特集

2024.09.02

麻布競馬場×のらえもん、タワマンへの愛と渦巻く感情を語り合う

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“タワマン文学”で脚光を浴びた会社員兼作家と、湾岸エリアのタワマンに住む“湾岸の妖精”。タワマンに一家言を持つ両者による、本音炸裂の対談をお楽しみください。

7月某日、タワーマンションが林立する湾岸エリアで顔を合わせた「麻布競馬場」と「のらえもん」。一方は、タワーマンションに暮らす人とそこに住めなかった人を含めた、都市で暮らす人々の複雑な感情を描写する“タワマン文学”の旗手。一方は、長く湾岸エリアのマンションに住み、住民目線のリアルな情報を発信してきた、湾岸エリアおよびタワマンを知り尽くす有識者です。

 

 

――今回、のらえもんさん、麻布競馬場さんには「タワーマンション」をテーマに対談していただこうと思いますが、はじめにお二人の接点を教えてください。

 

のらえもん:全国宅地建物取引ツイッタラー協会(全宅ツイ)という、Twitter(現:X)で活動している不動産業界関係者の集まりがあるのですが、そこでお会いしたのが初めてでしたよね。

 

麻布競馬場:はい。会うなり、のらえもんさんからヘッドロックされました。「お前は湾岸の価値を下げる巨悪だ」ということで(笑)。

のらえもんさん、麻布競馬場さん

▲左:のらえもんさん。マンションアナリスト、ブロガー、インフルエンサー。東京湾岸エリアのタワーマンションと、中での生活をこよなく愛する「湾岸タワマン専門家」。近著に『絶対に満足するマンション購入術』(廣済堂出版)。X:のらえもん
右:麻布競馬場さん。覆面小説家。1991年生まれ。大学卒業後から8年間、麻布十番で暮らし、その後港区界隈に在住。デビュー作『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社)に続き上梓した2作目『令和元年の人生ゲーム』(文藝春秋)が第171回直木賞候補に。X:麻布競馬場

のらえもん:お会いする前からタワマン文学のことも知っていたし、麻布さんの作品もTwitterで何度も拝読していました。何だか、いけすかないやつがタワマン、特に湾岸エリア住民を気持ち良くディスっているなと(笑)。でも小説はおもしろかったし、僕は才能ある若者が好きなので、ヘッドロックで手打ちにしました。そしたら、その後で麻布さんは漫画の原作者になったり、直木賞の候補作家になったりと、どんどん偉くなってしまって。

 

麻布競馬場:いやいや。ディスる意図はなかったんです。僕も、のらえもんさんのブログはずっと読んでいましたから。僕自身はずっと港区の低層マンション暮らしでタワマンに住んだことはないし、湾岸エリアにも縁はなかったのですが、のらえもんさんの発信を通じて色々と知ることができて。湾岸やタワマンという、当時の僕にとって得体の知れない世界を教えてくれた、ありがたい先輩なんです。

 

 

――のらえもんさんは「のらえもんブログ(旧:マンション購入を真剣に考えるブログ)」をはじめ、さまざまなメディアなどでも湾岸エリアやタワーマンションの情報を発信されています。そもそも、こうした発信を行うようになったきっかけは何だったのでしょうか?

 

のらえもん:きっかけは、東日本大震災後に、自分が住んでいる湾岸エリアやタワーマンションに対するネガティブな声が溢れたことです。メディアやネットだけでなく、親や会社の同僚からも「液状化、大丈夫なの?」や「(地震で)建物がポッキリ折れたりしない?」など、いじりも含めた否定的なことを散々言われました。それで、住民の目線で湾岸エリアやタワマンのリアルを伝えて、風評被害を払拭しようと思ったんです。それから10年以上も頑張って発信してきたのに、こういうシュッとした若者にタワマンを軽くディスられるというね。

 

麻布競馬場:すみません……。でも、のらえもんさんの発信は本当に素晴らしいと思っていて。特に、湾岸エリアのリアルな実情を知ることができるのはかなり有益ですよね。利点だけでなく、デメリットも含めて中立的に発信されていたのって、のらえもんさんくらいだったと思うので。

 

のらえもん:僕はよく「マンションブロガー」とか、「マンション専門家」なんて言われるんだけど、自分の意識としては東京湾岸エリアの「地域ブロガー」なんですよ。とにかく「湾岸エリアを選んだ俺は間違っていない」ということを証明したい。その発信を続けています。

