建物の“健康状態”を把握する「ホームインスペクション」。普及のカギは?

  • XX
  • facebookfacebook
  • BingBing
  • LINELINE
homeinspection_230327_KV

住宅の状態を診断する「ホームインスペクション」。その内容について日本ホームインスペクターズ協会の長嶋修氏、栃木渡氏に伺いました。

取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 撮影:ホリバトシタカ

――そもそも、なぜ住宅売買の際にはホームインスペクション(住宅診断)を行ったほうがいいのでしょうか? 売り手側、買い手側のメリットを教えてください。

 

長嶋さん(以下、敬称略):売り手側からすると、中古住宅の取引で起こりがちなトラブルを未然に防ぐことができるメリットがあります。引き渡し後に「あそこが壊れていた」「水漏れしている部分がある」といった問題が出てくるのを避けるためにも、売る前にホームインスペクションでコンディションを把握し、開示しておくことが望ましいでしょう。

 

一方、買い手側からすると、個々の住宅のコンディションを把握できるのがメリットです。中古住宅の状態には個体差があり、築20年30年と経過していくほど、その差異は大きくなります。「あと何年くらいもつのか」「この先、長く住んでいくにあたり、いつ、どれくらいのお金をかけて直す必要があるのか」。そうしたことを把握することで、資金計画も立てやすくなるんです。

▲左:長嶋修(ながしま・おさむ)。さくら事務所会長、らくだ不動産顧問、日本ホームインスペクターズ協会理事長他。国交省・経産省等委員歴任。多数のメディア出演 ・講演・出版・執筆活動で政策提言も行う。
Twitter: @nagashimaosamu
右:栃木渡(とちぎ・わたる)。(株)北工房代表取締役、日本ホームインスペクターズ協会理事。
Twitter: @kitakobo
NPO法人 日本ホームインスペクターズ協会
※写真は本人提供

――ホームインスペクションでは、建物の状態をどこまで把握できるものなのでしょうか?

 

長嶋:ホームインスペクションは、あくまで「一次診断」という位置付けです。目視によって明らかな欠陥や、現時点では致命的ではなくても放置することで高まっていくリスクなどを把握することができます。そこで異状の可能性が見つかれば、さらに詳しい検査を行う場合もあります。

 

人間で例えると、ホームインスペクションは「かかりつけ医による健康診断」。そこで病気の兆候が見つかれば精密検査を受けるのと同じで、住宅診断にも段階があるんです。

▲今回、日本ホームインスペクターズ協会の長嶋さん、栃木さんのインタビューに加え、リフォーム中のマンションにおける住宅診断の撮影に協力いただいた日本ホームインスペクターズ協会公認ホームインスペクターの久世妙さん(中央)、松本夢さん(左)、野々田桂さん(右)。ホームインスペクションの現場では女性も活躍している。不動産会社・にゃー企画の代表でもある久世さんは「不動産屋として、物件の善し悪しを見極められるよう住宅診断士の資格も取りましたが、実際に住宅診断の仕事をしてみると、建物の状況でお困りの方が多くいることを感じます」という。

――「かかりつけ医」という表現はとても分かりやすいです。ただ、ホームインスペクションをしていれば安心とは必ずしも言えない気もします。例えば中古住宅の売買の際、売り手側から「ホームインスペクションをしているから大丈夫ですよ」と言われたとしても、買い手側からすると本当にちゃんと検査しているのか分からない部分もあるのではないでしょうか?

 

長嶋:そうですね。すごくうがった見方をすれば、例えば売り手側のホームインスペクションで雨漏りが見つかったとしても「なかったことにしよう」と隠蔽してしまう可能性だって考えられなくもない。ですから、基本的には売り手側ではなく、買い手側がホームインスペクションを行うことが望ましいと考えています。現に、アメリカではかなりの割合で買い手側が実施しています。

 

本音を言えば、どうしてもそうした懸念が出てきてしまう以上、売り手側のホームインスペクションは実施しなくていいのではないかと考えています。その代わり、買い手側からやりたいと言われた時には拒否しない姿勢が必要です。

