マンション購入者が避けて通れない大規模修繕。自身も500戸超えマンションの修繕委員会メンバーとして大規模修繕を主導したマンション管理士のはるぶーさんに、前回に引き続き、スムーズに進めるためのポイントを聞きました。
その1:「修繕委員会」の立ち上げは準備期間も見据えて早めに
――はるぶーさんは、500戸超えのマンションの理事長を1期から務められ、同時に設立した修繕委員会のまとめ役も兼務していたと伺いました。そもそも、大規模修繕まで猶予がある段階で委員会が必要なのでしょうか?
はるぶー:おっしゃる通り、私たちのマンションでは理事会の発足と同時期に、修繕委員会を早期に立ち上げました。それは大規模修繕だけでなく、「2年アフター」のことを見据えていたからです。新築マンションには専有部と共用部について、入居後に不具合が発生した場合に売主側が無償で修理に対応するアフターサービスがついています。ただ、2年で期限が切れてしまうため、それまでに不具合箇所がないか調査する必要があるんです。

▲マンション管理士のはるぶーさん。自身も500戸の大規模マンションの代表理事、修繕委員会まとめ役として大規模修繕の計画、準備に奔走した経験を持つ。X:@haruboo0
――そこで立ち上げた修繕委員会をそのまま「常設」にしておけば、大規模修繕にも備えられますね。
はるぶー:はい。2年アフターが終わった後も委員会は解散せず、数カ月に一度でいいから集まりましょうと。定期的に修繕計画について話し合いの場を持ち、万全の準備をして1回目の大規模修繕を迎えることができました。
――大規模修繕にあたって、いつから本格的な準備を始め、どんな流れやスケジュールで進んでいったのでしょうか。当時の状況を教えてください。
はるぶー:大規模修繕の施工会社を選ぶ際には、いくつかの方式があります。最も一般的な「設計監理方式」については前回の記事でも説明しました。うちの場合は、さくら事務所さんが提唱する「プロポーザル方式(提案力比較型)」を採用しています。理由については後ほど説明しますが、大まかな流れとしては本格的に検討計画が始まったのが2022年の7月でした。10月に複数の施工会社から見積もりをとってコンペを行い、2023年3月に会社を決定。選定した会社と交渉を行い、同年8月の臨時総会で発注価格が決まりました。ここに至るまでの準備期間だけでおよそ1年かかっています。
――そこから、いよいよ工事がスタートしたと。
はるぶー:ただ、工事っていつでも始められるわけじゃないんです。外壁工事などで全面的に足場を組む場合、エアコンの室外機を取り外す必要があります。つまり、エアコンが欠かせない夏場の工事は難しい。うちの場合は、暑さが落ち着く秋口からスタートしました。2023年の10月から工事が始まり、戸数が多いため終了したのはおよそ1年後です。
準備期間も含めて約2年かかったわけですが、それでもマンションの規模から考えれば短いほうです。うちの場合、会社の選定は基本的に修繕委員会に一任されていて、理事会の総会では予算の上限だけを決議するやり方をとりました。“会社名”を総会で決議しないのはかなり珍しいかもしれません。総会の回数を減らしたぶん、スケジュールを短縮できたということですね。

▲はるぶーさんが代表理事、修繕委員会を務める500戸の大規模マンション
その2:大規模修繕の成否を分ける会社選びは長所・短所をしっかり確認
――主流の「設計監理方式」ではなく、「プロポーザル方式」を選んだ理由を教えてください。
はるぶー:そもそも、さくら事務所さんとは「10年アフター」や同時期の「長期修繕計画の見直し」の時点で相談に乗ってもらうなど、以前から接点がありました。信頼している会社がちょっと変わった面白い方式をお勧めしていたので、興味を持ったのがきっかけですね。
また、私たちが本格的に大規模修繕に向けて動き出す少し前から、設計監理方式の「不適切コンサルタント」の問題が話題になっていました。簡単に言えば、設計事務所などのコンサルタントと施工会社の癒着ですね。詳細は割愛しますが、典型的なのはコンサルタントにリベートを払う業者だけを見積もりに参加させるといったものです。設計監理方式はマンションの管理会社や設計コンサルタント会社が用意したあらかじめ仕様を指定された見積もりのシートに参加する施工会社が数字を入れて入札をする形になります。そうすると、見積もりに参加する施工会社と設計管理会社にどうしても癒着の問題が起きやすい仕組みでもあると考えていたため、別の方式を模索していたんです。「プロポーザル方式」だと各社が独自に工事の提案を行うものなので、足場のかけ方から全く異なる提案の比較になるため、選定は大変ですが、予め“勝つ会社”を決めておくことは困難です。
――ただ、前回のお話では「設計監理方式は、いろんな会社から相見積もりをとって比較ができるメリットもある」ということでした。
はるぶー:当然、どんな方式にもメリットとデメリットがあります。たとえば、多少コストがかかることを許容できたり、工事の内容にこだわらなかったりするのであれば管理会社に「責任施工法式」ですべてを丸投げしてしまうのが最もラクですし、理事会に負担の軽い方式が間違いだというわけでもありません。ですから、各方式のメリットとデメリットをきちんと表などにまとめ、自分たちのマンションの状況に合わせて十分に検討する必要があるでしょう。
また、設計監理方式を選んだ場合は、先ほど話したようなグレーなことが起こらないよう、そもそもコンサルを選ぶ段階から信頼に足る会社かどうか、しっかりと吟味することが重要です。前回も触れましたが、見積もりの価格だけで選ばず、設計や監理の価格がマンションの規模から見て妥当かどうか根拠をもって示してもらえる会社や、きちんと「志」を持った会社を選びましょう。
その上で、さらに透明性を担保するための方法を考えます。たとえば、施工会社は公募制にして、書類をコンサル経由ではなく理事会に直で届くようにする。そして、理事会の場で初めて皆で集まって届いた書類を開ける「開封の儀」をやったのちにコンサルタントに引き渡すようにすれば、少なくとも事前の談合調整などはしづらくなると思います。委員会などでアイデアを出し合い、「相手がズルできない方法」をとることも大事なポイントですね。

