ごみ清掃員としても活動する、お笑い芸人のマシンガンズ滝沢さんが、マンション業界のサステナビリティ事例に触れる連載企画の第3回目。今回は、「ザ・パークハウス」をメインブランドに持つ三菱地所レジデンスさんにお話を伺いました。
マンション1棟を建てるために、サッカーコート約4.5面分の森が消失?
今回取り上げるのは、マンションデベロッパー・三菱地所レジデンスが2021年からスタートさせた「木の守PROJECT」です。マンション建設の際に使われる「型枠材」を、健全な森林計画のもと伐採された「認証木材」に置き換えるという取り組み。プロジェクトメンバーである三菱地所レジデンス 経営企画部サステナビリティ推進グループの渡辺尚子さん、澤野由佳さんにお話を伺いました。
<木の守PROJECTとは?>
地球環境を守り、未来につながる木材利用の推進を目指す三菱地所レジデンスの取り組み。マンション建設に使用する型枠コンクリートパネルのトレーサビリティを確保することによって、原産地での違法な伐採や労働をなくし、持続可能な木材利用と人権を守ることを目指している。
▲滝沢秀一さん。お笑いコンビ「マシンガンズ」。2023年『THE SECOND 〜漫才トーナメント〜』準優勝。2012年からはごみ収集会社の収集作業員としても働き始め、現在も芸人と兼業。『このゴミは収集できません』『ゴミ清掃員の日常』など、ごみに関する著作も多数 X:@takizawa0914
▲お話を伺った三菱地所レジデンス 経営企画部 サステナビリティ推進グループ 渡辺尚子さん(右)、澤野由佳さん(左)※共に所属先・肩書きは取材当時のもの
――三菱地所レジデンスでは2021年から「木の守PROJECT」をスタートさせました。マンション建設時に使われる「型枠コンクリートパネル(以下、型枠材)」のトレーサビリティを確保する取り組みということですが、そもそも「型枠材」とはどのようなものなのでしょうか?
三菱地所レジデンス・渡辺尚子さん(以下、渡辺):マンションは一般的に鉄筋コンクリート造ですので、木を使っているイメージはあまりないかもしれません。建物自体はコンクリートでできていますが、床や壁を作る際にコンクリートを固める必要があり、その「型枠」に木材を使っているんです。一つの型枠材で4回から5回分のコンクリートの流し込みに使用できますが、マンション1棟となると大量の木材が必要になります。現状ではマンション70戸程度の1棟あたり、サッカーコート約4.5面分の森が消失している(三菱地所レジデンス調べ)といわれていて、サステナビリティの観点からも大きな課題となっていました。
▲この木材の型枠材にコンクリートを流し込んで固めて床や壁をつくります
滝沢 秀一さん(以下、滝沢):型枠材自体は4~5回以上は、使い回しができないんですか?
三菱地所レジデンス・澤野由佳さん(以下、澤野):はい、何度も使い回すことは難しく4~5回程度になります。以前は建設現場から撤去された後、そのまま廃棄されていました。現在は使用後にチップ状にしてパーチクルボードという建築資材に再利用したりと、資源循環という意味では良いサイクルができています。ただ、問題はそもそも型枠材に使われる木材が「どの森から来たものなのか?」ということ。型枠にするには強度が必要なため、やわらかい日本のスギやヒノキではなく、主に東南アジアの「南洋材」が使われているのですが、これまではそれがどの森から切り出されたものなのか、管理ができていませんでした。なかには無計画に伐採された木材や、違法労働や違法伐採が横行する原産地から来た木材が混在していたんです。伐採した森をそのまま放置して荒らしたり、児童労働の問題もあるのではないかと懸念されています。
この状況を変えるために始動したのが、「木の守PROJECT」です。きちんとした森林計画のもと伐採された「認証材」のみを使用する仕組みをつくることで、持続可能な木材利用と人権を守るというものですね。
滝沢:その仕組みをつくるのは、けっこう大変なことだったりするんでしょうか?
