「住まいは『損得』ではなく、自身が『どう暮らしたいか』を考慮して選ぶことが重要です」と三井住友トラスト・資産のミライ研究所は語ります。ライフプランをふまえた上で、分譲と賃貸を比較するポイントについて伺いました。
この10年で「億ション」が激増。分譲の供給戸数はおよそ半分に
――はじめに、この10年間における分譲・賃貸それぞれの市況の変化を教えてください。
三井住友トラスト・資産のミライ研究所 桝本 希さん(以下、桝本):今回は「首都圏の新築分譲マンションと賃貸マンション」に関する環境の変化を考察しました。まず、大きな変化としては首都圏の居住者のニーズが新築分譲マンション(以下、分譲)から賃貸マンション(以下、賃貸)へシフトしていることが挙げられます。
その背景ですが、まずはやはり分譲マンション価格の高騰。不動産経済研究所の公表データによると、2013年の首都圏の分譲マンションの平均価格は約4,929万円でしたが、2023年には8,101万円と、およそ1.65倍に上がっています。特に、東京23区の平均価格は2023年に1億円を超えるなど、賃金の上昇幅に遠く及ばないレベルでマンション価格が上がっている状況があります。また、供給戸数もかなり減少しています。経済産業省の公表データによると2013年の首都圏全体の新築分譲マンションの供給戸数は5万6478戸でしたが、2023年には2万6873戸と52.8%減少しました。東京23区に限れば、2013年の2万8340戸から、2023年には1万1909戸と58.0%減少しているという状況です。

▲三井住友トラスト・資産のミライ研究所 所長 丸岡知夫さん(写真右)、同研究員 桝本 希さん(写真左)※所属先・肩書きは取材当時のもの
――つまり、分譲価格が高騰しすぎたこと、供給戸数がおよそ半分に減ったことで、賃貸マンションの需要が増加していると。
三井住友トラスト・資産のミライ研究所 丸岡知夫さん(以下、丸岡):そうした側面はあるでしょう。実際、東京カンテイや日本賃貸住宅管理協会などの調査によれば、特に若年層や単身世帯では、賃貸を選択する傾向が強まっているようです。また、首都圏ではファミリー層が賃貸市場に流入してきている傾向があります。賃貸も需要の増加に伴って賃料が上昇していますが、それでも分譲にはなかなか手が届かないということで、しばらくは購入を見送り賃貸でやり過ごすというファミリー世帯も増えているのではないかと思われます。
――多くの人にとって、都心の新築分譲マンションは現実的な選択肢とはいえなくなっているのでしょうか。
丸岡:経済産業省の資料によれば、2013年は東京23区の物件販売戸数の約半分を「5,000万円以下の物件」が占めていました。しかし、2023年には5,000万円以下の販売戸数が1割に減少し、1億円以上の物件が販売戸数全体の33.3%にまで増加している。以前は、いわゆる「億ション」というと一部の限られた高級物件というイメージだったかと思いますが、今や(東京23区内においては)約3割を占めるという状況です。このことからも、都心の新築分譲マンション市場が富裕層向けの市場へシフトしていることが見て取れると思います。
分譲と賃貸それぞれのメリット・デメリットは?
――価格以外の要素では、分譲と賃貸それぞれにどんな特徴やメリット・デメリットがあるでしょうか?
桝本:分譲マンションと賃貸マンションの主な特徴を比較すると、以下のようになります。

▲分譲マンションと賃貸マンションの特徴比較表
桝本:まず、住宅の「設備・仕様面」では、賃貸専用物件よりも分譲物件のほうが充実していることが多いといわれています。たとえば、「対面式キッチンで子どもを見守りながら家事ができる」「各部屋の収納スペースが広い」といった点が挙げられます。そのため、暮らしやすさでは分譲に優位性があるという見方も少なくありません。また、家族構成の変化があっても分譲はリフォームで間取りを変更するといった対応が可能な場合もありますが、賃貸は自由にリフォームをすることは難しいといわれています。
一方、賃貸は働き方の変化に柔軟に対応できることがメリットといえます。転勤や転職で勤務場所が遠隔地に変わっても転居しやすく、負担は引越し関連の費用が中心となります。分譲は売却などに手間やコストがかかりますし、一般的な住宅ローン契約においては、住宅ローンの返済中は、契約者やその家族が自宅として住むことが原則となっていて、契約修正や賃貸併用住宅に変更するケースを除けば、転貸すると契約違反になります。こういった点が転勤の際に単身赴任になりやすい一因となっているようです。

