『地面師たち』新庄耕×長谷工社員が対談 ――マンション用地仕入れの実態とは?

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マンションの用地仕入れの現場で、土地の所有者になりすまして売却し、金銭をだまし取る詐欺集団を描いた『地面師たち』(©新庄耕/集英社)。著者の新庄耕さんと、約20年にわたってマンションの用地仕入れをしてきた長谷工コーポレーションの佐藤晃さんが、用地仕入れのリアルに迫ります。

佐藤晃さん(以下、佐藤):これまで不動産を題材にした小説やドラマ、漫画などはありましたが、地面師という切り口とはいえ、用地仕入れにここまでスポットが当たったのは初めてなのではないでしょうか。小説もドラマも大変な話題になっていますが、業界関係者での注目度といったらすごいですよ。マンションの用地仕入れの現場では、必ずと言っていいほど「『地面師たち』見た?」と話題に上がります。

 

新庄耕さん(以下、新庄):嬉しいですね。実際に現場では、どのように用地仕入れが進んでいくんですか?

 

佐藤:『地面師たち』のように突然話が上がってくることもあります。ただ、多くの場合は色々なところで地道に種をまいて、情報をいただけるような関係性を築いていきます。土地の情報が入ったら、まずは調べて仕入れの可否を判断し、収支を叩いて提案する……という作業をひたすら繰り返します。概算での価格検証、詳細価格提示は年間100件以上出していると思いますが、購入できる土地は10件ほど。本当に地道な仕事です。

新庄耕さん

▲新庄耕さん。1983年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。2012年、『狭小邸宅』で第36回すばる文学賞を受賞。著書に『地面師たち』『サーラレーオ』『ニューカルマ』など。X:@shinjo_kou

新庄:種をまくのは不動産会社さんですか?

 

佐藤:不動産会社に加え、金融機関や士業の先生などです。『地面師たち』で書かれているようないわゆるブローカーは、今ではだいぶ減っていると思います。あそこまでやられてしまったら騙されてしまう可能性もあるのかもしれませんが、実態としては、まず信頼関係の構築を重視している仕入れ担当者が多いと思います。

 

新庄:作中の尼僧のように、土地を守っている、いわゆる地主さんってもう少ないんですかね?

 

佐藤:都市部は特に開発が進んでいるので、個人の地主さんが持っている大型マンション用地はそう多くありません。とはいえ、マンション用地ではなく戸建て用地やアパート用地ということであればそうした土地もまだまだあると思います。ただ、土地を守っていきたいという方は相続税対策もしっかりされている方が多く、単純売却の案件は減ってきていますね。

 

新庄:都内でも空き家が増えていると聞きますが、戸建ての土地はマンション用地には適さないですよね。となると、都市部なんて特に土地が限られてくると思いますが、競合他社に勝つコツはあるのでしょうか?

 

佐藤:スピードと人間関係でしょうか。用地を購入する方法は「入札」と「相対(あいたい)」に大別されます。相対というのは、売主と買主が1対1で交渉する形態です。いずれにしても、売主さんは金額だけを見ているわけではないんですよ。マンション用地という広大な土地を売却されるからにはなんらかの事情があるケースが大半ですし、今は特に市況が良いということもあって、金額には概ね満足頂く水準は超える傾向にありますので、金額以外のところを重視される売主さんも少なくありません。用地仕入れでは大きなお金が動きますが、お金だけでなく売主さんや仲介会社さんとの信頼関係も大切です。「ビジネスだけじゃない」というところが、用地仕入れのおもしろさだと思っています。

 

新庄:お金がいらない人たちっていますからね。以前、六本木に住んでいた時、同じマンションに住んでいた電気工事士さんと知り合ったのですが、ある日突然、お父様が戦後に取得した広大な土地を相続したっていうんですよ。その土地を転がして家族と港区の一等地に引っ越していったのですが、それも飽きちゃったと言って、当人だけワンルームマンションに住み始めて。それでも、食事、音楽、映画、あらゆるものに興味がない。女性がいるようなお店に行っても、お金があるから寄りついてはくるけれど、愛までは買えないわけです。「新庄くん、とにかく人生がつまらないんだよ」とノイローゼになってしまって、結局はフィリピンに行ってしまいました。お金を持っているだけでは必ずしも幸せになれないんですよね。用地仕入れは大きなお金が動く場所だからこそ、さまざまな人間ドラマがありそうです。

佐藤晃さん

長谷工コーポレーション 横浜支店 不動産2部 第1チームチーフ 佐藤晃さん 
※所属・肩書は取材当時のもの

佐藤:新庄さん、「ゼネコン」と「デベロッパー」の違いって分かりますか?

