ファミリー層がメインターゲットだった分譲マンション。コンパクトな1LDKを人気商品に変えた、日鉄興和不動産の調査研究機関「+ONE LIFE LAB(プラスワン ライフ ラボ)」佐藤有希さんに聞きました。
1LDKおひとりさま仕様、間取りも豊富な分譲マンションが売れている
――「リビオレゾン」で知られる日鉄興和不動産は1LDKマンションの供給数で第1位(首都圏)ですね。
佐藤さん(以下、敬称略):「リビオレゾン」は、利便性の高い立地で、コンパクトながら暮らしやすさにこだわった仕様のマンションシリーズです。「プラスワン ライフ ラボ」という取り組みの中から見つけた工夫をマンション作りに反映していて、好評をいただいています。
「プラスワン ライフ ラボ」は単身世帯の暮らしに特化した調査研究機関
――分譲マンションデベロッパーが単身世帯を対象に調査研究するのは珍しいですね。
佐藤:分譲マンション市場は主にファミリー世帯をメインターゲットに発展してきました。そのため、これまで単身者向けに分譲マンションを作るということは、ほとんどありませんでした。
――プラスワン ライフ ラボはいつから始まりましたか。
佐藤:きっかけは、2016年12月のことです。当時、私が販売を担当していたマンションに単身世帯向けのお部屋があったのですが、社内には単身者向けの生活者データやノウハウがほとんどありませんでした。単身世帯のお客様について、もっと考えていくべきではないかと思い、社内で調査研究することを提案しました。それから約半年後、2017年の4月から、プラスワン ライフ ラボが始まりました。
――周囲の反応はどうでしたか。
佐藤:最初は社内のあちこちにクエスチョンマークが飛んでいましたね。「単身世帯の調査なんて何の役に立つの?」「調査して、マンション作りに反映するほどの価値はあるの?」という雰囲気がありました。もちろん、住む人の暮らしを考えることは我々のマンションブランドの根底にある思想ですから「単身世帯の方々の顔をよく見て商品作りをしていくことは必要」と立ち上げを応援してくれる声もありました。
1LDKおひとりさま仕様、間取りも豊富なコンパクトな分譲マンションが売れている
お客様のニーズから生まれた33㎡「黄金間取り」マンションのポイント
――今の社内での反応はどんな感じですか。
佐藤:今はワンラボ(プラスワン ライフ ラボ)を凄く応援してもらっています。特に、品川にある常設のマンションギャラリーにワンラボから出来上がった「黄金間取り」の1LDKを作ることができたのは大きいですね。シューズインクローゼットの扉下を20cmカットしようとか、キッチンの壁を半分ずらしてリビングを見やすくするなどの工夫が生まれました。お客様の声を聞いて、それをものづくりに反映するというプロセスの中にワンラボがしっかり組み込まれるようになったと実感しています。
――社内の見る目が変わるきっかけになったのは何でしょうか。
佐藤:「リビオレゾン」のお客様から「顧客の声をしっかり聞いて作っている商品」という評価をいただき、マンションの市場調査でも「リビオレゾン」の認知度が上がるなど、ジワジワと効果が出てきました。さらに、他のマンションデベロッパーからも「ワンラボの取り組みについて聞かせて欲しい」とか、「ワンラボでやっている調査結果を教えて欲しい」などの声をいただくようになって、社内の雰囲気が変わったように思います。
単身生活にもこだわりあり? マンション生活にコミットする「アンバサダー」組織は女性割合が75%
――アンバサダーという仕組みについて教えてください。
佐藤:「暮らしをもっと良くしたい」、「暮らしにプラスワンが欲しい」という方に向けた会員制のプログラムです。連絡先を登録していただくと、ワンラボ主催のイベントなどに招待させていただいております。現在は約340名にアンバサダーになってもらっています。
――どんな方がアンバサダーになっていますか。
佐藤:特徴的なのは、アンバサダーの方にはマンションを購入したいかどうかは聞いていないことです。ワンラボのホームページに当社の商品の説明は一切ありませんし、主催イベントでもマンション販売のことは一切触れません。ワンラボのようにマンションデベロッパーの取り組みで、いわゆる見込み客ではない方に集まっていただくことは珍しいと思います。
――アンバサダーの方と交流してみて何を感じましたか。
佐藤:暮らしを大切にしている単身世帯の方々は本当にたくさんいるんだな、という驚きがありました。同時に、これまでは皆さんの熱意に対する受け皿が無かったんだなとも実感しました。