▲桝本さんは、個人的にもマンション好きでXなどでさまざまなマンション情報をチェックしている
――分譲か賃貸かをコスパだけで考えるのではなく、こうした両者の特徴を比較することで、自分や家族に合った住まいが見えてきそうです。
丸岡:その通りだと思います。年齢や家族構成だけでなく、その人がどのような暮らし方を望むのか、どんなライフイベントを想定するかによっても住まいの選び方は変わります。
たとえば、子どもあり世帯(将来、子どもを持ちたい世帯)にとって重要なのは「子どもの教育環境」かもしれません。となると、居住したいエリアは「(通わせたい学校から)通学可能なエリア」になり、そのためには転居が必要になる場合もあるでしょう。また、子どもの進学先によっては教育費用が想定以上に膨らみかねないリスクもあります。賃貸住まいなら家賃の安い物件に転居して教育費用を含めた家計全体をやり繰りすることも可能ですが、分譲は頭金で貯蓄を取り崩したり、ローンの返済が重かったりすると家計の財務的な余力(抵抗力、レジリエンス)を消耗させる面がある。このことも考慮した上で、分譲か賃貸かを検討したほうがいいと思います。
一方で、子どもの教育ではなく、ライフイベントの中で「自身やパートナーの老後生活」を重視する世帯もあると思います。その場合は、老後も家賃がかかり続ける賃貸ではなく、ローン返済後は住居コストの負担が減る分譲を選び、余裕を持った老後生活を送るという考え方もアリでしょう。
つまり、まず考えるべきは「自分や家族が住まいに何を求めるのか(優先することは何なのか)」です。それを具体化するには、下記のような「住まいに求めることリスト」をパートナーや家族のみなさんと一緒に作成してみるのがいいと思います。自身の住まいのイメージが明確になると同時に、家族それぞれが家に対して持つ思いや考えを共有でき、「買うか・借りるか」についても、ある程度の答えが見えてくるかもしれません。

▲それぞれの「住まい」への思いを体現している物件をイメージし、調査してみて、その上で「買う」のか「借りる」のかを検討するのも現実的な取り組みのひとつと考えられる
分譲と賃貸、「生涯の住居費」はどれくらい違う?
――とはいえ、やはり多くの人が気になるのは分譲と賃貸とでは「生涯の住居費」がどれくらい変わるのか、という点だと思います。ひとつの目安として、「30歳夫婦が50年間住み続ける場合」の分譲マンション・賃貸マンションの居住費をシミュレーションしていただけますか?
桝本:今回は、「城南エリア(今回は品川区を想定)に住みたい30歳夫婦」を前提に、分譲マンションと賃貸マンションで50年間にかかる費用を試算しました。結果から言うと、分譲マンションは概算で1億7,117万円、賃貸マンションは1億6,160万円で、差額は957万円となっています。
詳細や試算の条件ですが、まず賃貸マンションはインフレや家賃の高騰などは想定に含めていません。当初は子どもが同居している想定でファミリー用の3LDKの賃貸マンション(家賃28万円)を1年目から30年間賃借し、31年目からの20年間は子どもが独立したことを契機に同区内の2LDKの賃貸マンション(家賃22万円)に引越すものとしています。80歳までの50年間に要する大まかな住居費として、約1億6,160万円と見込みました。

▲80歳以降の長生きリスクは考慮せず、賃貸マンションでは途中で家族構成に合わせてダウンサイズを前提とした試算
桝本:一方、分譲マンションの試算では、品川区に中古分譲マンション(物件価格1億円 ※SUUMO、LIFULL HOME’S 品川区中古マンション平均価格を参考に設定)を購入し、頭金は物件価格の1割で2,000万円、住宅ローンの借入額は8,000万円としています。ローンの返済額については、返済期間や適用する金利水準・金利タイプ(固定か変動かなど)によって返済総額に大きな差が出てきますので、賃貸派と比較するために「金利(固定)2%、返済期間35年」のケースを前提とし、さらに「購入時の頭金、諸費用、毎年の税金納付額、管理費・修繕積立金、修繕費用(水回りなど)、住宅ローン減税」なども、足元の平均的な水準で見込んでいます。結果、トータルで1億7,117万円となりました。