▲見積もりの安さだけで選ばず、設計や監理の価格がマンションの規模から見て妥当かどうかを判断する必要があるとのこと
その3:「プッシュ型の情報開示」で、住民の理解を得る
――理事会や修繕委員会は基本的に無報酬にもかかわらず、大変な手間と労力、ストレスがかかる仕事です。はるぶーさんのように高いモチベーションを長く維持するには、どんな心構えが必要でしょうか?
はるぶー:まずは「自分一人で抱えすぎない」ことです。特に理事長は何でも自分でやろうとしてしまいがちですが、大規模修繕ではあまりにも考えるべきことが多く、いろんなことを一人で背負い込むとパンクします。理事長に最も必要な能力は優秀な人を見つけて委員会に招き入れ、その人に任せることだと考えています。たとえば、理事会に輪番で入ってきた優秀な人を修繕委員会にスカウトしてしまうのもアリですよね。
私は「3本の矢」と表現していますが、委員会に3人ほど優秀な人をアサインして、役割と責任をしっかり分担できていれば、理事長が委員会に頻繁に顔を出さなくても問題なく回るはずです。
――確かに、通常の理事会の業務に加え大規模修繕もとなると、あまりにも激務です。会社選びなど、大事な議案についても十分に検討する余裕や時間がなくなってしまいそうです。
はるぶー:私の場合でいうと、理事会では「修繕」と「財務」の部分だけは責任者としてしっかり見ていますが、たとえばお祭りなどの「行事実施」や「防災・防犯」などの件に関しては完全にノータッチ。やはり分業が大事ですよね。
――その他に、大規模修繕をスムーズに進めるにあたって大事なポイントはありますか?
はるぶー:大規模修繕のときだけでなく、普段から理事会のメンバーやマンションの住民の方々と丁寧に合意形成を行うことも大事なポイントだと思います。それができていないと、理事会や総会の場で決議を行う段階になって「私は聞いていない。必要な段取りをきちんと踏んでいるのか?」と言い出す人が必ず出てきます。最初にボタンを掛け違えたまま進んでしまうと、最終盤になってこじれてしまい苦労するんです。
そして、スムーズに合意形成をはかるには「情報開示」が欠かせません。会社を選ぶまでの経緯や理由なども包み隠さずオープンにして、住民全員に共有する必要がある。うちの場合はマンション住民800人が参加するグループLINEがあって、そこにありとあらゆる情報を送っています。その際に大事なポイントは、資料を綺麗にまとめようとしないこと。資料作成に労力をかけるくらいなら、各社の相見積もりなど「生の資料」をそのまま送ったほうがいいですよね。時間も手間もかからないし、何よりウソやごまかしがきかないですから。ただ、情報が外部へ流出すると困るので、資料はQRコードを読み取って閲覧できる形にして、期限も設けるようにしています。
ちなみに、LINEの良いところは、プッシュ型で情報を送れる点です。マンションの(電子)掲示板に張っても、「掲示板なんてチェックしてないよ」と言われてしまいますよね。そうではなく、こちらからプッシュするんです。そうやってこまめに情報を開示し、理解を得るための努力をしていれば、いざ決議をとるという時にかなりラクになると思います。私たちのマンションでも、大規模修繕のための臨時総会の決議では約97%の住民が賛成してくれました。
――500戸超えのマンションで反対が数%はすごいですね。いかに大規模でも、やるべきことをやれば大多数の合意はとれると。
はるぶー:大規模修繕は大きなお金が動くだけに、何かと揉めがちじゃないですか。でも、やっぱり同じマンションの住民同士、仲が良いに越したことはない。そのためには、みんなが納得できるやり方を考えるというのも、大事なことではないかと思います。
取材・文:榎並紀行 撮影:石原麻里絵
WRITER
編集者・ライター。編集プロダクション「やじろべえ」代表。住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手がけている。X:@noriyukienami
おまけのQ&A
- Q.大規模修繕や修繕委員会について、これだけは言っておきたいことはありますか?
- A.はるぶー:修繕委員会や管理組合の理事会って、言ってしまえば「フリーライダー」が生まれやすい仕組みなんですよ。理事会や委員会のメンバーは無給でプライベートな時間を削ってやっているわけですが、それにもかかわらず文句を言う人というのは必ずいます。たとえば、外壁の打診検査を外部の方に有償でお願いしようという時にも、「なぜそこにお金をかけるんだ。委員会には専門家もいるんだから、あなたたちがやればいいだろう」と言う人が出てくる。でも、そのために委員会のメンバーがタダ働きをする義務はないはずです。誰かの苦労や労力によって得られる成果にタダ乗りしたがる人は、せめて文句を言う前に自分の発言や要求がいかに理不尽か考えてみてほしいと思います。