マンションで皆が悩みがちな「音の問題」。解決への手がかりを探るべく、専門家の解説と遮音性能向上の取り組みを紹介します。
取材・文:末吉陽子(やじろべえ) 撮影:高橋絵里奈
マンションで皆が悩みがちな「音の問題」。解決への手がかりを探るべく、専門家の解説と遮音性能向上の取り組みを紹介します。
取材・文:末吉陽子(やじろべえ) 撮影:高橋絵里奈
マンション生活で起こりがちなトラブルのひとつに、「騒音」の問題が挙げられます。上下階や隣の住戸の生活音が気になることはよくありますし、時には警察を巻き込んだ揉めごとに発展したり、引っ越しせざるを得なくなったりと、深刻な問題に発展するケースも少なくありません。
マンションの居住者がお互いに気持ちのよい住環境を維持するために、そしてマンションの資産価値を下げないためにも、音のトラブルの被害者・加害者にならないための知識をもっておきたいものです。
そこで、住宅関連の音・振動環境研究の第一人者である日本大学名誉教授の井上勝夫先生に、音のトラブルを避けるための方法や対処法を解説してもらいました。
▲井上勝夫(いのうえ・かつお)。日本大学名誉教授。工学博士。一級建築士。日本建築学会理事、同関東支部長、同環境工学委員会委員長、環境振動運営委員会委員長、日本音響学会評議員、日本騒音制御工学会理事などを歴任。現在、日本音響材料協会理事。住宅関連の音・振動環境の対策や研究の第一人者。
――まず、マンションで問題になりやすい生活音について教えてください。
井上教授(以下、敬称略):代表的な生活音は、「大きな音」や「衝撃性の高い音」です。まず、「大きな音」について、音の大きさの目安は100デシベルが車のクラクション、90デシベルが人間の怒鳴り声、70デシベルがドライヤーや掃除機の音です。
人や聴力の変化によって差はありますが、居室内において多くの人は55〜60デシベルを超える音に対して「うるさい」と感じてくるでしょう。ですからもしマンションの居室内で近隣から聞こえてくる音を測定して、60デシベルを超えるようであれば、一般的に考えて問題になってもおかしくないということになります。
次に、「衝撃性の高い音」は、具体的に物がぶつかった音や手を叩く音などです。マンションで問題になりやすいのは、上階の住民が床に何かを落としたり、子どもがドンドンと走り回ったりしたときの音です。
――生活音には、いろいろな種類があるということですよね。
井上:大きく分類すると「空気音」と「固体音」の2つがあります。空気音とは、音が空気を振動させて耳に伝わるものです。トラブルになりやすいのは、子どもの騒ぎ声や赤ちゃんの泣き声、テレビ・ステレオの音など。それに対して固体音とは、床や壁、天井などの固体から振動が伝わり、音として耳に届くものです。足音やドアの開け閉めの音、トイレの排水音などが該当します。
――自分が騒音トラブルの加害者にならないためには、どのようなことに気をつけるべきでしょうか?
井上:深刻なクレームになりやすいのは固体音なので、固体音がどのように発生するのかを知り、大きな音の発生につながることを行わないように意識することです。ただ、建物の構造によって伝わる音の大きさには違いがあり、居住者としてできる対策には限りがあります。衝撃の力を床や壁などに伝えないように、例えばカーペットを敷くなど、衝撃を吸収できる床材にリフォームするなどの防振対策が挙げられます。
――では、自分が騒音トラブルの被害者になってしまった場合の対処法についても教えてください。
井上:被害者にできることは、さらに限りがあります。現実的には、加害者への注意喚起くらいです。音の発生を特定できる場合は、発生させている居住者に直接クレームを言わずに、管理会社や管理組合を介して、注意喚起を促すような文書の掲示などで対応することが大切です。この種のトラブルは、感情的になることで問題をさらに悪化させかねません。自ら直接クレームを伝えたり、改善を求めるような行動を起こしたりするようなことは、マンションでの良好な近所付き合いを継続するためにも控えるべきです。
また、計測器で気になる音を記録しておくのもひとつの方法です。計測器は数千円で購入できるものもあるので、注意喚起の前後で音に変化はあったのか、確認する手段としても有効活用できます。
――騒音トラブルの解決のためには、加害者・被害者双方の歩み寄りが大事なのですね。
井上:そうですね。いずれにしても、先ずはマンション生活を快適に送るための最低限の知識として、どのような行動や動作・操作でどの程度の音が発生するのか、知識を身につけることをおすすめします。また、マンション管理組合として、例えば、「過度な騒音を発生させない住み方」などの勉強会や実験・検証会などを開催するといった具合に、居住者の理解を促す取り組みを講じることは騒音トラブル抑止に有効です。難しい知識を伝えるのではなく、「これくらいの発生音や行動、動作音は周辺住戸にこれくらい響いている」ということを理解できれば十分だと思います。
▲井上教授の著書『マンションの「音のトラブル」を解決する本』あさ出版、2021年。「音のトラブル」にまつわる基礎知識を分かりやすくまとめた一冊。
――マンション購入予定者が、音の観点から物件をチェックするときのポイントはありますか?
