防災士・防災委員に聞く「マンションにおける地震対策」のポイント

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「マンションにおける地震対策」について、防災士でマンション自治会防災委員の横山清文さん、自治会防災委員の市川正敏さんに伺いました。

取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 撮影:高橋絵里奈

――お二人が暮らす「グランフォーレ戸塚ヒルブリーズ」(2002年竣工、206戸)では2008年から自治会主体の自主防災組織をつくり、マンションに合った防災の取り組みを続けているそうですね。

 

横山さん(以下、敬称略):管理組合が災害時にマンションの資産を守る組織なら、自主防災組織は居住者の「命」を守る組織であると私たちは捉えています。

 

マンションにおける自主防災組織の形はさまざまですが、グランフォーレ戸塚ヒルブリーズの場合は自治会の下部組織として防災委員会をつくりました。自治会がないマンションの場合は管理組合の下部組織の一部として立ち上げるのでもいいですし、その他の有志で自主防災組織をつくるケースなど、いろいろなやり方が考えられると思います。

▲横山清文(よこやま・きよふみ)。一般社団法人危機管理教育研究所 研究員、防災士、グランフォーレ戸塚ヒルブリーズ自治会 防災委員会 副委員長。
https://kikyoken.or.jp/lecturer/16_yokoyama_kiyofumi_profile.html

▲市川正敏(いちかわ・まさとし)。グランフォーレ戸塚ヒルブリーズ 管理組合副理事長、自治会防災委員。

――グランフォーレ戸塚ヒルブリーズ独自の取り組みについて伺う前に、まずはマンション防災全般に当てはまることとして、基本的なポイントを教えてください。

 

横山さん:はじめに押さえておきたいのは、マンション防災は「在宅避難」が基本になるということです。マンションは建物自体が堅牢で、一戸建てに比べて倒壊や損壊のリスクが低いため、被災しても住む場所自体は確保できる可能性が高いです。地域の避難所は基本的に住居に被害があり生活できない人たちが避難生活を送るための場所ですので、建物が健在で危険なく暮らせる状態であれば、それぞれの居室で在宅避難をすることになります。ただ、地震発生後は電気、ガス、水道などのライフラインがストップしている可能性が高く、そのなかでいかに避難生活を送るかが重要なポイントですね。

 

――では、在宅避難の際に押さえておくべきポイントを教えてください。また、そのなかで自主防災組織が果たすべき役割は何でしょうか?

 

横山:まず、最も大事なポイントは「自助」と「共助」を明確に線引きすることです。共助を担う自主防災組織も居住者によって運営されている以上、人数も限られ、やれることには限界があります。そのため「ここまでは共助でするが、ここからは自助でお願いします」という線引きをはっきりさせて、住人全体に周知の徹底をはかる必要があるのではないかと思います。

 

グランフォーレ戸塚ヒルブリーズの場合、防災委員会として炊き出しは行いません。また、食料や水の備蓄などについても「自助」として、各居住者の方にご用意いただくようお願いしています。

 

一方で、住人のみなさんに安心感を与えるための活動は「共助」になります。たとえば、共用棟に明かりを灯したり、情報提供を行なったり、安否確認や医療機関への搬送を支援したりといった、個人ではなかなかできない部分は私たち防災委員会が担います。

 

 

――「自助」と「共助」で特に重要なポイントや、グランフォーレ戸塚ヒルブリーズで実際に行なっている取り組みについて教えていただけますか。

 

横山:では、まず「自助」のポイントについてご説明します。

 

・自分と家族の命を守るための備え
自助において最も重要なのは「命を守る」ことです。マンションの場合、建物自体が倒壊する可能性は低いとしても、家具などが倒れてきて大怪我をする場合があります。そのため、転倒防止策を万全にしておく、また、いざという時に逃げられるよう、意識を平時から高めておく必要があるでしょう。火災発生時の初期消火についても、消火器がある場所を知っておくこと、いざという時に正しく使えるよう毎年マンション全体で行われる消火訓練に参加することなども、自助という点では大事なポイントです。

 