▲湾岸エリアを散策する二人。現在も再開発が行われ、さらに居住性の向上が期待されている地域だ

麻布競馬場:今はシンプルな住み心地の良さを考えて、湾岸エリアを第一候補に挙げる人も増えましたよね。少し前だったら「本当は港区がいいけど、予算的に厳しいから湾岸にするか」という人も多かったと思うけど、10年前は広尾や麻布に住んでいたような人も、今は湾岸を選ぶようになっている。

 

のらえもん:そうそう。そういう人たちが湾岸のマンションを買って流入してきてくれたおかげもあって、新しい住民の需要を見込んだおしゃれなお店が月島や勝どきあたりに増えているんですよ。あのへんは小さいビルが多いので、個人が小規模な店舗で勝負できるような隙間がたくさんあるんですよね。そこに新しくておもしろいお店がどんどんできて、街全体がちょっとずつ垢抜けていっている。そういう意味では、タワマンが街をつくっているといえるかもしれない。

 

 

――麻布さんは、タワマンに対して率直にどんなイメージを抱いていますか?

 

麻布競馬場:2010年に大学進学と同時に新丸子で暮らし始めたのですが、その頃くらいから隣町の武蔵小杉にタワマンが建ち始めて、なんとなく存在を意識するようになりました。とはいえ、当時はあれがどういうものなのか、あまりよく分かっていなくて。2014年に社会人になってからは、会社のイケてる先輩がタワマンに住んでいるみたいな話をちょくちょく聞くようになりましたね。そこから2016年くらいまでは会社員でも頑張れば買えたと記憶しているのですが、どんどん値上がりしていき、気づけばとても手が届く価格ではなくなっていった。
我々のような若手サラリーマンの哀しみは、頑張って働いてようやく初期費用が貯まった頃には、もうタワマンは手を出せる価格ではなくなってしまったこと。そこで、タワマンに対してより一層の「複雑な感情」を抱く人も増えたのではないかと思います。タワマン購入者の「イキリ」のような感情も、逆に買えなかった人のやっかみも、より強くなっていったのではないかと感じますね。

 

のらえもん:そう、2010年代の中盤くらいまでは、湾岸エリアのタワマンと世田谷のマンションは同じくらいの価格でした。その頃に購入した人には、あまり「買ってやった感」はないと思いますよ。

 

麻布競馬場:そうなんですよね。その頃は予算的にもちょうど良かったし、職場からも通いやすい場所だから「普通に」買ったという人が多かったのではないかと。で、実際に住んでみたら海も見えるし環境もいいし、想像よりもいい感じだったという。最初は合理性を鑑みてニュートラルな気持ちで買う人が主だったのに対し、価格が上昇すると同時に「イキリ層」が出てくる。金融資産としても優れているとか言われ出して、「手元に置いておくだけで含み益がウン千万円だよ」みたいに、ネットでだるいことをアピールするタワマン居住者も出てきて。その一方で、外部からは「湾岸の地盤沈下がさあ」とか「津波がさあ」みたいな若干のやっかみを含んだ声もあって。そんな不毛なせめぎ合いが、ネットの空気を悪くしていた記憶があります。

 

ただ、今はそこから一周した感じがありますよね。一時期ほどはタワマン購入者のイキリも、やたらとタワマンをくさす声も聞かなくなったように感じます。

麻布競馬場さん

▲「僕の作品は“タワマン文学”と称されていますが、実際はタワマンについて書いているものはほんの一部です(笑)」。(麻布競馬場)

――以前は、タワマンに対するネガティブポイントをあげつらうような記事などもよく見かけた気がします。「エレベーターが大渋滞する」とか「住民同士のマウント合戦がある」とか、おもしろおかしく書かれていましたよね。

 

麻布競馬場:それも最近は少なくなってきたような気がしますけどね。そもそも、駅までバス便でしか行けないエリアに住むのと、駅近だけど朝にエレベーターが多少渋滞するタワマンとを比較したら、通勤に便利なのは圧倒的に後者ですよね。何が言いたいかというと、100点の家も100点の街も存在しないってことです。駅までバスでしか行けないとか、近くにスーパーがないとかと一緒で、エレベーターが渋滞することも、よくある当たり前の欠点のひとつに過ぎないのかなと。

 

のらえもん:ちなみに、よくネタにされる「階数によるマウント合戦」なんて、実際はないですよ。多くの人は、そんなこと気にもしていませんから。

 

 

――では、のらえもんさんは実際に湾岸エリアのタワマンにお住まいになられている立場として、あえてネガティブポイントを挙げるとしたら何でしょうか?

