老朽化マンション建替えの切り札になるか!? 法改正議論の行方を聞く

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マンション建替えを促進するための法改正が議論されています。マンション管理士の資格も持つ弁護士・香川希理先生に聞きました。

取材・文:小野悠史 撮影:高橋絵理奈

――マンションを建替えるために必要な賛成要件の緩和が議論されています。具体的には、現行「4/5」の賛成から「3/4」や「2/3」へ決議に必要な賛成割合を下げることを念頭に区分所有法を改正しようという動きがあるわけですが、マンション建替えについてメディアで取り上げられることも増えてきました。こうした動きにはどんな社会背景があるのでしょうか。

 

香川さん(以下、敬称略):マンションにおける「二つの老い」という言葉が、この10年間で頻繁に使われるようになりました。マンション住民の高齢化と建物の老朽化の2つを指す言葉です。
住民の高齢化は日本全体で進む少子高齢化と同根の問題です。少子高齢化で社会保障費が増大し、労働人口が減少するなどして、さまざまな社会システムを脅かしています。それはマンションも例外ではなく、住民の高齢化が進むことで管理組合を運営していく担い手が不足したり、定年退職後に収入が減少してしまった入居者が多くなり管理費や修繕積立金の滞納が増加したりすることが懸念されています。

 

もうひとつ、建物の老朽化も大きな問題です。一口に老朽化マンションといっても法的な定義はありませんが、不動産の市場ではだいたい完成から40年を超えると老朽化マンションとして扱われるようになります。
日本では高度経済成長期からマンションストックが右肩上がりで増えていて、現在では全国で約700万戸にまで達しようとしています。この中でも、1980年代から90年代にかけて造られたマンションが、これから続々と築40年を超えてくるので、今から数年の間に老朽化が顕著になり、さまざまな問題を引き起こすことが懸念されているのです。

 

これまでは大規模修繕でしのいできましたが、これから老朽化マンションがどんどん増加してくる中で、修繕だけではごまかしきれないことも増えてくると予想されるので、もういっそ建替えてしまった方が良いという意見もでてきて、建替え促進の議論が活発になりました。その一環として、建替えしやすくするために、決議の賛成要件を4/5から3/4に緩くしようという動きがあるのです。

 

▲香川希理(かがわ・きり)。弁護士。2013年に香川総合法律事務所を設立。マンション管理士、管理業務主任者の資格を保有する。東京弁護士会マンション管理法律研究部、東京弁護士会弁護士業務改革委員会マンション部会に所属。マンション管理案件に特に強みを持つ。
https://kagawasougou.com/

――区分所有法が改正されて建替えしやすくなれば、これらの問題も解決に向かうのでしょうか。

 

香川:そうとも言えません。たとえ議決要件が緩和されたとしても、マンション建替えは簡単ではありません。
マンションを建替えるには、1世帯あたり数千万円単位の費用が必要です。意欲はあっても、経済的な条件が揃わなければ建替えは、ままなりません。
これまでのマンション建替えの成功例でも、既存住人だけで建替え資金を捻出できた事例はほとんどないと思います。
多くは、建物を高層化したり、未使用の土地を活用したりすることで増えた床面積をマンションデベロッパーに買ってもらい、建替え資金を工面しています。外部から資金を呼び込むことで、既存住人はそれほど多額の費用を使わずとも建替えが可能になったわけです。
例えば、東京都大田区の事例では、地上4階建てのマンション12棟を15階建て3棟に大型・高層化することで、増えた部屋をマンションデベロッパーが購入し資金を捻出しています。

 

しかし、老朽化マンションの中に未利用の容積や敷地が余っていること自体が限られています。高層化で建替え資金を捻出できるマンションはほとんどありません。

 

――マンション建替えを促進するならば、議決要件の緩和だけでなく、容積率の緩和も含めて議論されなければなりませんね。

 

