室内および屋外の温熱環境を研究し、日本生気象学会 熱中症予防研究委員会の委員も務める。大同大学の学長で一級建築士の渡邊慎一先生に暑さを緩和させ、熱中症を防ぐための住宅の工夫について伺いました。(以下、渡邊学長談)
日本の年平均気温は100年で1.3度上昇し、さらに上昇を予想
気候変動によって世界は確実に暑くなっています。日本の年平均気温はこの100年で1.3度上昇(注1)していて、熱帯夜や真夏日・猛暑日の日数も増加しています。この傾向は文科省と気象庁がまとめたデータでも明らかで、今世紀末までに1.4度から4.5度の年平均気温の上昇(注2)が予測されています。このままいけば、夏は今以上に暑くなり、熱帯夜や猛暑日も急増しますし、逆に冬日は減少します。気温上昇は異常気象を引き起こすだけでなく、農業生産への影響(注3)や感染症増加などの健康にも大きな影響(注4)があると予測されています。
【参考】
(注1)出典:気象庁ホームページ
(注3)出典:農林水産省「地球温暖化の進展による農業生産等への影響 」
(注4)出典:環境省「地球温暖化と感染症 いま、何がわかっているのか?」
▲渡邊 慎一(わたなべしんいち)1991年 名古屋工業大学 卒業。3年間の建築設計の実務に携わった後、1994年 名古屋工業大学大学院に入学し、1999年 博士後期課程を修了。室内および屋外における暑さ寒さの研究を行い、暑い夏にどうしたら涼しく過ごせるのか、寒い冬にどうしたら暖かく過ごせるのかを生活・建築・都市の視点からさまざまな研究に取り組んでいる。現在、熱中症の予防を目的として、建物陰、オーニング、樹木、テント、日傘などの遮熱効果を明らかにする研究を進めている。現在、日本生気象学会理事、人間-生活環境系学会理事。大同大学学長。博士(工学)、一級建築士。
※所属先・肩書きは取材当時のもの。
1年間で約5万人。2022年の5月から9月は7万1029人が熱中症で救急搬送されている(注5)
熱中症の問題も深刻です。今の日本では年間で約5万人が熱中症で救急搬送されています。
総務省消防庁報告データによると、全国で6月から9月の期間に熱中症で救急搬送された方は、2010年以降大きく増加し、特に非常に暑い夏となった2018年は9万2710人、次いで2019年が6万6869人、2020年が6万4869人と近年多くなっています(注6)。半数は住宅で熱中症になり救急搬送され、住宅で熱中症になってしまった人の多くはエアコンや扇風機を使っていませんでした(注7)。熱中症による死亡数は2010年が最多で1745人でした。エネルギーの節約や費用の心配からエアコンを控える人もいますが、命に関わる問題ですので、暑いときにはぜひ使ってください。
環境省と気象庁は令和2年から、熱中症の危険性が極めて高くなると予測された際に「熱中症警戒アラート」を発表(注8)するようになりました。しかし、それでも毎年1000人近くが熱中症で亡くなっており、熱中症予防は今後ますます重要になってきます。特に高齢者や子どもにとっては、暑さ対策が生命に直結する可能性が高い(注6)ことを知っておくべきでしょう。
▲熱中症による救急搬送数(6~9月) ただし、2008~2009年は7~9月 7歳未満:新生児+乳幼児、少年:7歳以上18歳未満、 成人:18歳以上65歳未満、高齢者:65歳以上
出典:環境省「熱中症環境保健マニュアル2022」
【参考】
(注5)出典:消防庁ホームページ
(注7)出典:日本生気象学会「日常生活における熱中症予防 第3版(2023年)」
室内への熱の侵入は7割が窓など開口部から入ってくる
