多様化するすまい方を考えるシリーズ。初回は、三井不動産レジデンシャルが提供する多拠点居住サービスのプロジェクトリーダー、櫻井公平さんに話を伺いました。
取材・文:山下紫陽 撮影:石原麻里絵
多様化するすまい方を考えるシリーズ。初回は、三井不動産レジデンシャルが提供する多拠点居住サービスのプロジェクトリーダー、櫻井公平さんに話を伺いました。
取材・文:山下紫陽 撮影:石原麻里絵
2022年9月にローンチした三井不動産レジデンシャルの新しいサービス「n’estate」は、一人ひとりの多様なくらし方の実現をサポートする多拠点居住サービスです。
「住の自由化」をコンセプトに、都心や地方都市を中心に展開する賃貸マンションシリーズ 「PARK AXIS(パークアクシス)」 や三井不動産グループ企業、パートナー企業の施設を活用し、個人が自由に拠点を選択しながら、理想のくらしをカスタマイズするという、これまでにないサービスとなっています。
▲櫻井公平氏(三井不動産レジデンシャル株式会社事業創造部)
n’estate公式Instagramアカウント:https://www.instagram.com/nestate_official/
このプロジェクトの中心的存在が、三井不動産レジデンシャル株式会社 事業創造部の櫻井公平さん。もともと三井不動産株式会社で経理・税務、オフィスビルの再開発を担当。その後、三井不動産レジデンシャル株式会社にて住宅用地取得営業などを担当していたといいます。
――櫻井さんが「多拠点居住」に思いを致すようになったきっかけを教えてください。
櫻井さん(以下、敬称略):このプロジェクトについて検討を開始したのは今から4〜5年前のことなのですが、当時はまだ僕も含めて多くの会社員は月〜金でオフィスに出社していました。ただ、都心に住んでいればいいけれど、そうでない場合、毎日の通勤って結構負担ですよね。都心に住みたくても住めない人もいますし、そもそも都心に住みたい人ばかりじゃない。もっと自然に近い、心地よいところに住みたい人もいます。自ら子どもを育てるようになって、特に子育て世代はそうなのではないかなと感じるようになりました。
でも、その頃の僕の仕事といえば、都心を中心に土地を探して、ご満足いただける付加価値の高いマンションを作ることだったので、そのうち「この仕事が、みんなのウェルビーイングに繋がっていることなのかな?」と疑問を抱くように。
その思いを、当時は担当役員で、現在は弊社社長の嘉村 徹に率直に話したんです。すると彼は「若い世代が起点となって将来の多様なライフスタイルについて創造してみて欲しい」と。それで、本業である住宅用地の取得業務をやりながら、自主的に新しいライフスタイルの一つとしての多拠点居住を、外部の人も巻き込みつつ、勉強し始めました。
ちょうどリンダ・グラットンとアンドリュー・スコットの『ライフ・シフト 100年時代の人生戦略』(東洋経済新報社)が話題になったり、“デュアラー”(都会と田舎にすまいを構えてデュアルライフを送る人)というキーワードが出てきたりと、新しい働き方やくらし方への注目が集まっていた頃。当時携わっていた都心の大規模開発のプロジェクトのブレインストーミングでも「今後は働き方もくらし方も自由になる」「住まう場所が働く場所にとらわれるべきではない」という話題が出ていた時期でもありました。
――「n’estate」がプロジェクトとして始動するまでの歩みをお聞かせください。
櫻井:サテライトオフィスを地方の風光明媚なところに個人で構えるアーリーアダプターのケースなど、さまざまな事例を検討しながら“多拠点”の形を三つに整理しました。一つめがワーケーションです。新入社員や新年度にチーム組成したばかりの人たちが、自然の中でチームビルディングするようなスタイルですね。二つめは都心から1〜2時間のエリアに毎週末往復できるような拠点を作ること。自然の中にあって焚き火ができたり、サウナや温泉に入ったりして、土日やリモートワークの日をそこで過ごすというすまい方です。三つめは1年のうち数ヵ月を札幌や福岡など、違う都市で過ごすスタイルです。
これらの骨子をまとめた少し後、世界はコロナ禍に突入しました。緊急事態宣言下において一気にリモートワークが進み、「どこに住んでいても働ける」という気運が醸成されたことがさらにプロジェクトの実現を後押しし、事業化するきっかけになりました。そして先程の三つの柱をもとに、その時々の気分やライフステージに合わせて最適な生活拠点を組み合わせることで、理想のくらし方や働き方を実現しようというWEB完結型のサービスへとブラッシュアップ。全国各地の三井不動産グループやパートナー企業の施設を利用しながら、自分に合ったライフスタイルを体験できる形にまとまり、2022年9月にブランドのローンチと相成りました。
