『地面師たち』作者の新庄耕さんが語る、マンション業界への愛と続編に込めた思い

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土地の所有者になりすまして売却し、金銭をだまし取る「地面師詐欺」を基にした小説『地面師たち』。Netflixで配信されているドラマも話題の同作著者の新庄耕さんに、誕生秘話や同様に不動産業界を扱ったデビュー作や続編に込めた思いについて伺いました。

――なぜ地面師を扱った作品を書かれたのでしょうか?

 

新庄耕さん(以下、新庄):きっかけは、デビュー以来ご一緒させていただいている編集者さんからの「これで勝負してみないか」という提案です。デビュー作も『狭小邸宅』という不動産を扱った作品だったので、まったく知らない世界ではない。とはいえ、地面師については報道で知っていた程度でした。これまで事件ものを扱ったことはなく、あまり読んだこともなかったので断ることも考えたのですが、少し調べてみたら地面師の手口に興味がわいたんですよね。

 

東京の真ん中で数十億という金銭をだまし取る派手な詐欺ですが、その手口は極めてアナログなものです。このコントラストが題材として非常におもしろいと思いました。

新庄耕さん

▲新庄耕さん。1983年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。2012年、『狭小邸宅』で第36回すばる文学賞を受賞。著書に『地面師たち』『サーラレーオ』『ニューカルマ』など。X:@shinjo_kou

――地面師たちの手口や登場人物の心理描写もさることながら、土地の売買や決済の場面が非常にリアルに描かれています。どのように取材されたのでしょうか?

 

新庄:僕自身、不動産を売ったことも買ったこともないので、実際の現場を知っているわけではありません。なので、基本的には“妄想”です。もちろん手順や手続きについては調べましたし、司法書士の長田修和先生にもご確認いただいています。長田先生にはドラマもご監修いただいていて、最初の決済のシーンも長田先生のアイデアですね。

Netflixシリーズ「地面師たち」©新庄耕/集英社

▲出典:Netflixシリーズ「地面師たち」(Netflixにて独占配信中)©新庄耕/集英社
小説に加え、決済のシーンは司法書士の長田修和氏が監修。作品にリアルな緊迫感を与えている

――Netflixシリーズ「地面師たち」は、配信直後から日本におけるNetflix週間TOP10でも6週連続1位を獲得する大ヒットを記録しています。この状況をどのようなお気持ちで見ていますか?

 

新庄:正直ここまでとは思っていなかったですね。ドラマも映画もそうですが、映像化されたとしても必ずしも話題になるわけではありません。地面師という題材は、Netflixさんでこれまでヒットしてきた作品の路線とはだいぶ毛色が違うと思います。いわば“ノワール”で、一般の人には馴染みがない題材を扱うということで、必ずしもポジティブな見方だけではなかったと聞いています。それがこれだけのヒット作になったわけですから、もしかしたらNetflixさんが一番驚いているかもしれません(笑)。

 

大根仁監督の脚本・演出に加え、綾野剛さんや豊川悦司さん、ピエール瀧さんなどキャストの皆さんの演技が素晴らしかったですね。決済のシーンは、多くの人にとって馴染みがない場面ですし、テーブルトークなので画(え)としても地味です。Netflixさんもこの点を懸念していたようですが、大根監督が「絶対大丈夫だ」とおっしゃったそうで。そのお言葉通り、非常にスリリングで、引き込まれるシーンになっています。

 

地上波のドラマではないということで、作品ファーストで制作いただけたのも良かったと思います。エピソードによって尺が違いますし、CMを考慮して作ったりもしていない。試写会で7話通して拝見させていただいたのですが、エピソードごとの尺が違うことに気づかないほど没入してしまい、まるで1本の映画を見ているかのようでした。石野卓球さんの劇伴音楽も、見事にはまっていましたよね。

Netflixシリーズ「地面師たち」©新庄耕/集英社

▲出典:Netflixシリーズ「地面師たち」(Netflixにて独占配信中)©新庄耕/集英社

――第36回すばる文学賞も受賞されたデビュー作『狭小邸宅』では、住宅営業という仕事を非常にリアルに描かれています。こちらはどのような思いや経緯で書かれたのでしょうか?

 

新庄:『狭小邸宅』は、僕の親友の話がモデルになっています。彼は志が高く、海外の大学への進学を希望していたので、その資金を作るために成果報酬が高いハウスメーカーに就職しました。入社から半年ほど経ったころでしょうか。彼に会ったとき、顔つきがまるで変わっていたんです。何があったのかと聞くと、本作にあるようなことを話してくれて。

 

話を聞いていく中で、大企業に長く勤めている人であっても、東京で庭付き一戸建てなんて到底買うことはできず、まさに狭小住宅を買わざるを得ないということにも衝撃を受けました。当時は世間知らずだったので「頑張って働いていればいつか邸宅に住める」と思っていたんです。こんなに朝から晩まで働いているのに、彼が売っているようなペンシルハウスしか買うことができないという現実が、なんだかすごくおもしろいと思ったんですよね。

『狭小邸宅』

▲『狭小邸宅』
あらすじ(©新庄耕/集英社):第36回すばる文学賞受賞作。学歴も経験もいらず、特別な能力や技術もいらない。全ての評価はどれだけ家を売ったか。何も残らない仕事。なぜ僕は辞めずに続けているのだろう──。

――「狭小住宅」ではなく「狭小邸宅」としたのも、そういった部分がおもしろいと思ったからですか?