 

――あとは、売り手側からいくら検査実施済みと言われても、買い手側自身がホームインスペクションの重要性を認識し、自ら信頼できるホームインスペクターを見つけてお願いすることも重要ですよね。

 

長嶋:そう思います。それに、売り手側が真っ当にホームインスペクションを行っていたとしても、それが買い手側の要望に沿ったものとは限りません。中古住宅を買う人のなかには「とりあえず10年間は何も手を加えずに住み、その後に建物を解体して新築したい」という人もいれば、「今の状態のまま、必要に応じて適切な修繕を行い、建て直しせず住み続けたい」という人もいます。そうした希望にかなうインスペクションにするためにも、買い手側主導で行うのがいいと思います。

▲ホームインスペクターの必須道具である打診棒を使い、壁を入念にチェックする久世さん。先端の鉄球部を壁面に滑らせ、音色の差により、壁の「浮き」を診断する。

――では、どうやって信頼できるホームインスペクターを探せばいいのでしょうか? 例えば、日本ホームインスペクターズ協会(JSHI)公認ホームインスペクター(住宅診断士)の有資格者であるかどうかは、ひとつの判断基準になりますか?

 

栃木さん(以下、敬称略):そうですね。JSHI公認ホームインスペクターの資格試験では、建築、不動産取引、住宅診断方法などの一定以上の知識に加え、高い倫理観を有していることが求められます。なぜ倫理観が求められるかというと、先ほどから話に出ているように売り手側のインスペクションは、どうしても“お手盛り”になりがちだから。インスペクターが依頼主である不動産業者などに手心を加えないとも限りません。だからこそ、あくまで第三者という立場で、フラットに住宅のありのままの状態を診断する倫理観が重要になるんです。

 

――現状、JSHI公認ホームインスペクターは何人くらいいるのでしょうか?

 

栃木:複数の会員種別があるのですが、すべて合わせると千数百名です。そのなかで、実際に実務を行う「実務登録者」が800〜900名ほどですね。実務登録者は必ず団体保険に入ってもらい、例えば検査中に建物を傷つけた場合の補償はもちろん、仮に欠陥を見落としてしまったことで発生する訴訟リスクに対応するなど、リスクヘッジも万全にしています。

 

 

――日本の中古マンションで、特に見つかりやすい不具合は何でしょうか?

 

長嶋:地域柄もあると思いますが、例えば関東圏のマンションで起こりがちなのは「水」の問題。雨漏り、水漏れ、結露などですね。配管から水漏れしている場合、思い切りドバドバ水が出ていれば誰の目にも明らかですが、ちょろちょろと漏れている場合には発見が遅れてしまうこともあります。また、結露でいえば、部屋と外壁の間にある吹きつけの断熱材が経年によって剥げ落ちてしまい、建物内部から結露しているケースなどが考えられます。

 

栃木:専有部には問題がなくても、共用部が劣化していることも考えられます。例えばバルコニーは共用部ですが、区分所有者に専有使用権があるためホームインスペクターが検査をすると、床や壁にクラックが見つかったりする。そうした不具合が見られる場合はマンションの管理組合に報告し、大規模修繕計画の参考にしていただくよう助言しています。

▲赤外線サーモグラフィカメラを使い、エアコンのスリーブ穴をチェックする松本さん。目に見えない部分の断熱不良や水漏れなどの診断を行う。

▲レーザー光を壁や天井、床に照射し、水平や垂直などの基準線を表示するレーザー墨出し器で、床・壁の傾斜を診断する野々田さん。今回診断した物件では問題なかったが、傾きがあると、めまいや頭痛などの健康被害にもつながることもあるという。

――ちなみに、そうした不具合は、やはり築年数が古いマンションほど見つかりやすいものですか? 逆に、古くてもホームインスペクションをしてみたら状態が良かったケースなども多いのでしょうか?

