「人生最大の買い物」といわれる住宅。その価格はどう決まるのか? 知られざるマンション価格の「内訳の真実」をマンションアナリスト・のらえもんが明らかにします。
新築マンションの価格は「土地」「建物」+αで決まる
――さっそくですが、「新築マンションの価格」はどんな要素によって決まってくるのでしょうか?
長谷工・石井博之(以下、石井):はい、まず私たち長谷工コーポレーションの営業の仕事について簡単にご説明します。私たち営業部は、不動産部が探してきた土地情報(もしくは事業主が所有している土地)に、事業計画立案、収支提案、事業プランの検証をし、設計、建築など工事に関連する業務を受注。受注後は、工事着工、引き渡しまでの事業を推進させることが主な業務内容となります。
そして、マンションの価格にまつわる要素は、大きく「1.用地」「2.建築・設計」「3.環境整備」に分けられます。1つ目の用地関係ですが、ここには「土地の取得費」に加え、土地の売買の際の「仲介料」、「公租公課」(税金など)が含まれます。2つ目の建築・設計関係は「建物本体」だけでなく「機械式駐車場」、「緑化の植栽費用」などを含む工事全般にかかる費用で、その建築コストの3〜4%程度の「設計料」が別途かかります。
▲長谷工コーポレーション 横浜支店 営業1部 第2チーム チーフ 石井博之さん。※所属先・肩書きは取材当時のもの
石井:3つ目の環境整備にまつわる費用は、物件によってかかるもの・かからないものがあるのですが、たとえば「土壌汚染対策費」は取得した土地の土壌が汚染されていた場合の対策費です。また、近隣住民との折衝のための「近隣対策費」や、もともと建物があった土地であれば「解体費」が、行政によっては「水道負担金」がかかる場合もあります。ここまでがいわゆる「原価」で、そこに「販売経費」や「金利」「企業利益」がのってくる形ですね。事業者の利益は会社にもよりますが、原価の10%くらいに設定されているケースが多いです。
――こうした建物をつくって販売するための総コストと、マンションの総戸数などをふまえ最終的な物件価格が決まると。
石井:はい。参考までに、実在する物件をベースにした収支計画書を用意しました。このマンションの場合、「用地関係」の費用が税込で15億円、「建築関係」の費用が45億円で、その3%強にあたる1億5,000万円の設計料が加算されています。これに「環境整備関係」の約5,000万円を加えた約60億円がマンションをつくるためにかかる原価ですね。この原価に「販売経費」や「金利」、事業主の「利益」として合計約17億5,000万円が加算されています。
ちなみに、このマンションの総戸数を150戸とした場合、総コストから単純計算したマンションの平均販売価格は5,770万円ですね。
▲マンションにかかるコストが記載された「事業収支計画書」(※写真は架空のもの)
のらえもんさん(以下、のらえもん):建築関係の費用を見ると、8階建てで坪単価が140万円、1戸あたり3,000万円となっていますが、これは現在の市況を反映した数字ですか?
石井:そうですね。ざっくりとですが。
のらえもん:じつは十数年前にとあるデベロッパーがつくった試算表を見せてもらったのですが、当時と比べると、やはり建築費用がかなり上がっていますね。その時の試算表では坪単価が約100万円、1戸あたり2,000万円くらいでしたから。単純計算で1.5倍は上がっていると。
石井:おっしゃる通りです。実際、私が入社した当時は1戸あたり2,000万円を切っていましたから。こうしてマンション価格を構成する要素の内訳を見ていただくと、現在は建築関係の費用がかなり高騰していることがお分かりいただけると思います。特にここ1〜2年ほどは急激な物価上昇を見越して、建築費用の中に「物価上昇予備費」を計上するケースが増えています。
▲のらえもんさん。マンションアナリスト、ブロガー、インフルエンサー。東京湾岸エリアのタワーマンションと、中での生活をこよなく愛する「湾岸タワマン専門家」。近著に『絶対に満足するマンション購入術』(廣済堂出版)。X:のらえもん
のらえもん:あと気になったのは「近隣対策費」ですね。
石井:これも行政によって異なりますが、たとえば中高層の建築物に関する条例が定められている地域では、近隣住民に対して説明会を開く義務があります。具体的には「どんな工事をどれくらいの期間で行い、どのような対策をしているか」といった説明資料を配布したり、実際に説明の場を設ける費用などが発生しますね。
のらえもん:そうした説明はゼネコンとデベロッパーのどちらが行うものなんですか?
