100年に1度の台風に備える 長谷工の最新技術が生む災害に強いマンションとは

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気候変動に伴う自然災害の激甚化が叫ばれるなか、マンションの防災対策はますます重要性を増しています。最新の技術と綿密な調査研究に基づき、「災害に強いマンション」づくりに挑戦する長谷工コーポレーションの技術企画室・木村郁夫さんにお話を伺いました。

――気候変動の影響で、近年、台風の大型化や豪雨に起因する災害の激甚化(げきじんか)が進んでいます。このような状況に対する長谷工の取り組みをお聞かせください。

 


木村郁夫さん(以下、木村):マンションに住む方を災害から守ることは、資産価値を高めることに直結します。住居内部、共用部などのハード面。災害発生後にいかに早く復旧させ、生活への影響を最小限にできるよう管理・運営をするためのソフト面。この両面からの「レジリエントなマンションづくり」を、グループ全体で取り組んでいます。
 
長谷工では災害対策技術を検討する会議体を社内に立ち上げ、調査や研究をもとにマンションづくりにさまざまな提言を行っています。2020年には「被災時の身の安全」、「被災後の生活環境の維持」、「管理・運営の仕組みの整備」を基軸にした、「災害に強いマンション提案」基本方針をまとめました。

 

 

――基本方針はマンションづくりにどのような影響を与えましたか。

 

木村:地震・台風による建物の損傷を最小限に抑えるために設計・施工の基準を見直しました。これが現在の「長谷工基本仕様」となっています。例えば、より強い風にも耐えられるエントランス庇の天井材や太陽光パネルの飛散を防ぐような厳重な固定方法などが採用されるに至りました。

豪雨に対しても、近年の発生傾向とマンションに及ぼす影響について調達・検証を行い課題を抽出。2019年には、生活を維持していくためのインフラ設備の浸水・止水対策を実施するように提案しました。

 

現在では、新しくマンションを作る時には各自治体が公表しているハザードマップを子細に確認し、冠水リスクを評価した上で、建物への影響を最小限に食い止めるよう計画ごとに十全な設計をするようにしています。例えば、計画敷地内に止水ラインを設定。それより内側には冠水が侵入せぬよう地盤レベルの調達や止水板の効果的な設置。あるいはライフラインを司る各種設備機器の配置への配属などを各プロジェクトの条件に応じて適切に計画に反映させています。

木村郁夫さん

▲木村郁夫さん。長谷工コーポレーション 技術推進部門・技術企画室。※所属先・肩書きは取材当時のもの

――マンションは一般的に災害に強いイメージがありますが、マンション特有のリスクはありますか。例えば、マンションには雨戸がないケースも多く強風に対して不安に思う人もいるようです。

 

木村:マンションは耐震性や防火性などに優れていますが、高層建築物なので風の影響を受けやすい傾向があります。長谷工のマンションでは、風対策も強化していて、窓やアルミサッシなどは100年に1度といわれる室戸台風(※)クラスにも耐えられるよう設計されています。もちろん、それ以上に大きな台風が来る可能性もあるので、我々も住まわれる方も日頃の注意を忘れずに対策にあたっていく必要があります。

 

雨戸に関しては、暴風対策よりは防犯に効果を発揮する要素が強いです。雨戸のあるなしによって、耐風性に影響を及ぼすということはほとんどありません。

 

(※)室戸台風……1934年に日本を襲った巨大な台風。観測史上最低気圧を記録し、京阪神地方に壊滅的な被害をもたらした、100年に1度の巨大災害といわれていて、その後の防災対策に大きな影響を与えている。最大風速は60m/s以上と推定される。

バルコニー

▲マンションのバルコニーは風の影響を受けやすいため、手すり、パーティション、窓やアルミサッシなど風対策が強化されている

――災害に強い住宅設備も研究・開発を続けていますね。

 

木村:新しく開発した「SHパーティション」も災害対策を念頭においたものです。パーティションは通常は隣との仕切りとして使われていて、プライバシー確保が主な目的です。また、火災発生時にはパネル部分を蹴破ることでお隣に避難する経路としても機能します。そして、バルコニーで常に外部に晒されているため、風に対する高い強靱性も求められます。

 

そこで、従来は目線より少し上までの高さだったパーティションを、天井まで拡張し、頂部で固定できるようにしました。具体的には、1㎡あたり300kgの風圧に耐えられる設計としています。これは100年に1度レベルの大型台風にも対応できる強度。以前は1㎡あたり200kgほどだったので、1.5倍に強化されたことになります。それでいて、災害時の避難しやすさも損なわぬよう、実物を用いた実験で確認を行っています。

▲SHパーティションの上に実際におもりを置いて強度を見ながら商品開発された

――防災機能と避難のしやすさを両立させた設計なんですね。他にもメリットはありますか。

 

木村:はい、上部までカバーすることで、プライバシー性能も向上しました。隣家の気配なども軽減できると好評です。

 

もうひとつの成果として、防災性能の向上と同時にデザイン性も高められました。バルコニーのパーティションは建物の外観に大きく影響するため、美観への配慮も重要です。そこで、高さが増えて設置面積が広がっても骨組みは増やさずシンプルに形状を整えることで、外観デザインを損なわないよう工夫しました。

