入り、窓のない部屋と比べて給気の量も変わりますから。こうしたさまざまな状況をふまえて居室ごとに適正な換気システムを割り出していく必要があるんです。
▲菅原さんとともに、換気システムの研究を行う長谷工コーポレーション 技術推進部門 技術研究所 建築設備研究室 主任研究員・西村欣英さん。
※所属先・肩書きは取材当時のもの。
▲通気抵抗試験装置を使い、全ての換気口の圧力損失を計測している。
――技術研究所での調査や研究を設備の施工に生かしているということですが、具体的な流れを教えてください。
菅原:まずは先ほど申し上げた通り、技術研究所で換気口の圧力損失などをすべて把握した上で、計算書ソフトを作成し設計部門にて計算書を作成します。その計算書をもとに、実際のマンションに換気システムを施工するという流れです。施工後は現場の担当者が風量測定などの検査を行い、計算書通りの適正な風量が確保できているかチェックしています。
また、これ以外にも現場からの要請で、技術研究所の担当者が現場へ赴き、室内の差圧や換気量の測定を行うこともありますね。
――計算書の数値と現場での検査結果に違いが出た場合はどうするのでしょうか?
菅原:その場合は何らかの問題が生じている可能性があるため、改めて検証を行い、問題の特定と改善を図ります。ただ、技術研究所でもかなり緻密な調査を行なっていますので、食い違いが生じることはほとんどありません。
――そうやって技術研究所と現場が連携しながら、換気設備が正常に機能するよう検証した上で施工していると。ただ、いくら優れた換気システムがあっても、それを正しく使えていないケースもありそうです。
菅原:特に意識していただきたいのは、定期的なメンテナンスです。給気側、排気側ともに、できれば1か月に1回程度はフィルターを掃除していただきたいと思います。マンションにお住まいの方からよく「サッシから音鳴りがする」「玄関ドアが重い」といったご相談をいただくことがあるのですが、フィルターを掃除するだけで解決するケースも多いです。
たとえば、給気側のフィルターの外側についているメッシュが目詰まりすると、換気口を開けていても外から空気が入ってこなくなります。一方、排気側は機械で強制的に室内の空気を外に出していますから、室内の負圧が大きくなり、玄関のドアが重たくなってしまうんです。
もし、しっかり掃除をしているのに解決しない場合は、排気ダクトや換気扇など、排気側の設備に何らかの異変が生じている可能性も考えられますので、改めて調査する必要があります。
▲換気口を開いた状態、閉じた状態それぞれのケースで、ドアを開けるために必要な力の強さを測定。開いた状態は55.1Nなのに対し、閉じた状態では163.1Nと大きく数値が跳ね上がった。
――そもそも、換気口を閉じっぱなしにしている人も多いように思いますが、基本的には24時間、常に開けておく必要があるわけですよね?
菅原:はい、換気口は常に開けておいてください。特に冬場などは冷たい外気が部屋に入ってくるのが嫌で閉じてしまう人も多いようですが、それでは換気ができなくなってしまいます。
室内において、安全な二酸化炭素濃度の目安は1000ppm以下といわれています。複数人が過ごす部屋で1時間も換気されない状態が続けば、あっという間に1000ppmを超えてしまうんです。
それ以外にも、換気をしないと窓が結露しやすくなりますし、換気口を閉じたまま換気扇を回していると、機械のファンの寿命も短くなってしまいます。繰り返しになりますが、換気口は必ず開いた状態にしておき、また、定期的にメンテナンスを行うことで、24時間換気システムが正常に機能するようにしていただきたいと思います。
――現在、技術研究所では換気にまつわるどのようなテーマに注力しているのでしょうか?
菅原:まずは、“音”の問題ですね。先ほど換気口の圧力損失についてお話しましたが、基本的には開口が大きくなるほど抵抗が少なくなり、たくさんの空気を取り込むことができます。ただ、当然ながら穴が大きくなれば、そのぶん外部からの騒音も部屋の中にダイレクトに入ってきてしまうわけです。ですから、できる限り圧力損失をなくしつつ、高い遮音性をも兼ね備えた給気システムをメーカーさんと共同で開発しました。こちらは今後、実際に長谷工のマンションに導入されていく予定です。
▲遮音性能と換気性能を高めた高遮音低圧損換気口。
※写真は長谷工コーポレーション 技術推進部門 技術研究所提供
もうひとつは、排気の際の“におい”の問題です。マンションの場合、一般的には共用部である開放廊下側に排気を行います。つまり、調理臭やペット臭、タバコ臭といった部屋の中のにおいも、そのまま廊下側に排気されてしまうんです。実際、廊下を歩く時にそうしたにおいが気になるという方も少なくありません。そこで、技術研究所ではそうしたにおい対策の研究も行なっています。
――換気そのものを良くするだけでなく、換気によって生じるマイナス面も解消する必要があると。
菅原:そうですね。他にも技術研究所では、さまざまなアプローチで換気にまつわる調査・研究を行なっています。これらの成果を製品化へとつなげ、マンションでの暮らしがより快適になるよう努めていきたいと思います。