室内が暑くなってしまう要因は、住宅の外からの熱の侵入と室内での発熱です。熱の侵入経路を細かく見ると、73%が窓などの開口部からです。その他は屋根11%、外壁7%、床3%ほどで、圧倒的に窓などの開口部から熱が入ってきています。建物の立地条件、建築デザイン(特に窓周辺のデザイン)、建築の断熱性能などによりますが、熱環境の観点からすると、窓は明らかに熱的な弱点であり、窓が大きいと熱が侵入しやすいと言えます。
居住者が入居する前のマンションで室内熱環境を実測したところ、夏季は上階が暑くなりやすいという結果が得られました。私の専門である建築環境工学には「冷房負荷」という概念があり、室内温度を快適な状態にするために、どれだけの熱を排除する必要があるかを考えます。冷房負荷に影響を与える要因は4つあります。①日射、②外気と室内の温度差、③室内にある発熱源(人や照明機器など)、④換気や隙間風です。4つのうち、室内へ熱が侵入する要因としては日射が最も影響が大きいです。
20世紀の建築に大きな影響を与えた建築家ル・コルビュジエは、「太陽に関心を持つことが現代建築の使命である」「太陽は友達でもあり、敵でもある」という言葉を残しています。気候変動によって建築や生活にとって、暑さ対策はますます重要なテーマになると言えそうです。
▲出典:(一社)日本建材・住宅設備産業協会を参考に作成
夏は南向きの部屋が涼しくて、冬は温かくなる
では、太陽からもたらされる日射は家にどういう影響を与えているのでしょうか。これは季節によって変化しますが、特に対策が必要な夏は太陽が高く昇るため、日射の入射角度が小さくなります。つまり日射が上の方から垂直の壁に照射するわけです。そのため、じつは南側の窓から侵入する日射量は他の壁よりも少なくなります。南の壁には太陽の光がよく当たるだろうというイメージがありますが、夏に関してはじつは違うわけですね。これが冬になると逆に太陽の高度が低くなるので、南の壁に日射が横から照射して、日射量が多くなります。こういう理由から南向きの部屋は、夏涼しくて、冬は暖かくなるわけです。マンションでも南側の部屋が好まれるのは、合理的といえるわけですね。
では、夏はどの方位の壁に日射が多く当たるかと言えば、東西の壁です。午前中は東の壁、午後は西側に日射がよく当たります。そして、午前よりも午後の方が外気温は高くなりますので、西日が当たる部屋はさらに暑くなるのです。
地域や季節によって変わる太陽の高さを知ることが日射コントロールの第一歩
昼の太陽の高さである南中高度は地域によって差があります。そして、当然ですが、夏と冬では太陽の高度が異なりますので、その角度の差をうまく利用することで日射をコントロールでき、暑さ対策にもなります。
日本各地で太陽の高さは、季節によって大きく異なります。例えば、夏至の時に沖縄・那覇では太陽が非常に高く、約87度まで上がります。一方で、北海道・札幌では太陽の高さは約70度と、那覇よりもかなり低いです。冬至になると、那覇では太陽の高さが約40度まで下がり、札幌ではさらに低く、約24度になります。私の住んでいる名古屋では、夏至の時の太陽の高さは約78度、冬至の時は約31度です。
要するに、日本の南北で太陽の高さは大きく変わり、季節によってもその違いは顕著です。これは、気候や日照時間にも影響を与える要因の一つです。気候変動が進む中、地域によって、この角度の違いを理解して、日射を庇(ひさし)などでコントロールすること。夏は日射遮蔽、冬は日射取得できる設計がこれまで以上に家づくりを考える上で大切になってきます。
南壁 夏と冬の南中時の太陽高度
▲出典:建築の環境/理工図書を参考に編集部で作成
日射対策の庇(ひさし)やルーバー(遮光板)が建築デザインに影響
