マンションの管理を適正に保ち、居住者の豊かな暮らしを守ること。その重要性が増すなか、適切な維持管理や組合運営を推進するマンション管理業協会にマンション管理についての話を聞きました。
管理状況を「見える化」する「マンション管理適正評価制度」を創設
――マンション管理業協会について教えてください。
山田裕一さん(以下、山田):当協会は1978年の設立以来、マンション管理の適正化を推進する業界団体として、さまざまな取り組みを行っています。中心となる業務は、管理会社で働く人材の育成と資格制度の整備、また管理の質を高めるための調査研究や情報発信ですね。
人材育成では、マンション管理業務主任者という国家資格の試験や講習を実施しています。これは、マンション管理会社が管理組合と管理委託契約を結ぶ際に必須となる資格で、現在、業界では多くの有資格者が活躍しています。
また、管理の質の向上に向けては、マンションの管理技術や法令等に関する調査研究、相談事業などを行っています。
渡辺正哉さん(以下、渡辺):協会の会員数は、現在約350社。全国のマンションの9割を当協会の会員会社が管理しています。マンションの管理の現場で起きている課題や、管理会社の声を吸い上げ、国への政策提言なども行っています。その他、会員企業と管理組合、そして行政機関との橋渡し役を担っているんです。業界の健全な発展のために、2022年4月からは「マンション管理適正評価制度」を開始しました。
――「マンション管理適正評価制度」にはどのような狙いがありますか。
山田:建物の管理状態や管理組合の運営状態を、統一の基準で評価し、インターネット上で公開することで、適正な管理を「見える化」するのが狙いです。適正な管理がされていることが情報公開されていれば、そうでないマンションと比べて市場での評価は変わって当然です。現在(2024年3月取材時点)で、約4000件が登録されています。
渡辺:この制度の特徴は、年に一度の更新を求めている点です。居住者の暮らしを守るためには、マンションの毎年の健康診断が欠かせません。そうした考えから、継続的な取り組みを後押しする制度設計としました。
▲マンション管理業協会に聞いた。(左から)総務部 次長 山田裕一さん、技術センター 次長 渡辺正哉さん。※共に所属先・肩書きは取材当時のもの
管理のベストアイデアを一堂に集める「マンション・バリューアップ・アワード」
――主催の「マンション・バリューアップ・アワード」の狙いについて教えてください。
山田:アワードの目的は、マンションの資産価値や居住価値の向上につながる管理の取り組みを発掘し、表彰することです。前身の「マンションいい話コンテスト」から数えて2023年度で9回目となります。全国の管理現場から革新的なアイデアを集める基盤としての役割も期待しています。
渡辺:審査は応募者名を隠したうえで外部の有識者に委ねており、協会としての中立性を保っています。2023年度は全5部門合計で423の応募があり、どれも管理の現場で日々奮闘するフロントマンや管理組合員の知恵の結晶とも言えるものばかり。受賞事例は協会のホームページで広く公開し、業界全体の底上げに役立てていますし、アワード受賞をきっかけにしてマスメディアに取り上げられる事例も多数あります。
――具体的にはどのような取り組みが評価されているのでしょうか。
渡辺:2023年度のグランプリに輝いたのはJワザック両国(東京都墨田区)の「マンション管理適正評価制度」への取り組み事例です。この理事長はアワード表彰でも「マンション管理適正評価制度」は高評価を取得して終わりではなく、マンションの健康診断として良い評価を受け続けていくことに言及されていました。まさに管理状況は日々変化します。理事長の考えは「マンション管理適正評価制度」の目的と合致しており、制度普及の模範となる事例だと感じました。
▲ 2019年、協会設立40周年を機に、「マンションいい話コンテスト」を「マンション・バリューアップ・アワード」へと衣替え
また、今回、新設したマンション維持修繕技術者の特別賞は、都内のディスポーザー付きマンションで発生した排水管の詰まりによる逆流事故を、立管先行洗浄という技術提案で改善した事例が受賞しました。ディスポーザーは人気設備ですが、利用時に十分な水で流さないと、油脂や卵の殻などが溜まり詰まりを引き起こします。受賞者はマンション維持修繕技術者という当協会の認定資格を持っており、建物に関する幅広い知識でマンションの困りごとを解決しました。
――修繕積立金の不足に関する工事提案も受賞事例の中で目を引きました。
渡辺:2023年度の工事・メンテナンス部門で部門賞を受賞した野村不動産パートナーズの事例が顕著でした。工事計画の時期をずらしてコストを抑えたり、保険を活用したりと、知恵を絞った提案が評価されました。高経年化が進むマンションの管理組合にとって、参考になる素晴らしいアイデアでした。
また、コミュニティ形成につながる取り組みも注目されています。2022年度のグランプリに選ばれた大阪にあるマンションの事例では、中高生が高齢者宅を訪問する「見守り隊」を結成。子どもたちの発案で始まったこの活動は、大人たちの参加を呼び込み、マンション内のコミュニティに新しい風を吹かせました。シンプルですが、非常に実践的なアイデアだと思います。
私も少し感動してしまったのは、以前は敷地を走り回る子どもたちを見守っていた高齢者の方々が、今では子どもたちに守られる立場になったという点です。世代を超えたつながりが生まれ、つながりが強化されるのはマンションならではと言えるでしょう。