井上:ひとつは、対象マンションは主要な居住者として、どのような家族構成を狙っているのかを把握することです。例えば郊外型のファミリー向けマンションであれば、小さな子どもが住むパターンが多いです。そのため、子どもの足音などの固体音や、泣き声などの空気音の発生を想定できます。そのうえで、住戸間や上下間の遮音性能を知るべきです。
建築物の遮音性能は「D値」を使って表します。マンションの住戸間の遮音性能として、一般的に「D-50」以上の値であれば適正だと考えられます。
また、上下階の床衝撃音遮断性能は「L値」で評価されます。スリッパで歩いたときの「パタパタ」といった比較的軽めで高音域の音は「軽量床衝撃音(LL)」に分類され、「音は聞こえるが意識することはあまりない」とされるのが「LL-45」、「ほとんど聞こえない」のは「LL-40」で示されます。
子どもの飛び跳ねや、椅子を動かしたときなどの「ドスン」「ガタン」といった鈍くて低い音は「重量床衝撃音(LH)」に分類され、「LH-55」以上の性能(数値は小さくなるに従い性能は高くなる)であれば気にならないでしょう。さらに、外壁開口部の遮音性能は性能表示制度で示す「等級2以上」は確保しておきたいところです。
このような音に関する性能は、マンションを販売する会社から教えてもらえる場合もあれば、聞かないと教えてもらえない場合もあります。そのため、受け身ではなく能動的に性能を聞いてチェックしてほしいです。
マンションを施工する会社は、どのように音に関する対策を講じているのでしょうか。後半では、マンションの音環境に関する性能向上への取り組みについて、長谷工コーポレーション技術研究所・建築環境研究室の會田祐さんに聞きました。
▲會田祐(あいだ・ゆう)。長谷工コーポレーション 技術推進部門 技術研究所 建築環境研究室 担当部長/博士(環境学)。
※所属先・肩書きは取材当時のもの。
――建築環境研究室では、マンションの遮音性能についてどのような研究をされているのでしょうか?
會田さん(以下、敬称略):住戸間や上下階の音の伝わりやすさについて研究しています。例えば、隣の住戸のテレビや話し声をしっかり遮音するにはどうすればいいか、上の階で人が走りまわったときに下の階へどれくらいの音が伝わるのかなどに関して、建築の遮音方法や対策の工夫に落とし込んで検討しています。
▲長谷工テクニカルセンター(東京都多摩市)内の技術研究所にある音響実験棟。その中に設けられた残響室。各種の建築部材を対象に、遮音性能試験を行っている。
また、設計図の情報から、音の伝わり方を予測する方法を考えたり、マンションに足を運んでいろいろなデータを収集して分析したりと、ノウハウを蓄積してマンションの設計に活かしています。従来の方法を改善することによって、より性能を向上させることはもちろん、新しい建物の造り方を考えることにもチャレンジしています。
▲残響室の内部。2つの残響室の間に試験体カセットを設置し、A室を音源室、B室を受音室とすることで、試験体の音響透過損失を測定している。
――2023年に音響実験棟を新設されたとのことですが、どのような実験をしているのでしょうか?
會田:例えば、床の遮音性を確認するための実験であれば、コンクリートの床を叩けるようにしているので、床材の遮音性能の評価に活用しています。ただ、この実験室だけで完璧に性能を計測できるわけではないため、建物を造ったあとに実際に性能がどうなるかを確認しなくてはいけません。例えば、音や振動の伝わり方が、実験室と異なる場合があるので、実験室で得られたデータだけではなく現場の条件を加味して、マンションの居室空間の品質を高めていくかたちになります。
▲残響室上部の天井パネルで、建築物の床衝撃音遮断性能の測定に用いられる「重量床衝撃音発生器(バングマシン)」を見せてくれた。
――実験で得られた研究をマンションの施工にフィードバックしながら性能を高めているわけですね。最後に現在、注力している研究を教えてください。
相田:マンションの遮音研究で難しいのは、コンクリートの床とフローリングなどの床材との間に空間をとって、二重構造になっている床(二重床)でどう音が伝わるかといった計算です。現在は、それをいろいろな数値でシミュレーションして解き明かしていこうとしているところですね。その成果が出れば、マンションの性能をさらに高められると考えています。