年々激甚化する台風による水害。管理のプロに聞く、マンションの「台風被害の実情と対策」

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近年、激甚化・多発化する台風や豪雨で、マンションが浸水・水没などの被害を受ける事例が多発しています。マンションの被害の実情と対策について、マンション管理コンサルタントの土屋輝之さんに話を伺いました。

――マンションは一戸建てと比べて水害リスクが低いイメージがありますが、マンションにも水害リスクはあるのでしょうか?

 

土屋輝之さん(以下、土屋):たしかに、マンションは水害に強いというイメージはあると思います。現に、損害保険における水害の特約を外している管理組合もあります。ただ実際には、昨今、多発化・激甚化している台風やゲリラ豪雨によって一部の住戸や共用設備が浸水・水没する事例が多発しています。

 

 

――マンションの一部が浸水・水没してしまうと、具体的にどのような事態になるのでしょうか?

 

土屋:2019年の令和元年東日本台風で浸水被害があった武蔵小杉(神奈川県川崎市)の高層マンションでは、貯水槽が溢れて地下3階部分が浸水し、高圧受変電設備を含む多くの設備が故障しました。こうなってしまうと、マンションの電気系統を司る電気室や監視機能を持つ管理室、移動に必要なエレベーター、防災設備を収納した防災センターなどマンションのインフラが機能不全になってしまいます。

武蔵小杉駅周辺

▲令和元年東日本台風に伴い、川崎市の等々力緑地周辺では累積降雨量257㎜の降雨が観測され、多摩川も既往最高水位に達したことで、武蔵小杉駅周辺で甚大な浸水被害が発生した

国土交通省「建築物における電気設備の浸水対策の取り組みについて(報告)」

▲武蔵小杉のタワーマンションでは、地下配管経由での流入により貯水槽が溢れ、地下3階部分が浸水。住民による湧水槽への排水作業を行ったが水位が上昇し、高圧受変電設備を含む多くの設備が故障するなど、多大な被害を受けた

土屋:機械式駐車場の水没で故障してしまった車は、管理組合が水害をカバーできる保険に加入していたとしても、原則として個人の資産のため補償の対象になりません。機械式駐車場は、直射日光や日常的な風雨の影響を受けないためカーマニアの方に好まれますが、利用する際に水害対応の車両保険への加入を検討していただきたいですね。

 

機械式駐車場のトラブルということでいえば、豪雨のときに作動しなかったという事例も報告されています。これはセンサーが雨粒を障害物と認識し、安全装置が働いたためです。被害に遭われた方のお話では、徐々に水没していく自分の車を何もできずに見ていることしかできなかったといいます。

 

――2024年の台風10号では、麻布十番や代々木など都心部でも冠水が見られました。どのようなエリアでも、マンションの浸水・水没のリスクはあるのでしょうか?

 

土屋:都市型水害の原因は、大きく2つです。ひとつは、河川の氾濫による外水氾濫。そしてもうひとつは内水氾濫です。内水氾濫とは、下水の氾濫を指します。令和元年東日本台風の武蔵小杉の事例は、典型的な内水氾濫です。内水氾濫は排水能力を超える雨水の量に処理が追いつかずに発生する氾濫ですので、河川から離れた場所でも起こりえます。

内閣府「防災情報のページ」

▲内水氾濫は、市街地で雨水の量が排水処理能力を超えることで起きる

土屋輝之さん

▲マンション管理コンサルタント 土屋輝之さん。2003年さくら事務所に参画、不動産仲介から新築マンション販売センター長を経る間に、不動産売買及び運用コンサルティング、マンション管理組合の運営コンサルティングなどを幅広く長年にわたって経験。不動産、建築関連資格も数多く保持し、深い知識と経験を織り込んだコンサルティングで支持される不動産売買とマンション管理のスペシャリスト

――土屋さんも監修に関わっている「マンション水害リスクカルテ」というのは、どういったサービスなのでしょうか?

 

土屋:「マンション水害リスクカルテ」は、専門家がピンポイントでご依頼があったマンションの災害リスクを調査し、調査結果に加えて具体的な水害対策の手段や概算費用をお伝えするものです。どなたでもご利用いただけますが、依頼者は主にマンションの管理組合です。

 

弊社では、戸建て住宅を対象とした「災害リスクカルテ」というサービスもご提供しています。両サービスで、戸建て約200件、マンション約100件を診断したところ、水害リスクについてはマンションの方が2割程度高いという結果が出ました。

マンション水害リスクカルテのサンプル

▲マンション水害リスクカルテのサンプル

戸建て・マンション等の水害リスク

▲水害リスクは、マンション等で高い(40.6%)・中程度(24.8%)の合計が65.3%であったことに対し、戸建て住宅で高い(27.5%)・中程度(21.1%)の合計は48.5%と、マンション等のほうが2割近く水害リスクが高い結果に。同社によれば、マンションは駅前など利便性の高い土地や工場跡地や湾岸地域などの広い土地に多く、比較的水害リスクが高い地域に建築されることが多いことを反映していると考えられるという

――特に水害対策が必要と考えられるのはどのようなマンションですか?

