近年問題となっている「空き家」。一戸建てばかりが注目されがちですが、じつは全国の「空き家」総数の半分以上をマンションが占めます。「限界集落」ならぬ「限界マンション」という言葉も見られるなど、マンションの“持続可能性”に注目が集まっている現状について、マンション管理コンサルタント土屋輝之さんに話を聞きました。
マンションに空き家が増えると、適切な修繕やメンテナンスがしにくくなり、管理状態は悪化。さらに建物の高経年化と住人の高齢化も進み、徐々に“持続可能性”が損なわれていきます。
「“限界マンション”に明確な定義はありませんが、居住性、換金性、収益性が損なわれてしまったマンションといえると思います。要は、住めない・売れない・貸せないマンションということですね。一戸建てであれば、所有者の意思でリノベーションや解体をして土地を売ることができます。しかし、集合住宅であるマンションは、建物全体のリノベーションや解体には一定数の区分所有者の同意が必要です。持続可能性を失ったマンションでは決議を取るのも難しいことから、八方塞がりとなってしまうのです」(マンション管理コンサルタント土屋輝之さん、以下土屋さん)
マンション内の空き家増加は限界マンション化の大きな要因となりかねませんが、土屋さんによれば、限界マンションになってしまう理由は次の3つに大別されるといいます。
▲マンション管理コンサルタント 土屋輝之さん。2003年さくら事務所に参画、不動産仲介から新築マンション販売センター長を経る間に、不動産売買及び 運用コンサルティング、マンション管理組合の運営コンサルティングなどを幅広く長年にわたって経験。不動産、建築関連資格も数多く保持し、深い知識と経験を織り込んだコンサルティングで支持される不動産売買とマンション管理のスペシャリスト
限界マンション化してしまう要因1.建物・設備の老朽化
「築50年ほどのマンションの事例なのですが、必要なタイミングで配管のメンテナンスや交換ができなかったことで、蛇口から赤水が出るようになってしまったんです。つまり、給水管の内側が錆びてしまっているということですね。
透明なコップに少し水を入れれば分かるほどで、浴槽にためたお湯は茶褐色でまるで温泉のようでした。最初のうちは各戸で浄水器を付けるなどして対処していましたが、1週間ともたずに浄水器が目詰まりを起こして赤水が出てしまう状況に。こうなってしまうと、売ることも貸すこともできません。住むこともままならないため、仕方なく管理費や修繕積立金、固定資産税などを払い続けて、別の住まいで暮らしている住人もいます」(土屋さん)
限界マンション化してしまう要因2.住人の高齢化
「現在は、全国的にマンション住人の高齢化も進んでいます。ご夫婦で暮らしていてどちらかが亡くなり、もう一方が高齢者施設などに入居して空き家になってしまうケースは非常に多く見られます。空き家になった後もしばらくは管理費や修繕積立金が徴収できていても、やがて引き落とせなくなり、請求にも応じてもらえなくなるといった事例も少なからず耳にします」(土屋さん)
国土交通省が公表した2023年度マンション総合調査結果によれば、マンション住人のうち70歳以上の住人が占める割合は25.9%と4分の1を超えます。高経年マンションであるほどこの傾向が強く、1984年築以前のマンションの住人は70歳以上の住人が55.9%と過半数を占めます。
「管理組合は、管理費や修繕積立金を滞納する住人に対して、裁判所に申し立てて強制競売の手続きをすることもできます。しかし、管理組合の方も70代、80代と年を重ねていくと、ドラスティックに物事を判断して、行動することもできなくなっていくんですよ。
法人化していない管理組合だと、理事長の個人名で裁判を起こさなければなりません。多くのマンションは、輪番制で管理組合の理事長になります。自分が理事長になったタイミングで、わざわざ自分の名前で顔見知りの人相手に裁判を起こしたくないという気持ちもあるのでしょう」(土屋さん)
限界マンション化してしまう要因3.管理人の高齢化
「建物の高経年化と住人の高齢化という“二つの老い”に加え、近年は“第三の老い”の問題も深刻化しています。第三の老いとは、管理人の高齢化です。これまで、管理人さんは定年後の60代の方が多かったのですが、最近では70歳、80歳を超えている管理人さんも多いです。
人手不足で管理人が定年や健康上の理由などで退職、後任の管理人が採用できないマンションや、管理会社や管理人に無理難題を押しつけて見放されてしまったマンションも少なからず見られます。これまで管理人さんに担ってもらっていたゴミ置き場の清掃や自転車の整理、日常的な清掃などの業務をしてもらえなくなったことで、ゴミ屋敷のようになってしまっているマンションも。『住人がやればいい』と考えるかもしれませんが、こうしたマンションは住人の高齢化も進んでいるため、なかなか手が回らないというのが現状です」(土屋さん)
売れない・貸せない・住めないだけじゃない? 限界マンションのリスク
限界マンションは、住めない・売れない・貸せないことに加え、深刻なリスクをはらんでいると土屋さんは指摘します。
「高経年マンションに限ったことではありませんが、昨今ではマンションの外壁タイルの剥離や剥落が大きな社会問題となっています。新築時の施工不良が要因であるケースも少なからずありますが、適切なタイミングで大規模修繕工事が実施されていなければ、当然、外壁にも不具合が生じてきます」(土屋さん)
建築基準法第12条では、マンションなどの一定規模の建築物は「おおむね6ヶ月から3年以内に一度の手の届く範囲の打診等に加え、おおむね10 年に一度、落下により歩行者等に危害を加えるおそれのある部分の全面的な打診等を行うこと」と規定されています。しかし、限界マンションではまずこのような点検はされておらず、実際には相当数のマンションで外壁タイルの不具合があると推測されます。
