特集

2025.03.24

佐藤健寿の奇になる住まい「チョンクニアの水上集落(カンボジア後編)」

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“世界の奇妙”を撮り続ける奇界遺産フォトグラファーとしておなじみの写真家・佐藤健寿さんの連載がスタート。佐藤さんが新たに見つめるのは「住まい」。これまでマンションプラスで扱ってきた集合住宅から少し視点を広げ、その原点である人々のさまざまな「住」のありかたを取材します。

▲佐藤健寿(さとうけんじ):写真家。TV番組「クレイジージャーニー」でも知られるほか、現在は松任谷由実さんとの企画写真展「写真展 能登 20240101」も話題。『奇界遺産』シリーズ(エクスナレッジ)は写真集として異例のベストセラーに。著書に『世界』『PYRAMIDEN』『CARGO CULT』など。TBS系「クレイジージャーニー」ほかTV出演多数。写真展は過去、ライカギャラリー東京/京都、高知県立美術館、山口県立美術館、群馬県立館林美術館などで開催。「佐藤健寿展 奇界/世界」は全国6ヵ所を巡回し13万人を動員。 

前編「コンポンプルックの水上集落」を取材し、シェムリアップへの帰路につく私たちに、佐藤さんから新しい提案があった。

 

「トンレサップ湖周辺には他にも水上集落があるんです。そう遠くないのでそっちも行きましょう」

 

佐藤さんはそう言って、ドライバーに行き先を伝える。

 

「チョンクニアという場所なんですけど、コンポンプルックとは似てるものの、ちょっと雰囲気が違うみたいです」

 

車はシェムリアップ市街をかすめるルートで、街の南12kmにあるトンレサップ湖へ続く支流の港湾に着いた。ここからボートに乗って数キロ進んだところに、チョンクニアの集落があるという。

 

それにしてもこの港が立派だった。コンポンプルックへ向かった時の、土手にボートが横付けされているだけの、乗り場とは明らかに様子が違う。今回は舗装された駐車場があり、モルタル製の建物にチケット売り場がある。さらに土産物店やドリンクスタンドまであった。

 

チョンクニアはシェムリアップから最も近いトンレサップ湖の港湾になるため、チョンクニア水上集落へのボート発着のほか、首都プノンペンへの定期フェリーなど地元住民の生活拠点としても主要な港湾として機能しているそうだ。

 

私たちは、ボートに乗り込み、港湾を出て水上集落へ向けて川を進んだ。雨季終わりの今、トンレサップ湖の水位が高い時期のその川は、すでに海のように広い。

▲港湾からトンレサップ湖に向かう。水に浸かった電柱が見える 

「今の時期、チョンクニア集落まではだいたい20分ほどですね」

 

と、ガイドのキムさんが教えてくれる。

 

佐藤さんがそれを補足するように続ける。

 

「『今の時期』というのは、チョンクニアの水上集落は時期によって、家の場所を移動させるボートハウスなんだそうです。先ほど取材したコンポンプルックの水上集落とは大きく違う特徴が2つあって、1つは移動式のボートハウスであること。そして、もう1つは暮らしている住民はベトナム人なんです」

 

カンボジアなのにベトナム人が集落を作っている?

 

 

▲ジュースやお菓子を売っている商店。ボートで乗り付け、必要なものを手に入れるのが、この村の当たり前 

ボートがチョンクニア水上集落へと近づくにつれ、見えてきたのは、青や赤、緑といったカラフルなボートハウスの屋根が連なる光景だった。コンポンプルックの高床式住居とは異なり、これらの家々は完全に水上に浮かんでいる。

 

雨季終わりのこの時期、ボートハウスは、トンレサップ湖に続く河畔に繁茂した浸水林による水路に沿う形で係留されていた。 

▲約500世帯、2000人が暮らしているといわれるチョンクニア 

トンレサップ湖の水位が上昇する雨季には、突発的な大雨が発生することがあり、それに伴う湖畔の波でボートハウスは危険にさらされる。 
そのため、防波堤の役割を果たす浸水林に囲まれた河川側に人々は移動する。

 

しかし乾季になると、トンレサップ湖およびそこに続く河川の水位も低くなる。すると人々はボートハウスを動かして水深の深いトンレサップ湖の河口へ移動するのだ。

出典:地図データ ©2025 Google CNES / Airbus を用いて編集部で作成 
 ▲トンレサップ湖の雨季と乾季におけるチョンクニア集落のボートハウス分布