▲強さと美しさを両立させたSHパーティション。こうしたこまやかな配慮が、住まいの価値をさらに高めることに繋がっている

更には、せっかく天井までパーティションを広げたのだから、それを手掛かりに何か新しい外観デザイン要素を造り出せないかと考え開発したのが「SHグラス」と「SHマリオン」です。この二つの製品は、各プロジェクトの外観デザインコンセプトに応じて採用を検討してまいります。防災力の強化だけではない。併せてデザイン性の向上にも資する開発を進める。私共は、これからもそんな観点で様々な技術開発に取り組みたいと考えています。

▲SHパーティションのデザイン性を高めた「SHグラス」は、隣戸とのプライバシーに影響を及ぼさぬパネル先端部分に不透明ガラスのスリットを入れて、横からの自然光を取り込み、バルコニーをより明るく快適な空間にすると共に、従来には無かったマンションの外観を造り出す

▲パーティションの先端に取り付けることで、デザイン性とプライバシー性を向上させる飾り柱「SHマリオン」

――マンションのなかでも、タワーマンションは特に風の影響を受けやすく、ガラスが割れやすいのではないかと不安に思う方もいらっしゃるようです。実際はどうですか?

 

木村:実は、そういった事故は実際には、ほとんどありません。そもそも窓ガラスの破損は直接的な風の影響よりも、飛来物によって引き起こされるケースが多く見受けられます。タワーマンションに限った話ではありませんが、強風の予報が出されている時は、植木鉢や観葉植物などの風で吹き飛ばされそうなものや、倒れる恐れのあるものは片付けることを徹底しましょう。

 

また、確かに高さがあるぶんタワーマンションは風の影響を受けやすいイメージはあります。しかし、臨海エリアや大きな河川の近くであったり、あるいは高台などもそうですが、建物の立地自体も風環境が大きく作用する条件となります。

 

ですので、タワーマンションのみならず、立地条件や建物形状に応じた風対策がしっかりと設計に反映されていることが大切です。私共では、大学との共同研究により風洞実験などを通して安全・安心な建物が設計されるよう社内指針を定め、それぞれのプロジェクトに展開しています。

 

 

――災害のたびに問題を検証して、対策を強化されています。印象的な事例はありますか。

 

木村:以前のことですが、強風時に電気やガスの設備機器類を収めたメーターボックスの扉が壊れてしまったことがありました。とても頑丈に作られているはずなのにおかしい。詳しく原因を調査したところ、検針員の方が扉を閉め忘れていたことが判明しました。開いた扉の裏側に風が回り込み、強く煽られて破壊されていたんです。

 

メーターボックス扉の閉め忘れをなくすには、関係者の方々への注意喚起だけでは不十分です。そこで、扉の締り金物を改良して、確実に扉を閉めてもらえる仕様に変更しました。これにより、検針後の扉の閉め忘れを防ぎ、強風時の破損リスクを大幅に軽減することができました。小さな工夫ですが、居住者の皆様の安全と建物の保全に大きく貢献しています。

▲取っ手を回してロックする仕様にしたことで閉め忘れ防止対策に

――災害対策はハード面だけでなく、ソフト面も大切です。マンション住民が知っておくべき対策はありますか。

 

木村:まずは共有廊下の御自身の家の前はもちろん、バルコニーに不要な物を置かないことが重要です。これらは避難経路でもあるので、有事の際にスムーズに避難できるようにする必要があります。

 

また、マンションごとに、管理会社が中心になって防災計画が作られていますが、災害は防ぐだけでなく、備えることも大切です。こうした計画を常日頃から、よく把握していただきたいと思います。

 

 

――本日はマンションづくりにおける災害対策について、細かな工夫、改善まで紹介していただき理解が深まりました。今後はどんなことを考えてマンションづくりを進めていきますか。

 

木村:住まいの安全、暮らしの安全を第一にしたマンションづくりは、長谷工の中心にある考え方です。企業全体のブランドイメージにも直結する部分ですので、これからも災害に強い「レジリエントなマンションづくり」を推進していきます。

 

最後に、強調しておきたいのは、マンションの安全性は建物の設計や施工だけでなく、入居者方々の日頃の安全意識も大切だということです。例えば、バルコニーを物置化してしまうと、強風で飛散する危険性があるだけでなく、万が一のバルコニーを介した避難の際に支障をきたす可能性もあります。開発者や管理会社と住民の皆様が一緒になって初めて、安全安心なマンションが実現することを、ご理解いただきたいと思います。

 

取材・文:小野悠史 撮影:宗野歩

 

WRITER

小野 悠史
不動産業界専門紙を経てライターとして活動。「週刊東洋経済」、「AERA」、「週刊文春」などで記事を執筆中。X:@kenpitz

おまけのQ&A

Q.災害の他に取り組んでいる安全研究の事例がありましたら教えてください。
A.バルコニーからの子どもの落下防止も、重要視している安全対策のひとつです。子どもは足を掛け易い部分があれば登ろうとする傾向があるため、乗り越えられない用に構成部材の形状を工夫しています。過去に一度、実際に子どもたちに協力してもらい、工夫の有効性を確認する実験を行ったこともあります。何度試しても登れず、不機嫌になってしまったお子様もいらっしゃいました。その時は商品開発の成功を実感すると共に、申し訳ないことをしてしまったなと反省もしましたが(笑)