2019年の第1回から数えて今年で5回目となるマンション管理の授賞式を取材。防災・防犯や管理組合運営などの実例から、今、マンション管理に求められていることを読み解きます。
マンション管理のアイデア宝庫「マンション・バリューアップ・アワード2023」
一般社団法人マンション管理業協会は2月28日、東京都文京区のすまい・るホールにて「マンション・バリューアップ・アワード2023」の授賞事例発表会を開催しました。
当日は、5つの部門(マンションライフ部門、工事・メンテナンス部門、防災・防犯部門、管理組合運営部門、マンション管理適正評価部門)から、各部門の受賞者が表彰され、事例を発表。審査委員長で横浜市立大学教授の齊藤広子さんは、「応募いただいた事例は、まさにマンション管理の知の結晶。夢と希望、知恵と勇気をいただいた」と述べています。受賞事例の一部を紹介します。
▲マンション管理の品質向上に尽力する企業と個人が一堂に会した
マンションライフ部門
老朽プールをリニューアルし多世代が共生する場所に変えた築50年団地の挑戦
マンションライフ部門では、築50年を超えた大規模団地『宮前平グリーンハイツ』(神奈川県川崎市)の共用部リノベーション事例が部門賞に選ばれました。2013年に老朽化が原因で閉鎖されたプールの跡地を、管理組合と大成有楽不動産の川村章司さんが協力して、約7年をかけてプール跡地を『グリーンひろば』へとリニューアルした取り組みが高く評価されました。
川村さんは「プールはマンションのシンボル的存在でしたが、利用者の減少と設備の老朽化で閉鎖せざるを得ませんでした。跡地の活用には7年の歳月をかけ、住民の意識調査や勉強会を重ねて、共用部のあり方を模索しました。跡地には多目的広場『グリーンひろば』と集会室『アトッチ』を設けることで、高齢者と子どもの交流を促進し、コミュニティの活性化を図ることができています。プールの形状を残した意匠も好評です。この取り組みは100年続くマンションに向けたグランドデザインの一環。今後も施設の利活用方法を検討し、魅力的な街づくりを目指します」と語っています
マンションプラス編集部が思うここがいい!
築50年前後のマンションには子ども向けの設備が多く、少子化の時代に合わず、管理コストも問題になりがちです。住民の意識調査や勉強会を重ねて、コミュニティの活性化に繋がる多目的な施設を設けることは、他のマンション管理でも参考になる取り組みだと言えそうです。マンションコミュニティ研究会の廣田信子代表は、「7年間という長期スパンをかけて団地再生に取り組んだ点がすばらしい。高齢者と子どもの共生の場としてだけでなく、地域にも開かれたリニューアル計画」と評価。マンション生活におけるメリットのひとつ、人と人とのつながりを築いた好例でした。
▲大人プールBefore
▲大人プールAfter。広々とした多目的広場に。プールの飛び込み台は再利用し、ロングベンチに
▲子どもプールBefore
▲子どもプールAfter。ゴムチップ舗装で仕上げているので小さな子どもも安心して遊べる空間に
工事・メンテナンス部門
保険とドローン、3Dモデルの活用で大規模修繕の資金不足を解消
工事・メンテナンス部門の部門賞は、大規模修繕と設備配管更新の工事を控えながらも、修繕積立金不足に悩む『アーバニティ王子』(東京都北区)管理組合。新たな瑕疵保険の開発とテクノロジーを使った小規模工事の実施により、大規模修繕を5年先送りして資金不足を解消した取り組みが高く評価されました。
『アーバニティ王子』の管理を受託する野村不動産パートナーズの桒原千朗さんは「大規模修繕工事の直前に漏水が発生し、1戸あたり約73万円の一時金が必要になるなど、資金不足に直面しました。そこで私たちは、新しい保険を開発し、大規模修繕を5年延伸。ただ、その間のリスクを回避するために簡単なメンテナンスで保障することを提案しました」と語る。
また、適切なメンテナンス補修に向けた事前調査のため、ドローンや360度カメラで建物全体を調査し、3Dデータ化。排水管工事もなるべくミニマムに。同時に共用部分の修繕工事全体も見直し、2028年までの修繕積立金会計を健全化。3Dデータは平面図、展開図を作って他にも展開。仮設足場なしで実施するなど様々なことを見える化し、整理していった。