日射を遮る庇の出の長さは、住宅設計ではとても重要で、夏至と冬至の太陽高度を基に計算されます。一般に、夏の強い日射を遮るためには、庇から窓下までの距離に0.3から0.4を掛けた長さの庇を設置すると良いとされています。また、日射は1つの庇で遮ってもよいですし、複数の庇を使っても構いません。あるいは、さらに分割してルーバー(遮光板)で遮蔽しても効果は同じです。庇にするのかルーバーにするのか、これは建築のファサード(外観)にも大きく関わってきますので、設計の腕の見せ所です。現在のマンションやオフィスビルは日射を遮る機能を有しながら、優れた外観デザインになるような工夫がされています。
ル・コルビュジエが設計した集合住宅でも、全面ガラス張りで夏に日射が入りこんで暑くて住めないという不評があり、エッグクレート(横と縦のルーバーを組み合わせた格子ひさし)と呼ばれる日除けを取り付けて対処した事例があります。その後、建築化された日除けはブリーズ・ソレイユとして近代建築の設計手法のひとつして確立されています。
▲ル・コルビュジエが設計した集合住宅。バルコニーにはブリーズ・ソレイユ(日除け)が設けられ日差しを調整している。 画像提供/PIXTA
室内に侵入する日射熱は、窓外の対策で8割、室内の対策で5割カットできる
夏の日射にさらされる東西の壁には、なるべく窓を作らなければいいと考える人もいるかもしれません。実際、熱環境だけを考えれば東西には窓がない方が有利なのですが、窓には眺望や採光・通風の確保という役割もありますので難しいところです。やはり現実的には、窓を設けて、窓ガラスやブラインドなどで日射をコントロールする工夫をすることになると思います。
日射を遮るための手法としては、室内ではロールスクリーン、ブラインド、カーテン、遮熱フィルムなどがあり、屋外では外付けのブラインドシャッター、オーニングなどがあります。また簾(すだれ)、葦簀(よしず)など伝統的な手法も効果的です。
日射対策を何もしていない窓は、日射熱の約8割が室内に入ってきます。一方、窓の外側にブラインドシャッターなどを取り付けると約2割まで低減できますので、日射を部屋に入れたくないときは室外側で日射遮蔽することがとても有効です。しかし、外付けブラインドなどをつけるのが難しい場合は、室内側でブラインドやロールスクリーンなどで対策することになります。これでも部屋に入ってくる日射熱を約5割まで軽減できます。
他に、窓ガラスの選択も重要です。近年、断熱性の高い「Low-E複層ガラス(エコガラス)」も普及してきました。エコガラスとは、複層ガラスの内側に放射率の低い金属膜をコーティングして断熱性を向上させたガラスです。エコガラスを採用することで、部屋に入ってくる熱を大きく減らすことができます。
また、夏は風を通して涼しく過ごす人もいらっしゃるでしょう。その際、風が在室者に当たるように入り口と出口の両方の窓を開けると風がスッと通ります。家具などで風の通り道を妨げないようにしましょう。玄関に網戸やガラリなどをつけて風が通るようにするのも良いですね。
■内付け日射遮蔽
▲ロールスクリーン/リクシル 触りたくなるような柔らかな質感と奥行きのある風合いが特長の「ざっくりナチュラル生地」や、窓から入る熱を遮る「遮熱シースルー生地」など4種類をラインアップ。 画像提供:リクシル
▲ブラインド/リクシル 熱さを感じる赤外線を、スラット表面の遮熱塗料で反射させて、室内に入る熱やスラットの発熱を抑制。室温の上昇を抑えてエアコン効率を高め、消費電力を低減します。 画像提供:リクシル
■外付け日射遮蔽
▲スタイルシェード/リクシル 太陽の熱を窓の外側で約8割カットする外付け日よけです。室内の温度を心地よくキープ。冷房費をグッと軽減でき、室内熱中症対策にも効果的。 画像提供:リクシル
▲外付けEBブラインド/リクシル 熱と風、光に視線。すべてをスマートにコントロール。自由自在に動かせるスラットが、自然の力をコントロールし快適な住まいを実現 画像提供:リクシル
高齢者の熱中症は半数以上が「住宅」で発生している
