2014年からマンションの木造化・木質化に取り組む長谷工コーポレーション。今回は、商品企画室設計部長 高瀬有二さんに、マンションの木造化・木質化のメリットや課題、同社の取り組みについて伺いました。
マンションの木造化・木質化とは? 増えている理由
――マンションの「木造化」「木質化」の違いと、促進されている背景をお教えください。
高瀬有二さん(以下、高瀬):「木造化」は、柱や梁、床など建物の主要構造部に木材を用いることを示します。一方、仕上げ材や下地材に木材を使うことを「木質化」といいます。
2000年の建築基準法の改正まで、中高層の建物は木造にすることができませんでしたが、建築基準法の改正により、木造でも所定の耐火性能があれば耐火建築物とすることが可能になりました。その後のさまざまな法改正により、現在では、多様な形で建築物の木造化・木質化が行われています。このような動きの背景にあるのは、2050年に向けた脱炭素・カーボンニュートラルへの取り組みです。
木材は唯一、再生可能な建材で、炭素を固定して貯蔵できるという特性もあります。ですので、マンションの木造化・木質化の推進は、森林による治山治水能力の向上も含めて環境保全に直結します。
――マンションを木造化・木質化することで環境保全以外にメリットはありますか?
高瀬:木材は吸湿性・断熱性・抗菌性に優れ、リラックス効果も持つことから、環境だけでなく人体にも良い影響を与えるといわれています。特に日本は古来から木材に慣れ親しんできていますので、愛着も深いのではないでしょうか。また、木はコンクリートと比べて軽く加工がしやすいため、現場において施工性が向上し、地盤や建物形状によっては基礎形状の軽減や工期が短縮できます。構造計画によっては、RC造(鉄筋コンクリート造)より構造体を軽減することができ、プランニングの自由度が拡がり、竣工後の改築を容易にすることが可能です。
――木材を使用することで建築コストは抑えられるのでしょうか?
高瀬:これは人によって見解が異なると思うのですが、RC造やSRC造(鉄骨鉄筋コンクリート造)よりコストが抑えられる木造の建物は、軽量化による基礎形状の軽減と工期短縮が図れる比較的低層の建物と考えます。一方、中高層の建物は、耐火・耐風・耐震などの性能確保のため、RC造よりコストが高くなる傾向にあります。中高層の木造建物がRC造建物と同等のコストになるには、施工のシステム化・部材や納まりの標準化などの技術開発が必要で、しばらく先になると考えています。
――デメリットはありますか?
高瀬:木造マンションのデメリットというと、まず耐火性や耐候性が挙げられると思います。耐火に関しては、建設省の告示より耐火建築とする場合、基本的に木材を耐火材で覆う必要があるため、木が表層に現れません。木の良さをより全面に出すために「木現し」の技術に関しても開発していかなければならないと考えています。
耐候性に関しては、例えば風圧は建物が高ければ高いほど強くなりますので、それに耐えうるだけの強度がある壁やサッシの開発が求められます。また、木は塩害や薬品などには強いですが、雨や紫外線に弱く、経年によって腐食していくおそれがあるため、樹種の選定や塗装処理などで対策する必要があります。今後、弊社としては、外壁にも積極的に木材を使用していきたいと考えているため、耐候性や耐火性のある木材料や塗料の研究を進めているところです。
▲長谷工コーポレーション エンジニアリング事業部 商品企画室設計部長の高瀬有二さん
※所属先・肩書きは取材当時のもの
長谷工コーポレーションのマンションの木造化・木質化への取り組み
――長谷工コーポレーションでは、いつからマンションの木造化・木質化に取り組んでいるのでしょうか?
高瀬:長谷工グループでは、2021年12月に「長谷工グループ気候変動対応方針〜HASEKO ZERO−Emission〜」を制定していますが、マンションの木造化・木質化を推進し始めたのは2014年のことです。2018年に竣工した「ブランシエスタ王子」の共用棟で初めて木造を採用しました。2024年8月現在で、長谷工コーポーレーションにて設計または施工を行った木造建物は、竣工18件、施工中9件、実施設計中2件です。
▲「ブランシエスタ王子」の木造のパーティールーム
――長谷工コーポレーションでは、マンションの木造化・木質化の課題解決のための研究開発も推進されているとのこと。細田工務店と共同開発した「木造高遮音二重床システム」について詳しくお聞かせいただけますか?