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修繕積立金が計画に比べて不足しているマンションは全体の34.8%にもなります(国交省調べ)。高経年マンションの大規模修繕に向けた資金不足の解消策として、新たな瑕疵保険の活用とドローン診断などのテクノロジーを活用した小規模工事の実施により、大規模修繕を先送りする手法はコストダウンに有効で、修繕積立金不足に悩む他のマンション管理においても参考になるでしょう。
▲人が入れないところは、3Dカメラだけを、長い棒に括りつけて撮影
▲調査時の3Dデータはクラウドにアップするなどして今後の別の取り組みへも活用される
▲大型工事が集中する築30年以降の大規模修繕工事が資金不足に陥りやすい社会的背景もスライドで説明
防災・防犯部門
防災のためにできた組織11年間の地道な努力が生んだ災害に強いマンション
防災・防犯部門では、『北花田庭園都市グランアヴェニュー』(大阪府堺市)管理組合の防災会が部門賞に輝きました。『北花田庭園都市グランアヴェニュー』は、地震や水害のリスクが高い立地であることから、2013年に防災に特化した活動をするために「グランアヴェニュー防災会」を設立し、持続的に防災活動を続けています。
防災会の末永浩二さんは「『北花田庭園都市グランアヴェニュー』は26階建て1棟と14階建て5棟の全6棟からなり、約1750名が暮らしています。東南海地震による震度7クラスの揺れと近隣河川による洪水の危険性が指摘される中、「災害に強いマンションづくり」を合言葉に、11年前に防災会を設立。防災委員会を月1回開催し、備蓄品の点検・購入、多様な防災訓練の企画・実施、幅広い年代の方に防災について興味を持ってもらうための啓蒙イベントの開催などの活動をしています。また、各戸に「無事です」ステッカーを配布し、避難時に玄関ドアに貼ってもらったり、大丈夫の目印としてバルコニーに黄色いハチマキを結ぶなど、誰もが取り入れやすいけれど、安否確認を迅速化する取り組みもしています」と話しました。
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管理組合や自治会は多様な問題に対処するなかで、防災が後回しになりがちです。防災専門の組織を立ち上げ、地道な活動を通じ住民全体の意識を高めることは、命だけでなく、マンションの安全と安心を守っていくことに繋がります。資産価値向上も見込めそうです。
▲消防署や警察署などにも協力してもらって様々な訓練を行なっている
▲平時には毎月防災活動ニュースを発行したり、全世帯へ防災力アンケートを実施しているそう
管理組合運営部門
管理の質を維持しながら人員不足に対応する「エコシステム」を構築
管理組合運営部門の部門賞は、管理組合と管理会社・協力会社の双方が抱える課題を解決するため『アクレスティ南千住(東京都荒川区)』において「マンション管理エコシステム」の構築を提案した東急コミュニティーの米藤健太さんに贈られた。
東急コミュニティーの米藤健太さんは、マンション管理を取り巻く環境変化に対応するため、管理組合と管理会社・協力会社が協力し合い持続可能な運営を行うことを「マンション管理エコシステム」と名付け提案しました。これは、管理組合と管理会社、そして清掃や警備などの協力会社が抱える様々な課題解決を目的に、これまでの管理業務の在り方、仕組みを「ここをこう変えれば課題解決が図れる。こういうご協力を頂ければ、経常的な増額は抑えられる」という提案を行うことで、各々からの合意形成を得た。
具体的に言うと、清掃員が1名減になり、業務費の高騰が課題だった清掃業務では、管理組合が高性能のカーペットスイーパーを購入し、清掃業者に無償で貸与。これにより、清掃時間も減少し、清掃員を1名減らしても、従前と同等程度の品質を維持することが可能に。警備業務でも、警備業務者が高齢だった為、警備業務費を増額し、若年層を派遣できるようにする必要があったが、防犯カメラシステムの一部を「特定のエリアに人が現れると映像画面がポップアップされる」ものに変更。また、ボタンひとつでスピーカーから警報音が鳴動するスピーカーを設置。これにより、不審者や違法駐輪を遠隔で警告できるようになり、警備員が現場に急行する頻度を1日平均15回から0~3回程度まで大幅に減らすことができました。管理組合が約40万円のスイーパーと約100万円の防犯カメラシステムへの投資を行い、協力会社と共に業務効率化を図ることで、人件費等の高騰にもかかわらず、月額16万円の清掃費と月額13万円の警備費の増額を抑え、品質を維持することに成功したのです。
マンションプラス編集部が思うここがいい!