香川:その通りです。ただ、容積率を緩和したところで、マンションがデベロッパーにとってうまみのある立地になければ意味がありません。しっかりと売却できる立地で、なおかつ、まとまった床面積が手に入らなければ利益も残せませんから、条件はかなりシビアに見られるはずです。
条件に適さないマンションでは、建替え費用を自力で捻出しなければならず、とても難しいでしょう。行政から建替えのための補助金を支給しようとしても戸建てに住む人からすれば、なぜマンションだけなのかとなりますし、個人の財産に対して税金を投入することへの反発は強いでしょう。したがって、現実的に補助金制度が始まる可能性は少ないと思います。
ただマンションの老朽化を個人の責任だけにしてしまうことも問題があります。マンションが老朽化すると災害が起きた時に建物が崩落したりすることも考えられます。傾斜地に建つマンションであれば、影響は甚大でしょうし、災害時以外でも落下物などが通行人を危険にさらすことになります。
滋賀県野洲市で完全に廃墟化してしまったマンションは、いろいろなメディアで取り上げられましたので、覚えている方も多いと思います。大きな市道に面したマンションが今にも崩壊しそうになっていて、近隣住民から行政に対して対策を望む声が寄せられていました。
しかし、所有者らは資金不足を理由に放置を続けていたので、結局は行政代執行という形で建物を解体しましたが、税金から支出された解体費用は1億円以上になったようで、一部しか回収できていないと報じられています。

 

――マンションは個人の資産であるとともに、社会的なインフラでもあり、行政がどこまで介入すべきか試行錯誤の段階なのかもしれません。

 

香川:それでも、行政も少しずつ関与するようになっています。2022年4月からは、マンション管理計画認定制度が始まりました。これは、管理組合から提出された管理計画を自治体が判定し、基準を満たせば適切な管理ができているマンションとして認定する制度です。古くから「マンションは管理を買え」と言われますが、それを行政も後押しする制度と言えるかもしれません。
また、マンション管理適正化法改正によって自治体がマンションの管理状況に助言・指導・是正勧告ができるようになりました。マンションは個人資産で、民間のことではありますが、周囲に与える影響を考えると行政も無視できなくなってきていると言えそうです。

▲日本では高度経済成長期からマンションストックが右肩上がりで増えていて、現在では全国で約700万戸にまで達しようとしている。
出典:「分譲マンションストック戸数(令和3年末現在)」(国土交通省)

 

――そうした社会状況を踏まえた上で、マンションに住む人はどういった行動をとっていくべきでしょうか。

 

香川:まずは老朽化マンションにどんな選択肢があるのかを知るべきでしょう。大規模修繕でマンションが使える期間を延ばしていくのか、いっそ建替えてしまうのか、よく考えなければいけません。
建替えでも、大規模修繕でもない方法として最近、注目されているのが一棟リノベーションです。大規模修繕と混同されがちですが、全く違います。大規模修繕は居室などの専有部分には立ち入れないため、必要な耐震化工事や配水管の交換などができないという問題がありました。
一棟リノベーションでは、住民を全員退去させてから工事をします。それでも建替えに比べて費用の負担はかなり少なく、専有部分にある床下の配水管なども一挙に交換することができて、マンションの寿命を延ばしてくれるので新しい選択肢になるかと思います。

 

――全員が退去するとなると仮住まいの手配など手間も増えますが、耐震性能が上がれば金融機関の評価も高くなり資産価値も増すかもしれませんね。他にも考えうる選択肢はありますか。

 

香川:その他には、敷地売却という選択肢もあります。マンションを取り壊して、敷地を売却してお金に換えてしまうやり方ですが、いくつか事例も出てきています。これができるなら、建替え費用もいりませんから、所有者の経済状況には左右されません。
しかし、じつはまだ東京都心などの好立地でしか、成功例がありません。今はまだ、限られた一部のマンションにだけ許された選択肢かもしれませんね。