高瀬:先ほど木造のデメリットとして耐火性と耐候性が挙げられると申し上げましたが、加えて遮音性も大きな課題となります。木が音を伝えやすい性質があるので、マンションの木造化・木質化を推進するにあたって真っ先に手がけたのが床の遮音性の向上です。
木造高遮音二重床システムは、音の振動による伝播を減らすように「構造床」と「二重床」の重量バランスを最適化し「吊天井」と「構造床」を分離して設置することで遮音性能を高めています。実験室における性能試験では、RCと同等の重量床衝撃音性能「LH-45」という高い遮音性能を確認しています。すでに弊社施工の共創型レジデンス「コムレジ赤羽」の共用施設や保育施設などに同システムを導入しており、現在、建設中の目黒区のマンションにも採用しています。
▲木造高遮音二重床システムを導入した共創型レジデンス「コムレジ赤羽」のシェアリビング
▲「木造高遮音二重床システム」イメージ図
マンションの木造化・木質化の最新事例
――最新の木造マンションの事例をご紹介していただけますか?
高瀬:2023年2月に、弊社で初めて専有部に木造を採用した都市型賃貸マンション「ブランシエスタ浦安」を竣工しました。1階から6階まではRC造で、最上階がRC造と木造のハイブリッド構造となっています。6階までの住戸は1R・1LDKですが、木造住戸はすべて2LDKとして、下階のRC造の構造体の位置や形状に影響を受けずにプランニングできているというのは、この物件の大きな特徴だと思います。
最上階も、中廊下はRC造としています。これは、柱から勾配屋根の梁と屋根の合板を介して地震力をRCに負担させ、揺れを抑えるためです。勾配屋根を活かして設置したロフトと玄関上部にはハイサイドライトを設け、室内だけでなく廊下や玄関にも光が入る設計としています。天井やロフトにも木材を使用しています。
▲「ブランシエスタ浦安」の住戸内部には勾配屋根を採用したロフトを設置し、天井およびロフト格子にも木材を利用
高瀬:すべてRC造とした建物と比較して、概算で108tの二酸化炭素排出量を削減できました。これは、樹齢約50年のスギ約7700本が1年間に貯蔵する量と同等です。同物件では、最上階の木造化に加え、RC造部分に二酸化炭素の排出量を削減する長谷工オリジナルの環境配慮型コンクリート「H-BAコンクリート」を採用しています。これにより約11t、二酸化炭素排出量を削減しています。
▲「ブランシエスタ浦安」の外観。バルコニー外壁に凹凸をつけ、シャープな印象を演出
――現在、目黒区で建設中のマンションは、国土交通省の「令和4年度第3期 優良木造建築物等整備推進事業」にも採択されています。この物件の特徴を教えてください。
高瀬:この物件は、7階建てのうち、1階から3階までは全てRC造、4階から7階までがRC造と木造のハイブリッド構造となります。目黒通り側にはメゾネット住戸があります。
ブランシエスタ浦安と同様に、4階から7階の中廊下はRC造とし木造部の地震力を負担させる構造としています。居住部分の床の構造体に木材を採用したのは、弊社として初めての試みです。先ほどご紹介した「木造高遮音二重床システム」を住戸部分に採用したのも初。神経を使いながら設計・施工していますので、結果を楽しみにしています。
▲1階から3階をRC造、4階から7階を木造とRC造のハイブリッド構造としている。マンション上部の今空いている部分にこれから木造部分が施工されていく
▲全101戸中、36戸が木造住戸。撮影をした8月上旬、木の香りがする施工現場にこれまでのマンション施工現場と違う雰囲気がある
▲木造積層バルコニーも採用(写真手前部分)
▲1〜3階が、RC造(厚肉床壁構造)・4〜7階が、RC造 + 木造ハイブリッド構造
――目黒区で建設中のマンションは「ZEHーM Oriented」に対応しているとのこと。近年は住宅の省エネ性能も重視されていますが、木造マンションの省エネ性能は高めやすいのでしょうか?
高瀬:先ほど申し上げたとおり、木材は断熱性能が高い建材ということもあって、省エネ性能が高いです。こちらの物件は、ZEHーM Orientedに加えて、全住戸が住宅性能評価を取得予定です。劣化対策等級は、最高ランクの3。しっかりメンテナンスしていけば、3世代にわたって住むことができる耐久性を有しています。
取材・文:亀梨奈美 撮影:高嶋佳代
WRITER
不動産ジャーナリスト。不動産専門誌の記者として活動しながら、不動産会社や銀行、出版社メディアへ多数寄稿。不動産ジャンル書籍の執筆協力なども行う。
おまけのQ&A
- Q.ブランシエスタ浦安の木造住戸の入居率や反響はいかがでしょうか?
- A.最上階は全14戸なのですが、賃料は相場より高めの設定なので、正直なところ「全部埋まるかなぁ」とドキドキしていました(笑)しかし、大変ありがたいことに予想を上回る早さで一時は満室となりました。今は、いくらか空きがあります。