――どんなところから、それを感じましたか。
佐藤:ワンラボが暮らしに関するイベントを開けば、12〜15名くらいの定員はすぐに満席になってしまいます。先日はスマートホーム(※)に関するイベントを開きましたが、すぐに申込で一杯になりました。暮らしを良くするための情報を欲している方は本当に多いですし、ご参加いただいた皆さん同士でも情報交換が始まるなど、コミュニケーションも盛んです。
(※)スマートホーム(Smart Home)とは、家庭内のさまざまな家電機器やシステムがインターネットを介して連携し、自動化やリモートコントロールできる住宅のこと。
――皆さん、どんなことを情報交換し合っているんですか。
佐藤:掃除に関するイベントをした時は、「ここの掃除をする時には、こういう道具が便利だよ」とか「こういう黒ずみ汚れはどうしていますか?」などの話題で盛り上がっています。アンバサダーの方はみんな暮らしに対する感度が高い方ばかりなので、普段の友達同士ではできないようなレベルでコミュニケーションがとれることが、すごく喜ばれていると思います。
一般の方々とお話しながら作り上げて行ったらプロでは思いつかない商品が生まれた
――ワンラボから生まれた企画もあるそうですね。
佐藤:ワークショップの中で聞こえる声は全部記録して、商品企画の参考にしています。「旅好き女子のためのインテリアデザインワークショップ」という企画は約50名の参加があり、旅行先のホテルや、海外で見つけたデザインなどについてディスカッションしてもらいました。その場で壁紙などを選んでいただき、好みにあうものを組み合わせてデザインのイメージを作り、SNSによる投票で1位になったものを当社開発の「リビオレゾン西日暮里」に再現しました。一般の方々だけで考えたインテリアですが、たくさんの高評価をいただき、関西の施工物件でも購入者様の希望で採用してもらうなど、過去いくつも成約しています。
――特徴的なデザインです。
佐藤:モロッコブルーというコンセプトのお部屋ですが、こうしたアラビアンテイストや青を使ったカラーは好き嫌いが分かれると言われていて、デザインのプロほど敬遠しがちです。しかし、実際にインテリア好きの方々を集めて、お話しながら作り上げていけば、世の中に受け入れられるものを作れることを実感しました。多くの方と一緒に作ったものを、市場に出して、その反応をみることで、とても意義深いワークショップのひとつになりました。
――他に何か印象に残る取り組みはありますか。
佐藤:ミレニアル世代(1980〜1995年生まれ)の学生を集めたワークショップも盛り上がりましたね。延べ52名の方々と3回のグループワークを経て、ミレニアル世代の価値観を9つピックアップして、そこにはまる商品を考えた結果、お部屋のLEDパネルに毎日違う景色を配信する「Lifestyle Window(ライフスタイル ウィンドウ)」が生まれました。家電メーカーとタイアップして、世の中にまだない商品を作ることは、ワンラボでなければ難しかったと思います。
アフターコロナの時代に突入。リアルイベントで、もっとお客様の声を身近に
――ワンラボでは、アンケート調査だけでなく、リアルイベントをたくさんやっていますね。
佐藤:一人暮らしの悩みや不満は待っていても分かりません。やっぱりお話を伺うには、こちらから意見を取りにいくためのアクションが必要です。特にウェブを使ったオンライン上のコミュニケーションでは、利用者は男性が多くなりがちで、逆にリアルイベントだと女性が集まりやすいんです。「リビオレゾン」の購入者は7割が女性です。ですので、バランス良く、いろいろな方の声を集めるにはリアルイベントは必須なのです。
――これから目指していくこと、取り組みたいと思っていることはありますか。
佐藤:「プラスワン ライフ ラボ」は、単身世帯に特化した調査研究機関ですから、これからも単身世帯の暮らしに向き合っていきたいです。そして、単身世帯の方々が暮らしについて分からないことがあれば、「ワンラボに聞けば分かるよ」と言われるくらいになりたいですね。そのためにも、生活や暮らしに対する感度の高い方々に、アンバサダーとしてどんどん参加いただいて、一緒に単身世帯の暮らしを盛り上げていきたいですね。
取材・文:小野悠史 撮影:石原麻里絵(fort)
WRITER
不動産業界専門紙を経てライターとして活動。「週刊東洋経済」、「AERA」、「週刊文春」などで記事を執筆中。X:@kenpitz