――マンションと一口に言っても、条件が全く違う中で、それぞれの事情にあう適切な選択肢を選んでいく必要があるわけですね。それでは、さまざまな選択肢の中から、建替えを検討するならば、どのような進め方になるのでしょうか。

 

香川:まずは勉強会から始めて、計画が煮詰まってくれば、組合の総会で建替えの決議をとることになります。勉強会を始めてから、建替えが決まるまで10年かかるということも少なくありませんから、なるべく早く検討を始める必要があります。

 

もしも、容積が余っているなど経済的な条件が整っていて建替えが可能ならば、マンションデベロッパーの参加が期待できます。そして、建替えに関する知識も経験も持っているデベロッパーに、実務的な部分で引っ張ってもらう必要があると思います。

 

もし決議がとれるまで進んだとして、建替えに強硬に反対する人がいるかもしれません。その時に必要とされる賛成割合が3/4や2/3まで緩和されていれば効果は大きい。戸数の少ないマンションであればなおさらです。

 

 

 

――話し合いを進めていく中で気をつけることはありますか。

 

香川:建替えを推進したい人と反対する人は、日常的なマンション運営でも意見が別れがちです。例えば共用部分の改修が必要だったとしても、推進派からすれば何年後かに建替えるのだから費用は抑えたい。一方で反対派は終の棲家なのだから、しっかり改修して欲しいとなって、いちいち意見が別れます。
確かに、4〜5年ももてばいいやと思って簡易的な改修をしたけど、建替えの話し合いが進まずに再度、改修が必要になり、結局、費用が高くついたということになれば、終の棲家と思っている人は何をやっているんだとなりますよね。
私もそういったマンションに関わることもありますが、総会で意見がまとまらず、感情的な対立に発展することも珍しくないです。

――そうならないように、住人同士で感情的な対立が生まれるのは避けて、うまくやりたいところですね。

 

香川:立地によっては、隣に建つマンションと共同で建替えれば容積が使えて、建築費用がまかなえるということもありえます。周囲のマンションも含めて、さまざまな可能性を探ってほしいですね。
それでも、建替えが難しいとわかれば、今のマンションをどうやって維持管理していくかを考えていくしかないです。例えば、機械式駐車場などはメンテナンス費用がかさみ、金食い虫と呼ぶ人もいます。なんとなく設備を使い続けるのではなく、それぞれ考え直していくことも大切だと思います。
繰り返しになりますが、今は本当の意味で「マンションは管理を買え」の時代になりつつあるように思います。デザインやブランドだけにとらわれずに、管理状況がどうなのか、それも建物の状態だけでなく、管理組合が適切に運営されているのかをよく吟味する必要がある。他にも、管理費滞納の住居はないか、管理規約が時代に合わせて適切に改正されているかどうかといったことが、これからのマンション価値に大きく反映されてくるはずです。
マンションの価値を決めるのは住民一人ひとりの行動だと自覚する必要がありそうです。

WRITER

小野 悠史
不動産業界専門紙を経てライターとして活動。「週刊東洋経済」、「AERA」、「週刊文春」などで記事を執筆中。X:@kenpitz

おまけのQ&A

Q.建替えに成功したマンションの雰囲気はどうですか?
A.建替えの際に新しく売り出された部屋を買った新住民と古くからいる住民とでは、世代や収入、生活状況等が異なるため、派閥のようなものが生まれてしまうこともあるようです。建替え後に新旧住民をどう融合させていくかも今後の課題になるかもしれません。
Q.将来の建替えを見据えて購入するなら、どんなマンションが良いでしょうか?
A.建替えを念頭におくなら、建物よりも土地の価値を重視することになると思います。都心にある低層ヴィンテージマンションなどは将来の建替えも容易かもしれません。
Q.タワーマンションが老朽化すればどうなるのでしょうか?
A.将来、タワマンが廃墟になると指摘する人はいますね。あれだけ大規模な建物ですので解体して建替えるには技術的な問題もあるでしょう。しかし、まだ事例がないので、どうなるかは誰にもわかりません。