▲ 2023年度からは管理会社と管理組合の共同応募の項目を設けたため、授賞事例発表会では、管理会社と管理組合が一緒に登壇するケースが増えたそう
コロナ禍や防災、経年劣化など受賞事例は時代を反映し続けている
――受賞事例は時代を反映しているものが多いですね。
山田:例えば、2020年度はコロナ禍でのテレワークを活用した理事会・総会の進め方や感染症対策事例を募集項目に加えました。また、2019年度は多摩川の氾濫を受けて、浸水対応や地域と連携した防災訓練の実施などがグランプリに選ばれました。
2021年度には、築50年のマンションにおける防災マニュアルの作成事例が注目を集めました。高齢者が2割居住するなか、災害時の対応策を可視化し、実際に作成した防災マニュアルや防災規約を協会のホームページで公開しています。これは他のマンションでも参考になる貴重な事例です。
――アワード受賞者の方々の姿を伝える取り組みもあるそうですね。
山田:はい。一昨年から、受賞者個人に焦点を当てた電子ブック「マンションと生きる」の制作を始めました。受賞事例の取り組みにかける想いや、仕事への情熱を伝えることで、マンション管理の仕事の魅力や価値を多くの人に知ってもらいたいという狙いがあります。
これまでも、取材の際に受賞者が涙ながらに苦労を語る姿が印象的でした。工事・メンテナンス部門のある受賞者は、修繕委員会の方と協力して資金計画を作り上げた経緯を振り返り、何度も言葉を詰まらせていました。マンション管理の仕事は、こうした人と人とのつながりに支えられているのだと実感させられます。
▲北海道から大阪まで、全国各地のマンションを訪れ、管理の現場で働く方々の声を直接取材し電子ブック化。協会サイト内にて公開されている
――これからはどんな事例が出てくることを期待されていますか。
山田:今後は、アフターコロナにおけるコミュニティ活動の活性化した事例や、マンションの長寿命化に向けた修繕・設備改良事例、脱炭素に向けた取り組み事例などが注目されると思います。
マンション管理におけるIT・DXの活用も重要なテーマです。書類の検索やAIを活用した議事録作成など、業務効率化につながる事例が出てくることを期待しています。さらに、デジタルサイネージやアプリ、SNSを活用したコミュニティ支援の取り組みも、参考になる事例が増えてくるのではないでしょうか。
▲「マンション・バリューアップ・アワード」を通じ、受賞者一人ひとりの、マンション管理への深い想いや仕事への情熱を感じるそう
次なるマンション管理トレンドはDXや人材育成、そしてAIも
――管理業界の現状と課題について、どのようにお考えですか。
山田:マンションのストック数が増え続ける一方で、管理の担い手不足が深刻化しているのが現状です。居住者の高齢化で、管理組合の役員のなり手が不足するケースも珍しくありません。
また、修繕積立金が不足しているマンションも全国で約35%に上ると言われています。区分所有者の高齢化や、賃貸化の進行で、長期的な視点に立った管理への合意形成が難しくなっているのです。
こうした状況を打開するには、管理組合をサポートする管理会社の役割がますます重要になります。管理業界全体の質を高め、担い手を確保していくことが、協会に求められている使命だと感じています。
渡辺:もうひとつの課題は、マンション管理の重要性への理解を広げていくこと。「管理の適正化」と言っても、まだ一般の区分所有者の方には、ピンとこないのが正直なところです。
大規模修繕工事のような目に見える取り組みは注目されますが、日々の点検や、管理組合運営の舞台裏の仕事は、なかなか評価されにくい。こうした日常的な業務がうまくいっていないことのリスクの大きさを知ってもらうと同時に、適正な管理が資産価値の維持・向上につながることをアピールしていく必要がありそうですね。
――今後、協会はどのような役割を果たしていきますか。
山田:マンションが抱える課題が複雑化する一方、DXの波も確実に訪れています。協会には、こうした新しい動きの情報発信基地としての役割が求められます。現場の知見を集め、未来を担う人材を育てること。その両輪を推進することで、マンション管理の品質向上と価値の浸透を図っていきます。
渡辺:AIの活用で管理データから課題解決のヒントを得る、近い将来にそうなるかもしれません。変化の時代だからこそ、アワードのような取り組みを通じて現場の声に耳を澄まし、フロントマンたちと共に新しいマンション管理の形を模索していきたいと考えています。
マンションの管理は、居住者にとって大切な暮らしの基盤です。マンション・バリューアップ・アワードは、管理の優良事例を発信し、共有する場。管理会社の方も、管理組合の方も、居住者の方も、ぜひ身近な取り組み事例をご応募いただきたいです。皆様のアイデアが、日本のマンションの未来を変えていくかもしれませんね。
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取材・文:小野 悠史 撮影:石原麻里絵
WRITER
不動産業界専門紙を経てライターとして活動。「週刊東洋経済」、「AERA」、「週刊文春」などで記事を執筆中。X:@kenpitz
おまけのQ&A
- Q.これまでの応募事例のなかで特にユニークだと思ったアイデアは?
- A.認知症対策としてマンション内に使われなくなったバス停とベンチを設置するという提案がありました。認知症の高齢者が、バス停に座っていてくれて徘徊が減るそうです。認知症のケアをよく理解した柔軟な発想には驚かされます。