 

新庄:おそらく地方の方からすれば、東京のペンシルハウスは「狭小住宅」なのでしょうが、汗水垂らして働き、ようやく購入した住まいは高額で、たとえ狭小であっても「邸宅」です。皮肉も込めてあえて「狭小邸宅」としたわけですが、「狭小住宅」と間違えてご紹介いただくことも少なくありません(笑)

 

 

――不動産取引をする人のみならず、業界関係者からの支持も根強いですよね。

 

新庄:不動産業界の方々からの反響は、本作を発表した直後から非常に大きかったです。業界の方からこんなに反響をいただけるとは思ってもみなかったので、率直に嬉しいですよね。多くの方に読んでいただきたいです。

 

――ドラマ開始とほぼ同時に出版された続編『地面師たち ファイナル・ベッツ』。こちらの舞台は、北海道の釧路です。前作ではハリソン山中の名言に「ターゲットは大きければ大きいほど狙いやすい」というものがありましたが、本作のターゲットとなる土地は前作の2倍となる200億円です。よりスケールの大きい続編を書くことは決まっていたのでしょうか?

 

新庄:いえ、一作で終わるつもりでいたのですが、前作を出してすぐの集英社のお披露目会で、映画配給会社やテレビ局など多くの引き合いがあったこともあり、映像化は間違いないということで「続編やりましょう」と言われたんです。こちらとしては書くつもりはなく、前作にすべてを詰め込んでしまったので、ひとまず、前作の最後でハリソン山中が逃亡したシンガポールに行ってみることにしました。

 

シンガポールには初めて行ったのですが、思いのほか冷めている自分がいて。もう少しごちゃごちゃした雑多な感じをイメージしていたのですが、似たような景観が続く街並みを見て「ここじゃない」と思ったんです。本作の最初のシーンはマリーナベイ・サンズのカジノですが、全編カジノを軸としつつ、シンガポールとは別に舞台となる場所を探しました。

『地面師たち ファイナル・ベッツ』(右)

▲『地面師たち ファイナル・ベッツ』(右)
あらすじ(©新庄耕/集英社):シンガポールのカジノで元Jリーガーの稲田は全財産を失い、失意のどん底にいた。一部始終を見ていた大物地面師・ハリソン山中は、IR誘致を見込んだ苫小牧の不動産詐欺メンバーの一員として稲田に仕事を依頼する。日本に戻り、稲田はデベロッパーの宏彰、支援者の菅原と共に準備に入るが、予定していたプランが突然白紙となる。一方、警視庁捜査二課のサクラは、ある不動産詐欺の捜査過程で地面師一味の関与を疑い、捜査を続けていくうち、逃亡中のハリソン山中が趣味の狩猟で頻繁に北海道を訪れていたとの情報を摑むが──。

――釧路を舞台とした理由は?

 

新庄:カジノが軸ということで、IR誘致をしようとしているエリアを検討していたんですよ。ただ、舞台となる場所を考えているときに、IRを巡る汚職事件が摘発されたり、誘致計画を断念する自治体がでてきたりして、なかなか話が進まず。そんなときに、北極海航路※の話を耳にしたんです。

 

北極海航路が実現すれば、近い将来、釧路もシンガポールのようになるという学者さんもいらっしゃいました。シンガポールも昔はジャングルだったわけです。今は少し寂れている釧路も、マリーナベイ・サンズが建つシンガポールになるかもしれないとすればすべての点がつながる……ということで、二作目の舞台は釧路になりました。

 

※北極海を渡って東アジアとヨーロッパを結ぶ海上輸送ルートで、マラッカ海峡、スエズ運河を経由する「南回り航路」と比較し、航行距離を約6割に短縮でき、海賊リスクも少ないことから、海上輸送における新たな選択肢として関心が高まっている。(出典:国土交通省「北極海航路の利用動向について」)

 

 

――二作目の映像化にも期待したいところですが、さらなる続編は考えていますか?

 

新庄:あるかもしれないし、ないかもしないです(笑)

 

11月には、スピンオフ『地面師たち アノニマス』が刊行されます。本作では、地面師メンバーの前日譚を描きました。小説すばるで連載させていただいた3話に加え、書き下ろし4話の計7話となっています。ハリソン山中と後藤の出会い、長井や麗子の過去など、小説やドラマをご覧いただいた方に楽しんでいただける内容になっていると思います。

 

 

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取材・文:亀梨奈美 撮影:宗野歩

 

WRITER

亀梨 奈美
不動産ジャーナリスト。不動産専門誌の記者として活動しながら、不動産会社や銀行、出版社メディアへ多数寄稿。不動産ジャンル書籍の執筆協力なども行う。

X:@namikamenashi

おまけのQ&A

Q.今後、どのような作品を書きたいとお考えですか?
A.今、投資家の話やスパイの話、政治家の話などを仕込んでいます。ぜひこちらも楽しみにしていただければと思います。本当は甘酸っぱい青春恋愛小説なんかも書いてみたいのですが「そこは新庄じゃなくてもいい」と言われてしまって企画が通らないんですよ(笑)