渡辺:正直、コストと手間は増えますね。認証材は価格も高いですし、流通過程に関わるパートナーにも協力をお願いすることになります。これまでは型枠合板における認証材と非認証材を選別・管理するようなスキームやルールはありませんでした。なので、認証材を使った型枠材だけを建設現場に届けるためには、木材卸会社に認証材を指定してオーダーいただき、型枠加工会社、型枠施工会社、マンション建設会社のみなさんにも認証材と非認証材が混在しないような現場管理や書面などを作成していただかなくてはなりません。さらには、そうした管理が適切になされているか、監査会社による第三者証明も必要になってきます。
滝沢:複数の業種間にわたって管理・運用のルールを統一し、協力を仰ぐ必要があると。それは大変だ。
澤野:現場の方々に負担をおかけしてしまうことは事実です。この取り組みを継続して行うためには、何故私たちが「型枠コンクリートパネルのトレーサビリティを確保する」取り組みをするのかをきちんとお伝えし、この取り組みに賛同してくれる仲間を増やすこと。仲間が増え、活発に意見交換を行うことで作業の効率化を図るなどし、各事業者に無理なく取り組んでいただけるようにしたいと考えています。また、長期的に見れば認証材の取引量が増え「認証材のほうが売れる」ということになれば、原産地でも適切な森林計画のもと伐採が行われるようになるはずです。結果、認証材が安定供給されるようになり、価格も落ち着いてくると思います。
そんな理想的なサイクルを実現するために、2024年に普及促進のための勉強会を立ち上げました。スタート時点で型枠工事に関わる30社にご参加いただき、情報収集や意見交換などを行っています。
▲渡辺さんたちは、認証材を使った型枠材を使う仲間を増やすことで、個別の認証取得からスキームそのものを認証する「システム認証」の取得に変更させて、作業の効率化と取得しやすさを図り、業界でのより一層の普及促進を目指している
「環境に配慮されていること」がマンション選びの価値基準になると信じて
滝沢:いきなり30社も集まったのはすごいですね。それだけ、「これをやらなきゃいけない」という機運が高まっているんですかね。
澤野:そうですね。ここ数年で確実に熱が高まっていると感じます。正直、私たちとしては2021年に型枠合板のトレーサビリティ確保を軸にした「木の守PROJECT」を立ち上げ、プレスリリースを出した時点で、多くの会社さんに反応していただけると思っていました。でも、実際にはほとんど何のリアクションもなくて。型枠木材トレーサビリティって何?というところからスタートした取り組みでしたが、様々な方とコミュニケーションを図っていくなかで、取り組み意義などを徐々に共感いただけるようになってきました。世の中全体として違法伐採や違法労働に加担しない、環境はもちろん人権を守っていくという意識がじわじわと広がってきているのではないかと思います。今回の勉強会についても、リリースを出した直後に複数の会社から「参加したい」という連絡をいただきましたし、確かに風向きは変わってきているのかなと。
滝沢:世の中が少しずつ良くなってきていることの現れだと思いたいですね。ちなみに、型枠材に認証材だけを使う仕組みをマンション業界のスタンダードになるくらいまで浸透させるには、何が必要ですか? たとえば、マンションを買う消費者側からも「違法な木材を使ったマンションには住みたくない」みたいな声が出始めたら一気に進みますかね?
渡辺:それは、ものすごく大きな後押しになると思います。現状はそもそも「型枠材」というもの自体が知られていませんし、消費者のみなさんに届きにくい取り組みではあるのですが、そうした目に見えない部分にまで配慮されたマンションに住みたいと考える方が増え、最終的には「選んでいただく理由」になるレベルにまで持っていくのが理想ですね。現在は認証材を使うことによる掛かり増し費用を、価値として販売価格に反映していませんが、いずれはやや割高になったとしてもよりサステナブルなマンションが選ばれる、むしろ、そうでないと選ばれない時代になっていくと考えています。
もちろん、現時点ではそこまで社会の機運が醸成されているとは言えず、ビジネスのことだけを考えれば「木の守PROJECT」は先進的すぎる取り組みかもしれません。それでも、今やらないと森がどんどん失われ、取り返しがつかなくなってしまう。これまでにも環境課題に向き合ってきた私たちだからこそ、先頭に立って推進していくべきだろうと思います。
滝沢:たとえば、認証を受けた木を使うことで、現地の子どもたちが労働を搾取されている状況がどう改善されたか、生産地の人たちがどう喜んでいるかが分かるといいですよね。ちゃんとした収入を得られるようになって、子どもを学校に行かせられるようになったとかね。そういう分かりやすい成果が見えると、認証材の型枠で建てられたマンションを選ぼうという動機になるんじゃないかな。
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型枠木材トレーサビリティの取り組みとは
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【取り組み前の課題】
- ■ 関わる企業が多く、ルール統一が難しい。
- ■ そもそも木材を選別・管理する文化がない。
- ■ 管理・運営コストが甚大にかかる。
- ■ 第三者的に審査する機関がない。
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【取り組み後の効果】
- ■ 手順通りに進めることで、木材の管理記録が可能になる。
- ■ 認証材とその他の材料が混在せず、流通過程でも在庫管理・出所の識別ができるようになる。
- ■ 型枠に使用される木材の出所・流通が作業日報で客観的に管理され、認証材の型枠が確実に指定のマンションに届くようになる。
お客様だけでなく「地球からも選ばれる」マンションデベロッパーに
滝沢:ちなみに、日本のスギやヒノキはやわらかいから型枠材には使いにくいということでしたけど、型枠材以外のところで国産材を活用していくような動きはありますか? 海外の森を守ることも大事ですけど、やはり国産材が使われないと日本の林業がどんどん衰退してしまいますよね。
渡辺:おっしゃる通り、木材の国内自給率を上げることは大きな課題の一つです。「森林伐採=環境破壊」のように捉える人も少なくありませんが、木材を供給することを目的に造られた人工林の木が売れないと、適切な間伐や管理が行われなくなり逆に森は荒れてしまいます。また、日本の林業従事者にもお金が入らず、産業として成り立たなくなってしまうんです。ちなみに、国内産のスギの丸太が1本あたりいくらで取引されていると思いますか?