『エコシステム』というキーワードを軸に、マンション管理の質を維持しながら、効率化と生産性向上をはかっていく持続可能な取り組みです。マンションを良い状態で維持していくためには、管理組合、管理会社、協力会社の三方良しの仕組みをまずは現状を把握・見える化し、どうしたらいいのかを三位一体になって取り組むことで議題解決への道が開かれそうです。
▲高性能のカーペットスイーパーの導入により、カーペット清掃時間が1フロア24分かかっていたところ1フロア8分。3分の1に短縮できたそう
▲新導入された防犯カメラの画像。人の動きを察知すると、対象の画面がポップアップ。以前は警備員が1日に何度も巡回をしていたそうだが遠隔で牽制できるようになり業務負担の低減が図れた
マンション管理適正評価部門
最下位からの大逆転! 管理適正評価制度を活用して導く理想のマンション管理
マンション管理適正評価部門のトップに立ったのは、マンション管理適正評価制度で★2と最下位評価から、わずか1年で★5の最上位クラスへと評価を大幅に改善した『Jワザック両国』(東京都墨田区)管理組合。長期修繕計画の見直しや修繕積立金の値上げなどを速やかに実行し、管理体制の改善につなげた取り組みが高く評価されました。
『Jワザック両国』は投資用として購入している持ち主が多く、マンション管理適正評価制度を活用して資産性を高めようと考えたが、逆の結果になってしまいました。管理組合の片岡忠朗理事長は、「総会議事録の不備、長期修繕計画の未承認、防災意識の低さなど、管理上の問題点が浮き彫りになりました。評価を上げるだけでなく、実態に即した改善を進めるため、理事会で真剣に議論を重ねました。その結果、議事録の是正、長期修繕計画の策定とそれに伴う修繕積立金の値上げ、防災体制の強化など、具体策を着実に実行に移しました。組合員の理解を得るために、丁寧な説明を心掛け、コスト削減効果も数値化して示しました。2023年度の再評価で星5つを取得し、東京都の管理計画認定も取れました」と語りました。
長期修繕計画と修繕積立金改定案の総会承認に向け、管理組合のコスト削減に対する本気度を周知するため、議案書の電子化を実施。また、過去3年間の収支改善活動により30年間でどの程度の値上げ低減が図れるかを試算し、上程議案書に具体的な金額を記載したという。これらの工夫により、4倍以上もの修繕積立金値上げ議案が承認された。
管理組合からは「昨年度の評価が低かったのは、販売会社と当初の管理委託者が原因であることは明白」 といった厳しい声もあったが、「現在の管理組合役員の積極的な取り組みによって、評価が上昇することは想定していましたが、このような大幅な上昇は、資産価値が高まったことであり嬉しいことです」と評価されたという。
マンションプラス編集部が思うここがいい!
デベロッパーや管理会社の提案する管理計画に問題があったとしても、マンション管理適正評価制度を活用し、具体的な改善策を着実に実行に移すことで、短期間で大幅な管理の質の向上が可能であるという点は、他のマンション管理においても参考になりそうです。管理組合の力で資産価値を守り、高めていく成功例には勇気づけられます。
▲2022年度のマンション管理適正評価制度の結果は残念な結果に
▲評価結果をもとに理事会で議論を重ね交わし、実態に即した改善を進めることに
▲評価結果から3つの問題点を把握
▲2023年度のマンション管理適正評価制度で大幅に評価がアップ
主催者を代表して、マンション管理業協会の高松茂理事長(三井不動産レジデンシャルサービス取締役会長*2024年4月以降特別顧問)は「今年の応募事例は非常に良い内容ばかりで、まさに審査員泣かせだった。特に印象的だったのは、この2年でマンション管理にもデジタル化の流れが加速していることです。また、『Jワザック両国』管理組合のグランプリ受賞は、マンション管理適正評価制度を推進する立場としても大変心強い。今年も400件を超える応募に感謝するとともに、引き続きマンション管理に関心を寄せていただきたい」と締めくくった。
▲グランプリを受賞した『Jワザック両国』管理組合の片岡さん(中央)「マンション管理適正評価制度は高評価を取得したら終わりではなく、自らのマンションの管理状態を把握し、適切な管理と居住者の暮らしを守るためのものである。微力ながら、制度の普及促進のために力を尽くしたい」と呼びかけました
マンションストック全体の高経年化が進行する中、管理業務の担い手不足や居住者の高齢化など、マンション管理が直面する課題は年々深刻さを増しています。一方で防災・防犯、省エネ、コミュニティ活性化など、マンションに求められる社会的役割も拡大を続けています。限られたマンパワーと資金の中で、いかに効率的かつ持続的にマンションの価値を維持・向上させていくか。そのための知恵と工夫を分かち合う場として、「マンション・バリューアップ・アワード」で表彰、紹介された事例やアイデアは非常に重要なものばかりでした。このアワードの存在意義も高まっていると思われます。次年度以降も、業界の垣根を越えて、先駆的な事例を発掘・共有し続けることが期待されます。
[あわせて読みたい]マンション暮らしの魅力を発見! 「バリューアップ・アワード」から紐解くマンション管理とは
取材・文:小野 悠史 撮影/石原麻里絵
※記事内の所属先・肩書きは取材当時のものです。
WRITER
不動産業界専門紙を経てライターとして活動。「週刊東洋経済」、「AERA」、「週刊文春」などで記事を執筆中。X:@kenpitz
おまけのQ&A
- Q.第5回目のアワードで印象的だったことは?
- A.管理組合運営部門の部門賞を受賞した東急コミュニティーの米藤健太さんは、何と3年連続での受賞とのことでした。会場内では、「昨年もお目にかかりましたね」と旧知の仲のような挨拶が交わされ、このイベントがマンション管理業界内で着実に定着しつつある様子がうかがえました。(マンションプラス編集部)