▲住宅ローンで住まいを購入する場合は、ローン金利がわずかに動くだけで、総額負担は数百万円も上下するので、費用総額は大枠として捉え、それぞれの費用の支出タイミングに関心を払うべき
――分譲と賃貸の総額で1,000万円もの差が出るのは驚きです。
丸岡:ただ、今回は「80歳まで」と上限を設けていますので、「人生100年時代」であることを考え、さらに長寿命化が進んでいくとなれば試算も変わってきます。長生きになるほど、老後も家賃がかかり続ける賃貸の総額も膨らんでいくでしょう。
また、ご留意いただきたい点として、こうした試算は前提とする条件の置き方や、少しの変化で大きく変動します。つまり、条件を変えれば分譲と賃貸の「損得関係」も逆転するということです。たとえば、実際はインフレによって賃貸の家賃や、分譲の管理費、修繕積立金がより嵩(かさ)んでくるかもしれません。また、住宅ローン金利についても今回は比較のために2%としましたが、バブル期(1980年代後半から90年代前半)は年7%の水準でした。足元でも、日本銀行の取り組み方針が変わったことを受け、2024年から一部で金利が上昇しています。住宅ローンで住まいを購入する場合は、ローン金利がわずかに動くだけで50年間の総負担額は数百万円のレベルで上下するでしょう。

▲住まいに何を期待するのか、望むのかを想像するのが大切だと丸岡さん
着目すべきは「費用の支出タイミング」
――社会の経済状況の変化によってそこまで大きく総額が変動するとなると、事前に住居費のコストを試算してもあまり意味がないのでしょうか?
丸岡:いえ、決してそんなことはありません。こうした試算は「どちらが得か」がポイントなのではなく、住宅費用にはさまざまな「変数」が存在するのを知ることに意義があると考えています。ただ、費用総額についてはあくまで「大枠」として捉えたほうがいいかもしれません。その上で、分譲・賃貸それぞれの費用の「支出タイミング」に関心を払うと、より検討がしやすくなるはずです。
――支出のタイミングとは、どういうことでしょうか?
丸岡:分譲と賃貸の50年間の支出の推移を見ると、明らかに違いが出ているところがあります。分譲は住宅を購入する際に「頭金(自己資金)」や購入に伴う「諸費用」の出費が嵩(かさ)むため、購入の段階で大きな支出があります。その後も毎月の住宅ローンの返済や管理費、修繕積立金、さらには臨時の修繕費用などがかかってきますが、ローンを完済してしまえば老後は大幅に住居費のキャッシュフローが抑えられるのが特徴です。
一方の賃貸は、2年に一度の更新費用がかかるにせよ、基本的には毎月決まった額の家賃を払い続けるため、どこかでドーンと大きな支出があるということはありません。ただし、分譲と違って家賃を生涯払い続ける必要があり、長生きすればするほど、トータルの住居費コストは膨らんでいきます。
ですから、イメージとしては、「分譲は早め・前倒し」で費用がかかる、「賃貸は均一」で長期にわたり費用がかかるということになります。