「トンレサップ湖には、このような水上集落が100以上あり、沿岸地域を含めると120万人が暮らしているといわれていますが、正確な数字は分かっていません。正確に把握できない理由は、季節による湖の水位変化、住民の生活拠点の移動などがあります。また無国籍の住人がいるのも理由のひとつです」

▲寺院へ続く門。乾季には道が露出し、歩いて向かうことができる 

佐藤さんの説明が続く。

 

「チョンクニアの住民は、祖父母や親の世代に、フランス植民地時代やカンボジア内戦後に、ベトナムからトンレサップ川を北上してきてこの地に住み着いたそうです。今住んでいる彼らの多くはここで生まれましたが、カンボジア国籍もベトナム国籍も持っていません」

 

無国籍──。

湖上の穏やかな日常風景とは対照的な現実があった。

▲陸路のない水上集落では、移動手段はすべてボートでおこなう 

チョンクニアの人々は、代々この地で漁業を営み、湖の恵みと共に生きてきた。しかし、多くの住民が正式な国籍を持たないため、教育や医療といった基本的な社会保障を受けることが難しい状況にあるようだ。

▲浸水林の間を縫うように係留されるボートハウス 

「学校はありますが、無国籍の子どもたちはカンボジアの公立学校に正式に通うことができません。そのため、地元NGOや国際団体が支援する形で、非公式な教育の場を提供しているそうです」

 

ガイドの説明を聞きながら、私たちは水上の学校らしき建物を目にした。カラフルな外観の学校ボートハウスの上では、子どもたちが走り回っている。

 

さらに医療についても、無国籍ゆえに公的な医療機関を利用できないケースが多い。体調を崩しても病院にはかかれず、場合によってはベトナム側の医療機関に頼ることもあるという。

 

「最近は、一部の世帯がベトナムへ移送されているという話もあります」

 

佐藤さんがそう言うと、ガイドのキムさんも頷いた。

▲幼い頃から操船を覚え、水上を自由に行き交う技術を身につけていく 

「カンボジア政府の政策として、水上生活者を減らし、陸地への移住を進めています。実際に、一部の家族はすでにベトナムへ戻る形で移動していますが、そこでの生活も決して安定しているわけではありません」

 

この湖に生き、この湖でしか暮らしたことのない人々が、新しい生活を強いられる。

 

湖上の、どこかのどかな光景の裏にある、国籍を持たぬ人々の現実。

 

ボートが集落を進むにつれ、佐藤さんがカメラを構えた。

 

 

 

「コンポンプルックは何より高床の高さが象徴的で、水面の高さにかかわらず定住するために、あの構造になっている。一方で、チョンクニアは移動し続けることで水面の変化に対応している。

 

どちらもトンレサップ湖のダイナミックな水量変動に対応した居住構造なわけですが、その違いの理由は技術ではなく、定住するカンボジア人と定住できないベトナム移民という違いで、つまり政治なんですよね。

 

チョンクニアに関しては居住者の不安定な政治的アイデンティティが、浮遊するボートハウスという形に現れている。その意味では一種の水上ノマドだといえるのかもしれません。

 

日本人からするとこうした不定形な居住形式というのは想像ができないかもしれませんが、世界には国境や国籍をまたいで暮らす“国籍不定”な人たちは結構います。そのひとつのユニークな姿として、とても興味深く撮影させてもらいました」(佐藤)

▲さまざまなものを積んだボートが行き交う

▲日用品や食料などが揃う商店

▲水の上には小さな寺院もある

 ▲季節ごとに家を移動させながらも、人々のつながりは変わらない

▲新鮮な魚や野菜を積んだボートが行き交い、活気に満ちている

 ▲チョンクニアには寺院も教会もある。ベトナム人の宗教的多様性が垣間見える

▲チョンクニアの住人は、われわれ訪問者にも優しく微笑んでくれる

▲水没にも対応した背の高いボート用の交通標識

▲カラフルに彩られたチョンクニアのボートハウス

▲河口から離れた場所にある寺院。乾季に陸路で行くことができる。右手は通信用のアンテナ

▲私たちのボートに「同乗させて」と飛び乗ってきた仕事帰りの少年たち

▲河口部にある小さな祠(ほこら)。チョンクニアの護り神が祀(まつ)られ、漁に行く前に安全祈願するのだそう

 