・安否確認のルール決め
地震発生直後、速やかに家族の安否を確認するためには、普段から緊急時の連絡方法や連絡が取れなかった場合の集合場所などを決めておく必要があります。私たちのマンションの場合は、停電すると居室のドアが開かない仕組みになっているため、ハードキーがないと部屋に入ることができなくなります。その際はどこに集まるのかといったことも含めて、細かくルールを共有しておくといいでしょう。

 

・「明かり」の確保
人は暗闇のなかでは大きな不安を感じるものです。逆に明かりがあれば、多少は安心できます。ただ、ろうそくは余震がきた時に危険なため、自宅に電池式のランタンなどを用意しておくといいでしょう。あるいは、停電になると同時に明るくなる非常灯を、居室のいろんな場所に用意しておくのもいいと思います。厚底のスリッパなどを備えておけば暗闇のなか割れたガラスが散らばる床を歩いて、足を怪我するといったことも防げるはずです。

▲グランフォーレ戸塚ヒルブリーズでは、マンション共用の防災備蓄倉庫にも投光機を用意してある。LEDで消費電力が少なく360度に向けて発行するタイプ。東日本大震災の際は全棟が停電したが、共用スペースに明かりが灯ったことで住人の不安が軽減されたそう。

・飲料水の確保
飲料水の備蓄は、一般的に1人3日分といわれていますが、いつまで断水状態が続くか分かりません。できれば1人8日分、具体的には2リットルのペットボトル12本くらいは常に確保しておきたいところです。ただし、水にも消費期限があるため、私たちは普段から少し多めに買っておき、使ったぶんだけ新しく買い足すローリングストックを推奨しています。

 

・食料の確保
今は災害時用の食料もたくさん発売されていますが、やや割高ですし、気づかないうちに消費期限が切れてしまっていることもあります。そのため、食料に関してもローリングストックで、普段食べているものを少し多めに買っておき、常に備蓄がある状態を維持することが望ましいと思います。また、被災時はガスが使えない可能性も高いため、カセットコンロとカセットガスを用意しておくといいでしょう。湯煎で調理できるお料理袋やレトルト品なら鍋も汚れず、洗い物もなくせます。

 

・簡易トイレの備蓄
ポンプ式のトイレの場合、停電時には水を流すことができません。そのため、凝固剤入りの簡易トイレパックを備蓄しておきましょう。最低でも1人あたり1日5回×1週間分はご用意いただきたいです。また、防臭袋を用意し使い終わったものを入れて袋の口を縛っておけば、匂いもあまり気になりません。

 

 

――次に、自治会防災委員会による「共助」のポイントや、実際の取り組みについて教えてください。

 

横山:平時と有事、それぞれのポイントについてお話ししたいと思います。まず平時については、防災委員会として主に以下の3つのことをやっておく必要があります。

 

・「災害対策本部」立ち上げ後のルール作り
災害が起こった際には、防災委員会のメンバーが災害対策本部を立ち上げ、さまざまな支援活動にあたることになります。そのため、立ち上げの手順を事前に決めておき、必要な資機材を用意しておく必要があります。また、いざという時に迅速に動けるよう、本部を立ち上げた後に実施すべき事項を確認し、そのルールに則った訓練を普段からやっておくことも重要です。

▲防災委員会のメンバーは横山さん、市川さん含め11名。継続的な活動で一人ひとりの知見とスキルを向上させていくために、委員の任期は設けていない。また、ピラミッド型ではなくフラットな組織にすることで、有事の際の指揮命令系統をなくしスムーズに動けるようにしている。

・火災発生の有無を確認する手順の作成
火災は居住者からの通報もありますが、基本的には災害対策本部がマンションの敷地内を巡回し、煙が出ていないかなどを確認する必要があります。その確認の手順も、あらかじめ決めておきます。

 

・停電時のエレベーターの動作仕様の確認
マンションに設置されているエレベーターが地震や停電の際にどう動くのか、その仕様を確認しておく必要があります。私たちのマンションの場合は、最寄りの階に停止してドアが開く仕様になっているのですが、以前、住人の方々に確認したところ、ほとんどの人がそれを知りませんでした。ですから、まずは自主防災組織が仕様を確認し、住人に周知することが重要です。

 

ただ、災害時に本当に仕様通りに動くという保証はありません。そのため、有事の際にエレベーター内で閉じ込めが起きていないかどうかを確認するルールも、別でつくっておく必要があります。なお、閉じ込めがあった場合でも、私たちが無理に救出しようとすると二次災害につながる恐れがあるため、あくまで通報や声かけなどに留めておくことがベターです。