石井:基本的にはデベロッパーメインとされていますが、計画や工事に関する話はゼネコンが行う必要があります。長谷工にも近隣住民の方との折衝を担当する専門部署があり、どの物件でも説明会の際には事業主さんに同行するケースがほとんどですね。
グレードの高い仕様や共用設備も価格に転嫁される
のらえもん:建築費以外の近年の傾向でいうと、新築マンションの専有部や共用部の仕様という部分でトレンドの変化はありますか?
石井:共用部だと、コロナ禍以降は100戸以上の規模の物件でテレワークブースを設けるケースが目立ちました。タッチレス水栓や、鍵を取り出さずにエントランスへ入れる非接触キー、顔認証システムを導入するデベロッパーさんも増えましたね。
それから、ネットショッピングの普及で個別の宅配ボックスはマストになってきていて、私が携わっている物件でも8割ほどは導入されています。大手のデベロッパーですと、スマホで個別の宅配ボックスを操作できるシステムを導入したり、共用部のエントランスに冷凍・冷蔵対応の宅配ボックスを設置したりといったケースも出てきています。このあたりも、今後は増えていくのではないかと。
のらえもん:宅配ボックスに関しては容積率規制の対象外になったことも影響しているのでしょうか。
石井:それも大きいと思います。
▲さすがな質問を次々と投げかけていくのらえもんさん
――そうした新しい設備の需要で、特にマンションのコストに影響するもの、あるいはマンション価格に転嫁されやすいものは何ですか?
石井:いま挙げたものは、現状ではそれなりのコストがかかっていますが、今後どの物件でも当たり前の仕様になっていけば落ち着いていくと思います。価格転嫁という点でいうと、タッチレス水栓にしろ個別の宅配ボックスにしろ、通常よりグレードの高いものを導入して付加価値をもたせることで価格に転嫁するような事業者が多い印象ですね。
のらえもん:ちなみに、ここまでお伺いしたこと以外でマンションの価格に影響を及ぼす要素はありますか? たとえば、中古流通との価格の兼ね合いなどはいかがでしょう。新築マンションの価格を決める際に、周辺の中古流通の価格相場もある程度は考慮されているのでしょうか?
石井:そうですね。当然、マーケットの相場から乖離(かいり)してしまうと売れませんので、新築マンションの価格を決める際にも周辺の中古マンションや戸建ての事例、賃貸物件の相場などを考慮しています。もちろん、商業施設に隣接していたり、学校がすぐそばにあったりという立地の優位性があれば価格に転嫁しますが、ベースは周辺の中古流通との比較になりますね。
今後もしばらくマンション価格は上がり続けそう
のらえもん:今後もインフレが進んでいくと考えると、マンション自体の価格だけでなく大規模修繕を含めた「維持費」の負担増も気になるところです。長谷工の場合、維持費の負担を軽くするために取り組んでいることはありますか?