▲観光地化が進むアンコール遺跡群の中で、ベンメリア遺跡にはまだ静寂が残る

今回の寄り道。佐藤さんが前回カンボジアに来た時、行けなかった遺跡とのこと。カンボジアの遺跡といえば、アンコールワットを中心とした遺跡群があまりにも有名だが、そこから少し離れたところにあるベンメリア遺跡へ向かう。

 

「アンコールワット自体はもう20年くらい前に撮影していて、ここは知ってはいたものの、普通には入れなかったんです。当時はまだ周囲のジャングルにポルポト派の仕掛けた地雷がたくさんあって、危険だということで。それで今回、アンコールワットはスルーしたんですけど、ベンメリア遺跡は行っておきたいなと思って来ました。ここはあえて修復の加減を抑えているそうで、崩落した石がそのまま転がっている。でも、そのおかげで遺跡の生々しさが残っていて、正直、アンコールワット本家よりも好きかもしれないです。シェムリアップの空港にも近いので、行き帰りがてらに寄り道するのも良いんじゃないでしょうか」

 

インディ・ジョーンズ度:★★★★★(5/5)

▲積み重なる石に差し込む光

▲巨大なガジュマルが石を包み込む 

▲長い年月の中で木々に覆われたベンメリア遺跡 

 

 

佐藤さんが旅先で選んだお土産をマンションプラス読者の皆様へプレゼントします。

 

今回は「木彫りの亀」。前編のお土産「象」とセットで購入しました。 

 

「亀はヴィシュヌ神が化身したクルマと呼ばれる姿だそうです。神話では宇宙の秩序を維持する神の化身のラッキーアニマルということで、ご自宅にぜひ」 

 

1名様にプレゼントします。

【応募方法】
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ぜひご友人やご家族と一緒にキャンペーンへご参加ください!

【応募期間】
2025年4月14日 23:59まで。

【プレゼント内容】
カンボジア土産の木彫りの亀

【ご当選者】
1名様

【ご当選について】
当選者の方には Xアカウント @mansion_plus から、4月下旬頃までにDMにてご連絡致します。

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※当選後、DMにてご連絡いたしますが、指定の期限内にご返信がない場合は無効となります。
※本キャンペーンはお土産プレゼント企画のため、当選者の方には、お土産を受け取った後にご自身のアカウントで感想を投稿していただくことが条件となります。
※天災や不可抗力の事由により、キャンペーン内容が変更となる可能性がございます。あらかじめご了承ください。

応募規約.pdf

 

 

撮影・取材:佐藤健寿 文:山忠

PHOTOGRAPHER

佐藤健寿
写真家。TV番組「クレイジージャーニー」でも知られるほか、『奇界遺産』シリーズ(エクスナレッジ)は写真集として異例のベストセラーに。写真展は過去、ライカギャラリー東京/京都、高知県立美術館、山口県立美術館、群馬県立館林美術館などで開催。「佐藤健寿展 奇界/世界」は全国6ヵ所を巡回し13万人を動員。

https://kikai.org Instagram @x51  X @x51

WRITER

山忠
マンションについて勉強中の旅好きライター。ランニング、和菓子が好き。
 

おまけのQ&A

Q.佐藤さんが世界で見た不思議なマンションは?(その2)
A.佐藤:私が訪れた中でも最古の集合住宅は、中国福建省にある客家土楼(はっかどろう)ではないかと思います。客家とはかつて中国南部において、北方から来た人々のことを指しています。その客家の人々が作ったのが、土楼と呼ばれる円筒形の集合住宅です。建物はドーナツ型のような形で、内壁に沿って部屋が並んでいます。空洞の中心部は井戸や広場のある共同スペースになっていて、建物の中でコミュニティの暮らしが完結するようにできていました。外壁には弓矢を打つ穴が空いていて、外からの襲撃に備えるために、要塞の役目を果たしていたそうです。12世紀頃に造られたと言われているんですが、あまりにも不思議な形をしていることから、冷戦時代には核ミサイルのサイロと疑われて、アメリカのCIAが偵察にきた、という逸話があります。