「この問題が露呈するのは、首都直下型地震や南海トラフ大地震が起こったときでしょう。外壁タイルが剥落して、住人や通行人、車や隣家などに危害を与えてしまった場合、賠償責任は管理組合にあります」(土屋さん)
外壁タイルは、風雨や紫外線などから外壁内側にある建物のコンクリートを守る役割も持っています。タイルが剥離・剥落した部分から雨水が浸入すれば、建物にとっても由々しき事態となりかねません。
多くのマンションの地下には「地下ピット」と呼ばれるスペースが設けられています。地下ピットは配管や配線ケーブルをメンテナンスするためのスペースですが、漏水などにより水がたまってしまっているマンションも見られるといいます。「水がたまっている=危険」というわけではないが、常時水がたまっていると一大事にもなりかねないと土屋さんは警鐘を鳴らします。
「配線が水に沈んでいると配線の劣化を早めるだけでなく、最悪の場合、漏電や停電を起こしてしまうおそれがあります。また、排水管からの漏水によって水がたまっているとすれば、衛生面でも問題があります。悪臭が立ちこめたり、害虫が発生したりするリスクもあります」(土屋さん)
給水管の劣化は赤水や漏水の要因となるが、排水管の劣化で穴が開いてしまったり、管の中に錆の瘤(こぶ)ができてしまえば、汚水の漏水や逆流にもつながりかねません。高経年マンションは、下階の天井裏に排水管が通っていることも多いことから、漏水すれば被害は甚大なものになると予想されます。また、給排水管がもろくなっているマンションは、大規模地震発生時にこうした問題が一気に露呈するおそれもあリます。
「排水管の維持・メンテナンスには雑排水管洗浄が欠かせませんが、定期的に洗浄していればいいというものでもありません。洗浄に使う道具が不適切であったり、強引に扱ったりすると、逆に配管を摩耗させてしまいかねません。定期的なメンテナンスにかける費用をできる限り抑えたいところでしょうが、高品質なサービスには一定の費用がかかると心得ることも大切です」(土屋さん)
住めない・売れない・貸せないという限界マンションは、不動産仲介会社やマンション管理会社に見放されてしまったマンションとも言い換えられますが、土屋さんは「保険会社にまで見放されてしまったらいよいよ限界を迎える」と助言します。
「2024年1月の能登半島地震も記憶に新しいところですが、2019年の東日本台風での武蔵小杉のタワーマンションの浸水被害など、近年は自然災害が多発化・激甚化しています。災害リスクが高いエリアのマンションは特にリスクに応じた長期修繕計画を立てていなければ、災害に遭遇した直後に限界を迎えてしまうおそれがあります。
少なくとも損害保険に加入していただきたいところですが、建物の老朽化によって設備の故障や漏水が頻発するマンションは、保険の更新を謝絶されてしまうこともあります。こうなってしまうと、以降の共用部の漏水や設備の故障などのすべてを管理組合が費用を負担して修繕しなければなりません。“損害保険に加入できるかどうか”は、マンションの持続可能性に大きく関わってくるといえるでしょう」(土屋さん)
マンションの持続可能性を見極める方法
マンションの持続可能性は、立地や築年数、見た目などだけで見極められるものではありません。管理や修繕の状況を確認するには、管理会社が発行する重要事項調査報告書から、これまでの修繕履歴や今後の修繕計画、修繕積立金額、滞納額などを確認する必要があります。また、これらを見ただけでは妥当性が判断できないことから、長期修繕計画や修繕積立金のガイドラインなどと照らし合わせる必要もあります。
「加えて、2022年にスタートした国による“管理計画認定制度”や業界団体による“マンション管理適正評価制度”による評価を見ていただくと分かりやすいと思います。いずれの制度も、長期修繕計画とそれに見合った積立金額であるかどうかを厳しく評価しています。管理計画認定制度は認定か否認のいずれかで、まだ導入していない自治体もありますが、マンション管理適正評価制度は5つ星で評価されるので非常に分かりやすいです。
管理に自信があるマンションの多くは、すでにいずれかの制度で評価を受けています。まずこうした制度の評価を見たうえで、修繕履歴や修繕計画など細かな点を見ると、マンションの持続可能性が見極めやすいと思いますよ」(土屋さん)
自分の住んでいるマンション、あるいはこれから購入するマンションの居住性、換金性や収益性を維持していくにはマンションの管理を“自分事”と捉えることも重要になってくるでしょう。管理計画認定制度で認定されたマンションは、固定資産税の減額や共用部分リフォーム融資の金利引き下げなどのインセンティブを受けることができます。マンションを所有するということは、管理組合の一員になるということ。限界マンションにしないためには、住人一人ひとりが資産性や居住快適性を維持・向上させるという意識を持って、マンションを維持・管理していくことが求められます。
[あわせて読みたい]「マンション管理計画認定制度」と何が違う?「マンション管理適正評価制度」とは。
取材・文:亀梨奈美
WRITER
不動産ジャーナリスト。不動産専門誌の記者として活動しながら、不動産会社や銀行、出版社メディアへ多数寄稿。不動産ジャンル書籍の執筆協力なども行う。
おまけのQ&A
- Q.マンションの空き家が増加している根本的な要因は?
- A.やはり、住宅が余っていることでしょう。高齢化と人口減少の問題にメスを入れなければ根本的な解決にはならないでしょう。(土屋さん)