熱中症の発症には主に「環境」「からだ」「行動」の要因が影響するとされています。当然ですが、気温が高い、湿度が高い、風が弱い、日差しが強い環境では熱中症になりやすくなります。また高齢者、乳幼児、身体に障害のある人、肥満の人などが特にリスクが高いとされています。さらに、暑さに慣れていない人や運動不足の人も注意が必要です。65歳以上の高齢者は、熱中症を発症した場所の半数以上が住宅であり、その多くがエアコンや扇風機を使用していなかったことが報告されています。
もし熱中症を疑う状況になってしまった場合は、まず呼びかけをしてください。呼びかけに応えられないときは、すぐに救急車を呼んでください。そして、救急車が到着するまで、涼しい場所への避難し、服を緩め、体を冷やしてください。自力で水が飲める場合は水分と塩分の補給してください。呼びかけに応えられる場合も、涼しい場所への避難し、服を緩め、体を冷やし、自力で水が飲める場合は水分と塩分を補給してください。
また、熱中症を予防するため、暑くなる前の5月から6月に、「やや暑い環境」で「ややきつい」と感じる運動を1日30分ほど1〜4週間行うことが推奨されています。
▲出典:環境省「熱中症環境保健マニュアル2022」
エアコン使用なしの住宅では1日中熱中症に警戒が必要な状況になっているかも
私が所属している日本生気象学会では、WBGT(暑さ指数)という指標を使って日常生活の熱中症リスクを評価・予測し、熱中症予防を啓発する活動を行っています。WBGT(Wet Bulb Globe Temperature: 湿球黒球温度)は自然湿球温度、黒球温度、乾球温度の3つの温度から求められる温熱指標で、気温、湿度、気流、日射・放射熱の影響を総合的に評価する温熱指標です。気温が低くても、湿度が高ければWBGTは高い値を示し、数値が高いほど熱中症リスクは高くなります。WBGTが31度以上は「危険」と評価され、高齢者は安静状態でも熱中症の危険性が高まります。このような状況では外出を避け、涼しい室内に移動することが推奨されています。環境省と気象庁はWBGTが33度以上になると予測された場合に熱中症警戒アラートを発表しています。このアラートが発表される状況は熱中症リスクが非常に高いので、屋外での運動を中止したり、不要不急の外出を避けるなどの対応が必要になります。
また、高齢者がお住まいの住宅の温湿度調査をした際、エアコンを使用していない住宅では1日中熱中症の「警戒」が必要な環境であるという結果も出ており、高齢者の熱中症は半数以上が「住宅」で発生していることからも、改めて室内であっても熱中症に注意を忘れないでください。
WBGTは、黒球付きのWBGT測定器で測ることが推奨されますが、これは価格が数万円しますので一般家庭で用意するのは現実的ではありません。そこで、室内でしか使えませんが、気温と湿度からWBGTを簡単に推定できる図も提供していますので、参考にしてください(注6)。
住宅の熱中症対策で最も重要で効果的なのは、建物の設計段階で建物の配置、断熱性能、窓の配置・大きさ、窓まわりの日射遮蔽などを適切に設計することです。住み始めてからできる物理的な対策は、窓まわりで付加的に日射を遮蔽する工夫をすることなど限られています。したがって、夏の前に暑さに慣れたからだ作りをすること、そして常に熱中症を警戒する意識を持つことが大切です。気温がどんどん上昇し、マンション室内も暑くなっていることを改めて認識し、暑いときには命を守るために我慢せずにエアコンや扇風機を利用しましょう。
▲出典:日本生気象学会
▲高齢者住宅の温湿度調査 エアコン使用なしの住宅では1日中熱中症に「警戒」が必要な状況
取材・文/小野悠史
WRITER
不動産業界専門紙を経てライターとして活動。「週刊東洋経済」、「AERA」、「週刊文春」などで記事を執筆中。X:@kenpitz