 

長嶋:もちろん、築年数が古いほど不具合は出てきやすい傾向にあります。ただ、築10年でも問題だらけというケースもあれば、築30年でも不具合がほとんどないケースもあるため、一概には言えません。

 

だからこそ、ホームインスペクションが必要なのだと思います。インスペクションをせずに家を買うのは、それこそロシアンルーレットのようなもの。そんな不確実なギャンブルはせず、しっかりと建物の状態を把握してダメな物件を回避することが重要です。

 

 

――現状、日本でホームインスペクションはどれくらい浸透しているのでしょうか?

 

長嶋:現時点では、十分に普及しているとは言えません。住宅売買取引全体のなかでホームインスペクションが行われている割合は10%にも満たないのではないでしょうか。

 

それには複数の要因が考えられます。ひとつは、これまで住宅のコンディションを把握することが、さほど重要視されてこなかった点が挙げられるでしょう。日本では戦後の高度経済成長期のなかで、新しい住宅がどんどん建てられました。当然、家は経年とともに劣化してきますが、当時はその状態を把握するための政策はなかったですし、そもそも念頭にもなかったという時代だったわけです。それから数十年が経過し、大量の中古住宅が市場に出回り始めたことでようやく建物のコンディションに目が向けられるようになりましたが、それでもまだまだ浸透していません。

 

――なるほど。その背景には、そもそも「マイホームといえば新築」みたいな考え方も関係していそうです。

 

長嶋:それは大きいと思います。日本では圧倒的に新築のほうが買いやすいんです。なぜなら、不動産取得税も固定資産税も、また住宅ローンも、圧倒的に新築が有利になるように制度が設計されているから。ですから、そもそもコンディションを把握したうえで中古住宅を購入し、直しながら住むというモチベーションが湧きにくいのではないでしょうか。

▲第三者目線で、売り手側と買い手側、また居住者と工務店や施工業者とのコミュニケーションを円滑にするのもホームインスペクターの大切な役割。久世さんは「仮に建物に不具合の可能性が見つかった場合、お客さんを不安にさせないよう、不具合があるとは言い切らず、客観的な立場から診断内容を伝えるよう心がけている」という。また、「継続的に住まいを良く保ち、家に愛情が持てるようにするためにも、ホームインスペクションに興味を持ってもらいたい」と3人は語る。

――では、これから日本でホームインスペクションを浸透させるには、何が必要でしょうか?

 

長嶋:最も重要なのは、建物のコンディションを評価に盛り込む、つまり販売価格に反映させる仕組みをつくることです。現状は、不動産屋の査定はもちろん、金融機関の担保評価も建物のコンディションは全く織り込まずに算定されていますから。

 

――つまり、建物に不具合があろうがなかろうが、価格は変わらないと。

 

長嶋:その通りです。日本の住宅は新築から20年ほど経過すると価値がゼロになるなどと言われますが、それはおかしいですよね。古くてもコンディションが良い物件と悪い物件を一律に「価値がない」と決めつけるのは、あまりにも乱暴な理論です。

 

ですから、今後は建物の状態を評価に盛り込むことはもちろん、住宅ローンの審査もホームインスペクションの結果を考慮するべきです。例えば、築年数が経っていてもコンディションに問題がない場合は35年のフルローンが利用できるなど、状態の良い物件を買うと有利になるような仕組みができれば、ホームインスペクションの普及も一気に加速すると思います。

 

栃木:現に、ホームインスペクションが普及しているアメリカでは、住宅ローン会社のほうからホームインスペクションの実施を要求してくるケースもあるようです。日本でも、物件ごとにホームインスペクションをして、コンディションによってバリューをつけていくことを当たり前にしていきたいですね。そのためにも、正しい倫理観とスキルを持ったホームインスペクターを増やす努力を続けたいと思っています。

 

WRITER

榎並紀行
編集者・ライター。編集プロダクション「やじろべえ」代表。住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手がけている。X:@noriyukienami

おまけのQ&A

Q.「JSHI公認ホームインスペクター」の合格率は?
A.試験は年に4回ほどあり、合格率は約3割です。一級建築士の方でも落ちることがあり、決してハードルは低くありません。なお、受験資格は特に設けておらず、学生の方でも取得可能です。