滝沢:えっ? いくらだろう。育つまで30年くらいかかると考えたら20万円くらいの値段はついてほしいですけど、そんなに高いとなおさら売れないだろうし。5〜6万円くらい?
渡辺:中丸太1本(4m程度)5,000円以下です。
滝沢:そんなに安いんだ……。林業の成り手がいなくなるわけですね。これはなんとかしないと。
澤野:私たちとしても、エントランスホールやマンション共用部に地域産材を多用するなどして、国産材の活用に務めています。また、最近新しく始めたのが、林業従事者から木を直接購入する試みです。林業従事者から購入した丸太を地元の製材・加工業者にお渡しし、「これを使ってマンション共用部の家具をつくってください」とお願いする。そうすれば、林業従事者(=森に落ちるお金)も大きくなりますし、切り出された木がどこでどう使われているかも見えるようになります。そのお金で再造林につなげるような仕組みを広げていきたいと思っているんです。
渡辺:山主さんや林業従事者からすれば、将来の木材需要を見越して30年がかりで木を育ててきたのに、やっと育った頃には使われない。その繰り返しなんです。将来にわたり継続的に使われるようにするためにも、我々のようなデベロッパーが産業のなかにぐっと踏み込んでいく必要がある。そうやって地域の方が無理なく事業を維持できるよう、今まで以上に深いお付き合いをしていきたいと考えています。
滝沢:現在の森の状況や林業のこと、それから三菱地所レジデンスがやっていることも、もっといろいろな人に知ってもらいたいですよね。都心部で生活していると、なかなか森について考えることもないし、知らないことだらけじゃないですか。自分たちが住むマンションを建てるために海外の森が失われたり、子どもが違法労働させられているなんてことは、ほとんどの人が考えたこともないと思います。でも、それは単に知らないだけであって、今日のような話を聞けば意識も変わるはずですよ。「だったら、少しでもサステナブルな取り組みをしているマンションを選ぼう」という気持ちになりますよね。
渡辺:本当にその通りだと思います。そのためには私たちも、もっと森のことや取り組みについて興味を持っていただけるよう、発信の仕方も含めて考えていきたいですね。
▲今回の取材では知らないことがいっぱいあったと言う滝沢さん
滝沢:僕もごみに関する啓蒙活動はしていますが、今後は森のことについてもいろいろと伝えていきたいと思っています。そこで何かしら、三菱地所レジデンスさんのような事業者の方と一緒に発信していく機会があればいいですね。最後に、「木の守PROJECT」の今後の展望を教えていただけますか?
澤野:繰り返しになりますが、まずは2030年までに、すべての新築マンションで使用する型枠材を100%認証材にすること。現状の使用率は25%とまだまだですが、これを確実にやりきりたいと考えています。同時に、この取り組みに賛同してくれる仲間を増やして認証材の取引量を底上げし、森や人を守る住まいを提供したいです。
渡辺:これからはマンションを購入されるお客様に選ばれることと同時に、地球からも選ばれ続けるような会社になっていかなければいけません。その考え方は私たちサステナビリティ推進グループだけでなく全社に共通しているので、これからも各部署と連携しながら「木の守PROJECT」以外にもできることを考えていきたいですね。
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取材・文:榎並紀行 撮影:ホリバトシタカ
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編集者・ライター。編集プロダクション「やじろべえ」代表。住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手がけている。X:@noriyukienami
おまけのQ&A
- Q.現時点で、認証材はどれくらい流通しているの?
- A.じつは、国内で流通する約86%は非認証木材で、認証材は取引全体の約14%に過ぎません。一方、70戸規模のマンションの建材で利用する木材のうち、型枠材は約45%を占めています。つまり、型枠への認証材利用の関心度やモチベーションを高めていくことが、認証材の利用促進につながるのではないでしょうか。(三菱地所レジデンス・渡辺尚子さん)