▲費用は概算。賃貸の家賃は60歳まで月28万円、61歳で同22万円の物件に転居。分譲は1億円の中古マンション、住宅ローン金利は固定年2%などの条件で試算
丸岡:このことをふまえ、「家計のファイナンス」という軸でライフプランを考えてみましょう。
まず、「賃貸派」は住居費フローの変動があまり大きくないため、ライフプランの変更に合わせた住み替えなどが行いやすく、大きな意味での「人生の選択肢」を将来に残しておくこともできます。
「分譲派」は、不動産を保有することで「老後の住み場所」を確保できることから、老後生活期における住居費フローを小さくするための備えと考えることもできるでしょう。
つまり、よく言われる「分譲派VS賃貸派」のような論争は、コスト面に限っていうなら「老後の住居費を『家の所有』という形で担保する」のか、それとも「家賃の支払い原資を『金融資産』で準備する」かの違いでしかないと思います。このように整理してみると、単に「損か得か」の議論から離れて、自分のライフプランをふまえた検討がしやすくなるはずです。
住まいは「損得」ではなく「生活満足度」で考える
――お話を伺っていると、住まいは単に「損得」や「メリット・デメリット」だけで見るのではなく、どんなライフイベントを想定するのか、どのような暮らし方をしたいかを考慮した上で選ぶことが大事だと分かります。
桝本:そうですね。分譲か賃貸かというテーマは、基本的に金銭面での損得をベースに議論されることが多いかと思います。とはいえ、実需の住まいで実現したいのは何も「得をしたい」という思いだけではないはずです。そこで、資産のミライ研究所では「生活満足度」という部分に着目しています。私たちは毎年、1万人に向けてアンケート調査を実施していますが、2024年度の調査ではこの「生活満足度」に関する項目を新たに設けました。
まず、賃貸派・持ち家派それぞれの生活満足度を年代別で見てみると、20代では大きな差は見られませんが、50代・60代では満足度に差があることが分かりました。年齢を重ね、退職後の生活に対する解像度が高まるほど持ち家派の満足度が上がっているんです。もちろん、生活満足度にはさまざまな要素が影響するため、住宅とダイレクトに因果関係があるとは言い切れませんが、少なくとも「自己所有の住まいがある安心感」が、生活満足度を下支えするひとつの要素になっている可能性はあると思います。

▲退職後の生活が見える自己所有の住まいがある安心感は生活満足度を上げている?!
――確かに、若い頃は「生涯、賃貸でいい」と思っている人でも、年齢によって心境が変わってくる可能性も大いに考えられます。
丸岡:ただ、注意したいのは、私たちも「持ち家だから老後も安心です」や「持ち家のほうが幸せです」と言いたいわけではありません。たとえば、先の調査の「住宅ローンの負担感」の項目では、「住宅ローンの負担感が大きい人は生活満足度が低い」という傾向も見られます。とりあえず住宅ローンの借入限度額いっぱいまで借りた結果、返済に追われて現役時代の生活満足度が下がってしまうということもあるでしょう。

▲生活資金が危うくなるような借入方法ではなく、長期的に無理のない返済計画を立てることが重要になりそう
丸岡:繰り返しになりますが、住まい選びのベースになるのは「ライフプラン」です。実際、「ライフプランを立てているか否か」を軸に生活満足度を分析してみると、賃貸派・持ち家派いずれの居住形態であっても「ライフプランを立てている人」は生活満足度が高く、「ライフプランを立てていない人」は値が低くなっています。

▲ライフプランを立てられている人ほど生活満足度が高い
丸岡:この結果から、「念願の自宅を購入すれば、将来の生活が約束される」というものではなく、自分が実現したいライフプランを考え、「住まいに何を求めるか」を整理し、そのライフスタイルには分譲・賃貸のどちらがフィットするのかをしっかりと検討する。また、購入する場合においても、生活資金が危うくなるような住宅ローンの借入ではなく、長期的に無理のない返済計画を立てる。それが、より満足度の高い住まい選びにつながるのではないでしょうか。
取材・文:榎並紀行 撮影:ホリバトシタカ
WRITER
編集者・ライター。編集プロダクション「やじろべえ」代表。住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手がけている。X:@noriyukienami
おまけのQ&A
- Q.ここ30年間で「持ち家」と「賃貸」の住宅率に変化はありますか?
- A.丸岡:「1993年の『持ち家住宅率』は59.8%なのに対し、2023年は60.9%と、ここ30年間で大きな変動はありません。(※1)ただ、現在の住居形態を年代別に見ると、20代の持ち家比率が15.1%なのに対し、60代では73.2%と、年代が上がるにつれて持ち家比率が大きく上昇しています(※2)」
(※1)出典:総務省「令和5年住宅・土地統計調査」
(※2)出典:三井住友トラスト・資産のミライ研究所「住まいと資産形成に関する 意識と実態調査」(2024年)