 

次に、有事について。有事の際には、主に以下のような支援を実施します。

 

・居住者の安否確認のサポート
居住者の安否確認の方法は、マンションによってさまざまなものが考えられます。たとえば玄関ドアのところにハンカチを巻いて無事であることを知らせるなど、マンション全体で何らかの共通ルールを決めておくといいでしょう。私たちの場合は、共用棟に置かれたホワイトボードの裏が安否確認のチェック表になっていて居住者に記入してもらいますが、高齢者で安否が分からない場合は対策本部のメンバーが居室まで確認に伺うルールにしています。

▲共用棟にある安否確認ボード。各部屋番号の分母に世帯人数、分子に安否が確認できた人数を記入する。

・居住者への情報提供
災害時にはどうしても情報が不足し、それが住人の不安を増幅させてしまいます。そのため、建物の被害状況やライフライン復旧の見込みなど、住人のみなさんが気になる情報をできる限り提供してあげることも大事です。私たちの場合はやはりホワイトボードを利用しているのですが、これもマンションに合ったやり方でいいでしょう。

▲災害時、テレビは重要な情報源。共同アンテナは停電時に使えなくなるため、共用棟に別途「八木アンテナ」を設置。共用棟でアンテナケーブルにテレビを接続すれば、情報が得られるようにしている。

・医療機関への搬送支援
怪我人が出た場合、病院などへの搬送支援も対策本部のメンバーが中心になって行います。もちろん、状況によってできることとできないことはありますが、怪我をした人が一人で動けない場合に担架で運び出すといったことは、共助で行うべきだと思います。

▲軽量で扱いやすい布製の担架。上層階の住人が怪我をして一人で降りるのが困難な場合などに、防災委員や住人たちが協力し合って搬送する。

・マンション周辺のパトロール
災害時には犯罪が増えるといわれています。特に停電中は夜間に真っ暗な状態が続き不用心になりますので、対策本部のメンバーが定期的にマンション周辺をパトロールします。

 

・地域の防災拠点との連携
被災すると、地域の防災拠点に支援物資が届けられます。そうした防災拠点と密に連携し、食料などの不足状況を伝えて支援物資を受け取らなくてはいけません。私たちはその連絡も、対策本部を通じて行なっています。

▲防災備蓄倉庫にはガス式の発電機とガスボンベ150本を常備。安全面を考慮し、当初支給されたガソリン式からガス式に変更した。蓋の部分に操作の手順を貼り、誰でも簡単に使えるようにしている。

横山:以上が防災委員会として行う「共助」の取り組みですが、この他にも年に2回の防災訓練や、「自助」への意識を高めてもらうための啓発活動なども実施しています。防災は自助が基本ではあるのですが「どんな対策をすればいいのか」「どれくらいの備蓄が必要か」といった最低限の情報提供は、こちらからしてあげる必要があるのかなと思います。私たち防災委員会でも、防災訓練や年1回のお祭りのタイミングなどで、繰り返し伝え続けるようにしています。

 

 

――同じように自主防災組織を立ち上げたものの、思うように取り組みが進んでいないケースもあると思います。最後に、ご経験をふまえたアドバイスをいただけますか。

 

市川:私たちの防災委員会のメンバーは11名ですが、それぞれ得意分野が異なります。たとえば、規約をつくるのが得意な人もいますし、地元の消防団とつながりがあり、防災訓練の時にさまざまな段取りをつけられる人、あるいは、デザインのスキルがあって啓蒙のためのチラシなどを作成できる人など、本当にさまざまです。そうした、それぞれの強みをふまえて、うまく仕事を任せること。これも大事なことだと思います。

 

WRITER

榎並紀行
編集者・ライター。編集プロダクション「やじろべえ」代表。住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手がけている。X:@noriyukienami

おまけのQ&A

Q.防災委員会のメンバーに長く活動を続けてもらうために意識していることは?
A.一人ひとりに負担をかけすぎないことです。たとえば、一部の人に作業が集中しないように配慮したり、定例の会議も毎回1時間以上は行わないなど、日常生活に支障が出ないように注意しています(横山)。