 

土屋:やはり、機械式駐車場があるマンションや地下に電気室があるマンションになってくるでしょう。加えて、受水槽やポンプ室などが地下にあるマンションも水害対策が不可欠です。受水槽のモーターやポンプが水没してしまうと、地域が停電や断水していない場合でも水が使えなくなってしまいますからね。

 

受水槽が地下にあるのは、主に土地が少なく、地価も高い都市部のマンションです。武蔵小杉の一件以降は水害対策を重視する分譲マンションが増えましたが、これも近年のこと。こうした既存マンションは、管理組合がなんらかの対策をする必要があるでしょう。

 

 

――自家発電装置や止水板、非常用エレベーター、防災備蓄などが備わっているマンションは安心できるのでしょうか?

 

土屋:これらの施設については誤解も多いです。まず、自家発電装置があったとしても生活に必要なすべての電力を補えるわけではありません。自家発電装置は、基本的に災害時にスプリンクラーなどの消防設備や非常灯、非常用エレベーターなどを動かすためのものです。また、非常用エレベーターは、避難を助けるものでも被災後の移動に使うためのものでもなく、本来の目的は消火作業や救出の活動を円滑にするためのものです。

 

止水板については、備えられていても使用できなければ意味がありません。これは最近起きた地下鉄の事例ですが、止水板を格納している場所が浸水してしまって、止水板が取り出せなかったという報道がありました。一方、とあるマンションでは、引き渡しを受けてから数週間後に豪雨に見舞われてしまい、止水板が格納されている場所を誰も知らずに対処できなかったということもありました。「備える」だけで安心するのではなく、いざというときに「使える」ようにしておくことが大切です。

 

災害備蓄も「マンションで備えてくれているから安心」との過信は禁物です。何がどれくらい備えられているか常に把握しているのは、備蓄を担当している方くらいではないでしょうか。最近は、専有部分内で必要となる備品の災害備蓄をやめる方向性の管理組合も目立ちます。やはり、すべての住人が一定の期間、生活できるだけの備蓄をしておくにはお金もかかりますし、管理には手間もかかります。マンションの災害備蓄を過度に期待して、各々の住人が災害に備えることを怠ってしまうことも危惧されます。

 

 

――管理組合として、どのような備えをしておくべきでしょうか?

 

土屋:管理組合として備えたり導入したりしておくべきなのは、次のようなマンションの建物を守る設備と住人の避難を円滑にするための設備です。

【建物を守るための設備・取り組み】

 

  • ・止水板や止水シートの備蓄
  • ・防災扉の設置
  • ・エレベーターの冠水管制運転制御システムの導入
  • ・電気室など設備関連室の移設
  • ・設備関連室の床面のかさ上げや水密ドアなどの設置

 

 

【避難を円滑にするための設備・取り組み】

 

  • ・玄関ドアなどをこじ開けるためのバール等工具の備蓄
  • ・階段昇降機の導入
  • ・防災マニュアルの内容に則した訓練の実施

 

一部、こうした災害対策の支出に補助金が出る自治体もあります。

 

また、ブルーシートをある程度の高さでガムテープで貼って、ポリタンクなど重りになるものを置けば、それだけでも止水効果があります。ドアの隙間などに目張りするのも、原始的ですが一定の効果があります。

土屋輝之さん

▲費用がかけられない場合は、ブルーシートやガムテープだけでも備えておくことをおすすめするとのこと

――自宅にはどのようなものを備えておくべきでしょうか?

 

土屋:被害を軽減するには、自分で自分自身を助ける「自助」、周りの人を助ける「共助」、国や地方自治体が助ける「公助」の3つが大切といわれています。このうち、マンションの住人は速やかな公助には期待できません。広範囲の水害や震災があった場合、マンションは一戸建てと比べて重大な損害を受けにくいからです。自治体が解説する避難所も、一戸建てに住む方が優先的に入ることになります。

 

在宅避難が求められる中で「電気がつかない」「水も出ない」となると、まず困るのはトイレと飲食です。簡易トイレと水、食料、そしてカセットコンロとガスボンベは一定期間、生活できる分だけ備えておくべきでしょう。

 

 

――洪水や内水氾濫が起こると、トイレなどで下水が逆流すると聞きます。防ぐ術はありますか?