石井:そうですね。長谷工は多摩センターにある技術研究所で、常にマンション設備の耐久性などにまつわるテストや研究を行っています。たとえば、扉の開け閉めを繰り返したり、物を落としたりしたときにどんな壊れ方をするのか、どんな音がするのかといったことをひたすら検証しているんです。これらのデータの蓄積をもとに、壊れにくいものを標準仕様として採用していますので、結果として維持費のコスト削減につながっている部分はあると考えられます。
のらえもん:僕も以前、多摩センターのミュージアムは見学させてもらいました。そこでは長谷工のBIMデータをもとに設計を自動化するシステムの研究も進められていましたが、長谷工はAIに注目が集まる以前からデータに基づくインダストリアルなものづくりをされている印象です。なので、そもそも維持コストがべらぼうに膨らんでしまうようなことはないのかなと。
石井:それはあると思います。長谷工はほぼマンション専業でここまでやってきましたのでノウハウも豊富ですし、社内体制も整っている。安全性、耐久性の高いものを標準仕様で提供できるのは、私たちの強みの一つなのかなと。
▲やはりしばらくはマンション価格の高騰が続きそうとのこと
のらえもん:最後に、多くの人が気になっているのはやはり「今後もマンション価格は上がり続けるのか?」という点かなと思います。石井さんの見立てを教えていただけますか?
石井:弊社の担当部署にも確認したのですが、建築資材を含めた材料の価格に関しては、ある程度落ち着いてきているようです。ただ、労務費は今も上がり基調ですので、少なくとも今後1年間は建築費が高騰し続けるだろうと。また、土地の値段も上がり続けています。昔に比べてマンション建設に適した大きい土地がどんどん出てくる時代ではありませんので、少しでも良い土地があると事業者同士の入札で価格が上がってしまうんです。そうなると、どうしても物件価格は高くなってしまいますね。
のらえもん:ということは、この先もしばらくは「待てば待つほど高くなる」状況が続くと。
石井:そう見ています。事業者側からすると、あとはもう下げるところといったら、いわゆる利益しかなくなっているような状況なんですね。はじめに事業者の利益は原価の10%くらいに設定されているケースが多いと申し上げましたが、昨今はあまりにもマンション価格が高騰しているために自社の利益を8%程度に設定しているケースも目立ちます。とはいえ限界がありますし、いくら利益を削ったとしても吸収しきれないほど建築費や土地代が高騰している状況下では、やはり販売価格に転嫁せざるを得ないというのが正直なところですね。
営業担当が考える「良いマンション」とは?
――ややネガティブな話で終わってしまったので、少し明るい話題で締められたらと思います(笑)。マンション価格に関すること以外で、のらえもんさんから長谷工さんに聞きたいことはありますか?
のらえもん:そうですね。では、石井さんが携わった中で、特に「良いものができたぞ」という手応えを感じたマンションを教えてください。
石井:着工中の物件で、「ガーデングランデ横浜戸塚」を挙げたいと思います。横浜市の「市街地環境設計制度」という、敷地内に歩道や広場(公開空地)を設けるといった「総合的な地域貢献」を図ることを条件に建築物の高さや容積率の緩和を受けられる制度を使って、もともと山だった場所に499戸の大規模マンションと公園を整備しました。引き渡しは来年(2025年)になりますが、個人的にも良い物件、良いプロジェクトだと感じています。
▲ガーデングランデ横浜戸塚の外観イメージ
のらえもん:じつはそのマンション、少し前に「買っていいですか?」と相談を受けました。「戸塚のマーケットからアウトもしていないし、これだけ色々と考えられているから買っていいんじゃないか」と、一応返信はしました。
石井:良かったです(笑)。駅からは距離がありますし坂を登っていく形にはなるのですが、横浜市が整備する公園があったり、新しく保育園もできたりと、住環境もかなり良いのではないかと思います。素晴らしいマンション計画ができました。2025年9月下旬の完成引渡しです。
取材・文:榎並紀行 撮影:ホリバトシタカ
WRITER
編集者・ライター。編集プロダクション「やじろべえ」代表。住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手がけている。X:@noriyukienami
おまけのQ&A
- Q.マンションコストに含まれる「販売経費」。具体的に、何に使われている?
- A.石井:「たとえば、広告宣伝や販売センターの設置、棟外モデルルームの建設といった販売促進のための費用です。ただ、近年は経費節減のためモデルルームをつくらないケースなども増えています」