 

新庄:ゼネコンのほうがなんだか悪そうな感じがします(笑)。

 

佐藤:確かにそういったイメージもあるかもしれないです(笑)。ゼネコンは建設を請け負い、企画や開発から関わるのがデベロッパーになるのですが、長谷工はどちらの顔も持ち合わせているんですよ。土地が減り、競合が増え、地価も建築費も高騰している今のマーケットでは特に、見積もりを出すスピードや提案力も用地取得の可否を左右します。長谷工のこうした体制やこれまでの経験、実績、技術があるからこそ、取得できる用地も少なくありません。「土地は生き物だ」と、上司に口を酸っぱくして言われてきました。

長谷工「特命受注方式」

▲自ら仕入れた土地情報を事業者に持ち込み、プランとともに提案営業する長谷工コーポレーション独自の「特命受注方式」

新庄:まさにスピード勝負なわけですね。早く処理しないと腐ってしまうし、誰かに食べられてしまうと。おもしろいなぁ。僕はヴィンテージマンションの重厚感が好きで、今住んでいるのも築古のマンションなのですが、当時と今とではマンションの用地仕入れも変わっていますか?

 

佐藤:だいぶ変わりましたね。とにかく、確認しなければならない項目がどんどん増えています。土壌汚染、境界、騒音、ハザード……価格やプラン、取引方法以外にもさまざまなことを確認して、問題ないことが分かってはじめて用地取得を検討できます。また、最近ではマンションを建築した後の出口も多様化しています。かつては、分譲するか賃貸マンションとして1棟保有するかが大半でしたが、今はREITや外資系ファンドなどもありますからね。たとえば、信託商品とする場合には、敷地境界が決まっていないと信託設定ができません。買うほうの条件がどんどん厳しくなっている中で、土地が減り、地価が上がっているので、完全に売り手市場になっているのが現状です。

 

新庄:確認項目が増えているにもかかわらずそこを掻い潜って詐欺をするのですから……改めて地面師たちの手口はすごいんですね。ドラマにもありましたけど、たまに「なんでこんな良い立地でずっと何も建たないんだろう」という土地がありますよね。こうした物件はなにか問題があるということなんですか?

 

佐藤:土地ごとにさまざまな事情があるのだと思いますが、都市計画や所有者さんの強い希望から売らない・売れない土地が見られます。他にも単に価格が高すぎるということもあります。用地売買に不慣れな仲介会社さんだと、マンションの容積消化と建築コストを想定せず、マーケットが好調なこともあり、強気な査定をしてしまったりするんですよね。実際にプランとコストを入れてみると全く採算が取れない……ということで買い手がつかないわけです。

 

新庄:新築マンションの価格がどんどん上がっていますけど、今後はどうなるんですかね? 供給戸数もだいぶ減っていますよね。

 

佐藤:2024年1月から8月までの供給戸数は、市場全体で前年比22.5%減です。やはり用地不足、そして建築費の高騰が影響としては大きいと思います。エリアによって適正金額というものがありますから、逆算して考えてそれをオーバーしてしまうようであれば用地を仕入れることはできません。市況は総じて良いですが、エリア間の格差は確実に大きくなってきています。特に郊外はこれが顕著に見られ始めており、たとえば駅前は8,000万円で売れるエリアでも、駅徒歩20分となると4,000万円でも売れない場所が出てきています。供給数にしても、分譲価格についても、今後はますます二極化が進行していくことになると思います。

 

新庄:港区のタワーマンションのように、出せば売れるという時代ではなくなりつつあるわけですね。用地仕入れの未来ってどうなんですか? AI化されていく部分もあるんですかね?

 

佐藤:実際にAI化しようとしている企業もありますよ。ただ、用地仕入れのすべてをAI化することはできないと思います。簡易的なプランを作ったり、交渉のための最適値を割り出したりすることはできるかもしれませんが、やはり先ほど申し上げたとおり用地仕入れは信頼のうえに成り立つものですからね。

 

新庄:お話を聞いていると、AIで合理的な数字が出せたとしても、最後は「人」の世界なんでしょうね。

 

佐藤:売主さんが法人でも個人でも、思い入れや期待といった感情は必ず入ってきますからね。売主の数だけ、土地の数だけ、仕入れ方は異なります。そこはAIには測りきれない部分なのではないでしょうか。プランニングにおいても、容積率なんかは計算できるでしょうけど、センスや発想といった面ではまだまだ人頼りです。そして、なんといってもマンションを購入するのは人です。個性があるからこそ、マンションは魅力的なんだと思います。私は土地の状態から建物を想像して仕入れるわけですが、やはり実際にマンションが建つと毎回良い意味で期待を裏切ってくれます。それも用地仕入れの仕事の醍醐味ですね。

 

新庄:地面師たちがいなくても、マンションの用地仕入れはさまざまなドラマがある世界なんですね。

 

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取材・文:亀梨奈美 撮影:宗野歩

 

WRITER

亀梨 奈美
不動産ジャーナリスト。不動産専門誌の記者として活動しながら、不動産会社や銀行、出版社メディアへ多数寄稿。不動産ジャンル書籍の執筆協力なども行う。

X:@namikamenashi

おまけのQ&A

Q.マンションのどういったところに惹かれますか?
A.新庄:立地や利便性も大事ですが、それより建物自体に魅力を感じますね。だからこそヴィンテージマンションに住んでいるということもあります。インテリアも好きです。マンションは、何より暖かいのがいいですよね。実家が木造の戸建てだったのですが、冬は本当に凍えるほど寒かったんです。マンション住まい、最高です。