 

土屋:下水の逆流は「水嚢(すいのう)」で防げる可能性があります。水嚢を作ってから運ぶと袋が破けてしまうおそれがありますので、袋に水を入れてから運ぶのではなく、水嚢を置く場所に袋を設置してから水を入れるようにしてください。このやり方のほうが密閉度も高まります。

国土交通省「知っておくと役に立つ知識・情報」

▲洪水時には、洗濯機やお風呂の排水口など思わぬところから下水が逆流することがあるため、水嚢でふさぐ方法を知っておくといい

――断水や停電に備えて水を貯めておくのは効果的な対策ですか?

 

土屋:受水槽があるマンションでは、避けていただきたいですね。断水になっても、受水槽に水が残ってさえいれば直接汲み取るなどして水は使用できます。大きなマンションであれば、近隣の方にも配って差し上げられるほどの容量があります。しかし、すべての住戸が一度に大量の水を使用してしまうと、受水槽の水が空になってしまいます。一定規模の地震が発生すると、自動的に受水槽の水を遮断する緊急遮断弁を設置しておくという方法も効果があります。

 

 

――水害リスクを知るためには、どのような情報を参考にすれば良いのでしょうか?

 

土屋:リスクを知るという意味では、やはり洪水ハザードマップや内水氾濫ハザードマップになってくるでしょう。しかし、内水氾濫ハザードマップの公表率は全国で約11%(2023年9月末時点)と決して高くありません。内水氾濫は、周囲と比べて土地が低いエリアで起きやすいものです。ハザードマップの公表がない地域では、国土地理院が公開している「地理院地図」で土地の高低差や成り立ち、断面図などを調べることができます。

 

 

【地理院地図で土地の断面図を見る方法】

 

  1. 地理院地図で見たい範囲を選ぶ(町内くらいの狭めの範囲がお勧め)
  2. 右上の「ツール」ボタンを押す
  3. 断面図ボタンを押す
  4. 断面を切りたい始点をタップ(PCではクリック)
  5. 終点をダブルタップ(PCではダブルクリック)
  6. 始点ー終点の間で断面図が表示
地理院地図土地の断面図

▲見たい場所を中心に東西・南北で断面を作ることで、くぼんでいる場所にないかを確認することができる。⑥のような場所はくぼ地で水が集まってきやすく、四方が同じような土地では水が流れていく先がないため、内水氾濫に繋がりやすいという

とはいえ、水害は地震と異なり、突然来るものではありません。台風や豪雨はある程度予測ができますから、予報を見て備えるということも大切になってくるでしょう。大雨の予報が出ているときは、地下の車を避難させ、止水板を設置するなど早めの対処が必要です。

長谷工コミュニティ「浸水対策工事」

▲止水板の設置例

――近年、頻発している突発的なゲリラ豪雨にはどのように対策すればいいでしょうか?

 

土屋:近年の瞬発的な降水量は、常軌を逸しています。都市部は1時間あたり50〜75㎜程度の降水量を想定して排水計画をしていますが、1時間あたりの降水量はこれに達さなくても、たとえば10分間に10㎜、20㎜の雨が降れば数十分で排水できなくなってしまうおそれがあります。先ほどの機械式駐車場の水没の事例は、わずか30分程度で起きたことです。過去の1時間あたりの降水量に加え「10分間降水量」も見ていただきたいですね。ハザードマップに10分間降水量が反映されているエリアも増えてきています。

 

気候変動により気温や海水温が上昇し、台風や豪雨は着実に増えています。近年では「100年に一度」や「かつて経験したことのない」異常気象が毎年のように起きており、これまでの常識が通用しません。水害がなかった場所でも、マンションの一部住戸や共用設備などの浸水・水没が起こる可能性があります。豪雨などの対策については、過去の経験の延長線上では間に合わないケースが増えているので十分に注意して頂きたいものです。

土屋輝之さん

 

 

 

取材・文:亀梨奈美 撮影:大崎聡

 

WRITER

亀梨 奈美
不動産ジャーナリスト。不動産専門誌の記者として活動しながら、不動産会社や銀行、出版社メディアへ多数寄稿。不動産ジャンル書籍の執筆協力なども行う。

X:@namikamenashi

おまけのQ&A

Q.台風や豪雨の激甚化と被害の増加を受けて、根本的にどのようなことが見直されるべきだとお考えですか?
A.2024年9月に発生した台風11号は、中国に甚大な被害をもたらしました。最大瞬間風速は68mということでしたが、このような台風が日本の超高層ビル・タワーマンション群を襲えば、バルコニーの手すりの損傷やガラスパネルなどが脱落してしまう可能性もあると思います。バルコニーは共用部ですので、現行の法律では修繕までに時間を要することもあるでしょう。こうした事態を想定して、建築基準法や区分所有法、管理規約などを改正することも必要になってくるかもしれませんね。