 

のらえもん:今、大規模修繕にかかるコストがどんどん上がっていて、これから先も維持できるかどうか不安はありますね。大げさではなく、いつか修繕積立金が月10万円になってもおかしくないと思います。それに耐えられなくなった人がドロップアウトしていくと、ますます費用が足りなくなっていく。悪循環ですよね。そういう僕自身も、さすがに月10万円は耐えられないから、そうなったらいよいよタワマンを出るしかないのかなと。
もうひとつは、新しくつくられた湾岸エリアには「文化」がないんですよね。現代的なイベントはあるけど、神社やお寺がないから昔ながらの縁日とか伝統的なお祭りみたいな雰囲気も、なかなか味わえない。だからこそ、自分たちで文化や歴史をつくっていける可能性があるとも言えるかもしれませんが。

 

 

――麻布さんご自身は、個人的にタワマンに住んでみたいと思ったことはありますか?

 

麻布競馬場:もちろんあります。一時期、本気で「HARUMI FLAG(晴海フラッグ)」に住もうか悩んでいました。結局は生活圏の街が、今の自分のライフスタイルとは噛み合わないと思って断念しましたけど。

 

のらえもん:確かに、麻布さんみたいに365日飲み歩く人にはマッチしない街だよね。

 

麻布競馬場:はい。僕にはあそこは完全に「生活を営む街」「子育てをする街」に見えて。実際、商業施設があったり、巨大な小学校ができたり、やっぱり環境も抜群なんですよね。検討していた時にあのへんをブラブラしてみたんですけど「こんなに空気が綺麗な街があるのか」というくらい心地良くて、もし僕が結婚していて3歳と5歳の子供がいたら、街の見え方も全く違うんだろうなと思いつつ、今の自分には合っていないなと。

▲世代やライフステージによってタワマンに対する捉え方が違う。それがおもしろい!と会話が弾む

のらえもん:僕は20代後半で結婚しましたが、それまでは麻布さんほどではないけど週6.5日くらいは外で飲んでいました。

 

麻布競馬場:いやいや、ほぼ毎日じゃないですか。

 

のらえもん:でも、結婚後はそれが週4日になり、それでも怒られて週2になり、最終的に月2回になったんですけど、あまり飲み歩かなくなると逆に「インダストリアルな生活」も悪くなくなってくるんですよね。要するに、目の前に飲み屋がなくなっても平気になる。工業的な湾岸エリアに住んで、海を望む公園で子供と駆け回って、お酒も風呂上がりにグリーンラベルを1缶だけ飲むみたいな。それで十分満足だし、すごく健康的ですよ。

 

僕はそういうのが、これからの東京の「新しさ」になっていくんじゃないかと思います。かつては高円寺とか吉祥寺とか、成熟したコミュニティができていて、かつ文化的なものが当たり前のように街に溶け込み、飲み屋も銭湯もたくさんある。そんな街に暮らして、薄暗い飲み屋で焼き鳥をつつくみたいなことが東京っぽかった。でも、これからの新しさのキーワードは「健康」ですよ。そういう意味で、ここでの暮らしは健康そのもの。つくられた街、不健康みたいに言ってくる人は相変わらずいるけど、全くの誤解ですよ。そう考えると、今後10年で「住みたい街ランキング」も大きく変わっていくんじゃないですかね。

 

 

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取材・文:榎並紀行 撮影:ホリバトシタカ

 

WRITER

榎並紀行
編集者・ライター。編集プロダクション「やじろべえ」代表。住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手がけている。X:@noriyukienami

おまけのQ&A

Q.のらえもんさんが感じる、タワマンの魅力とは?
A.「やはり眺望ですね。僕は眺望のないマンションで生まれ育ったこともあり、タワマンの開放的な景色に憧れを抱きました。丘の上にある家でもいいけど、この酷暑では丘を上り下りするのは大変ですから。マンションによっては屋上やスカイラウンジが住民全員に開放されていて、住んでいる階数に関係なく景色を共有できる。そんなタワマンが好きですね」(のらえもん)