▲「PARK AXIS 本所吾妻橋 サウスレジデンスの共用部。ワークスペースとしても利用できるラウンジなどがある。
▲「PARK AXIS 本所吾妻橋サウスレジデンス」の室内。生活に必要な家具や家電はすべて揃う。
――具体的には、どのような拠点を選べるのでしょうか。
櫻井:まずは都市型拠点として三井不動産レジデンシャルの賃貸マンション「PARK AXIS」を家具・家電やアメニティ付きで提供するというものです。通常は2年単位の賃貸借契約を結ばなくてはならないところを、1泊/1ヵ月単位で借りることができます。東京を中心に札幌、福岡などからお選びいただけて、いずれもビジネスシーンでの利便性に富んだ立地が特徴です。
いざ運用してみると、東京の物件は1泊単位でホテル代わりに使うような方は思ったよりも少なくて、都心に住んでいる方がセカンドハウス的に利用されていたりすることが多いですね。また、結婚されて分譲マンションを購入された方が竣工前にしばらくの間住まわれるとか、地方から受験で上京されるお子様とお母様が一緒に1ヵ月過ごされるなどの例もあります。ホテルに連泊するというスタイルでは得難い体験価値だろうと思います。一方、札幌と福岡はワーケーションで使ってくださる方も多いですね。今後は「PARK AXIS」を利用した拠点を増やすとともに、弊社のグループ会社以外の遊休不動産を一緒にリノベーションして借り上げ、「n’estate」の枠組みに入れていくことも検討していきたいと思っています。
――郊外型サービスの特徴も教えてください。
櫻井:千葉県木更津市の農場の中にある複合施設「KURKKU FIELDS(クルックフィールズ)」や、埼玉県加須市の畑付きコテージ「畑住処(はたすみか)」のような施設と提携した、郊外で気軽に自然と触れ合えるサービスも好評です。
さらに今、特に力を入れているのが、2023年春から始まった、未就学児の子育て世帯に向けた保育サービス付きのプラン「n’estate with kids」です。現在は山形県鶴岡市の「ショウナイホテル スイデンテラス」と、長崎県五島市「カラリト五島列島」の2施設と協働。近隣の保育園と連携して、滞在中の一時預かり保育を可能にしたサービスです。僕も子どもといっしょにそれぞれの施設で、自然に囲まれた環境での滞在を体験しました。そこで過ごしたゆったりとした時間は、子どもにとってもかけがえのない体験になったようです。
▲山形県鶴岡市の「ショウナイホテル スイデンテラス」(左)と長崎県五島市「カラリト五島列島」(右)。近隣の保育園などと連携し、一時保育などのサービスが受けられる。
▲千葉県木更津市の「KURKKU FIELDS」(左)と、埼玉県加須市の「畑住処(はたすみか)」(右)。「畑住処」は農業アドバイザーによる週に1回程度の訪問サポートもあるので野菜作りが初めてでも安心。
――多拠点居住は、コミュニティや個人生活のあり方にどのような変化をもたらすのでしょうか。
櫻井:人間は大人になると、基本的に会社や家庭のような、同じコミュニティに属して生きていくようになる。でも、拠点が変わると強制的に新しいコミュニティに入ることになりますから、刺激も受けるし、すごくいいと思うんです。さらに言えば、もう一つ拠点があると、もし地震のような大規模災害が発生したときのことを考えても安心ですよね。
▲「『n’estate』は未来に残して行きたいプロジェクト。ライフスタイルそのものを提案したいから、サービスのクリエイティブもどちらかというと憧れのくらしを訴求するものになっています」と櫻井さん。
櫻井:我々は基本的に、人々が生活する上での1拠点目を提供してきた会社ですが、多拠点居住という選択肢が生まれることで、1拠点目のあり方も変えられるのではないかと思うんです。2拠点目があれば1拠点目の立地や間取りも違ってくるかもしれませんよね。そういった時に、1拠点目の新しいニーズに対応しながら2拠点目以降を提供できるのはデベロッパーだけです。2拠点目以降を提供するベンチャー企業なりは増えてきているんですけどね。そういう意味でも、我々としてはこのプロジェクトはやっていく価値のあるものだと思っています。