これまでメタバースを活用したモデルルームツアー、家具コーディネートサービス、デザインコンペティションという3つの試みをしている長谷工。マンションの長谷工ならではのメタバースの取り入れ方や未来について長谷工アネシスの鈴木哲矢さんに聞きました。
メタバースで「モデルルームツアー」「家具選び」
――2024年からスタートした「長谷工暮らしのメタバースプロジェクト」ですが、最初に取り組まれた「メタバースモデルルームツアー」とは、どういったものなのでしょうか?
鈴木哲矢さん(以下、鈴木):時間や場所を選ばず、パソコンやスマートフォンなどで、メタバース空間に再現したマンション住戸や共用施設を見学していただけるものです。「ブランシエラ横浜瀬谷」、および「ブランシエラ川崎大島」に導入しています。
見学方法は、1組のグループで内覧できる「プライベート見学」、複数グループで内覧できる「グループ見学」、いつでも見学可能な「フリー見学」の3つです。「プライベート見学」「グループ見学」では販売スタッフとコミュニケーションを取りながら物件の内覧をすることができます。ただし、この見学方法は今後変更が予定されています。

▲メタバース空間の物件は、コンピューター上に設計された3次元の建物モデルから作成し、間取りや設備、家具・インテリアなどの質感を忠実に再現。室内にある各種設備の情報は、メタバース空間にポップアップで表示され、画面上で確認可能
――「メタバースモデルルーム」と「VRモデルルーム」の違いは?
鈴木:VRモデルルームは色々ありますが、一般的に言われるものは決められたポイントに移動しながら3D画像をご覧いただけるものです。一方、今回取り組んでいるメタバースモデルルームは、実際にモデルルームを見学しているかのように自分の分身(アバター)を動かしながら、同じくアバターの販売員や、場合によっては他のお客さんともコミュニケーションを取ることもできます。大きな違いは「没入感」です。これはメタバースモデルルームのほうが高いと思います。今回提供している仕組みでは、専用の機器を使わずパソコンやスマートフォンからモデルルームの見学ができるようになっています。

▲「ブランシエラ大宮 氷川の杜」のVRモデルルーム。立ち位置を変えたり、視点を360度変えたりすることが可能
――メタバースでモデルルーム見学ができるようにした理由は?
鈴木:マンションの販売は、基本的にモデルルームに来ていただくことが前提です。モデルルームの来場者が多ければ多いほど成約が増えるため、「いかに来場者数を増やすか」が販売における重要なポイントとなっています。
わざわざ時間を割いて足を運んでいただくには、それなりの興味関心を持っていただく必要があります。メタバースモデルルームは、実物のモデルルームを代替するものではなく、検討段階にあるユーザーの興味関心のレベルを上げ、実物のモデルルームに来ていただくための一助になるのではないかと思い、今回、実証導入しました。
――ブランシエラ横浜瀬谷には「メタバース家具コーディネートサービス」も実証導入されたとのこと。こちらはどういったサービスなのでしょうか?
鈴木:「メタバース家具コーディネートサービス」は、マンションを契約された方を対象にしたもので、WEB上のメタバース空間で家具選びを楽しんでいただけるサービスです。アバターを介し、プロのインテリアコーディネーターとリアルタイムで相談しながら、家具のコーディネートや配置を自由に行えます。気に入った家具は、ご購入を申し込みいただくことも可能です。
今回は「家具選び」をサービス化しましたが、メタバースという空間をうまく活用し、ユーザーとサプライヤーをそこで繋げることが目的です。家具だけでなく、家電やインテリアなどにも展開できると考えています。

▲「無印良品」の家具をコーディネートでき、気に入った家具は同社の店舗やオンラインショップで購入可能
――利用された方の声は?
鈴木:メタバースモデルルームを利用していただいた方からは、「より物件に興味を持った」という声が寄せられています。家具コーディネートについても、実際にご利用いただき、家具を購入していただいた方も見られます。
一方で、利用された方の声からは課題も見えてきましたので、多くの人が使って喜ぶサービスを目指して改良していきたいと考えています。

▲長谷工アネシス 価値創生部門 ICT活用推進部 部長 鈴木哲矢さん。※所属先・肩書は取材当時のもの
メタバースで未来の建築業界を担う学生を応援
――「暮らしのメタバースプロジェクト」の一つ「長谷工住まいのデザインコンペティション in メタバース」とは?
鈴木:長谷工グループでは毎年、建築を志す若手の人材育成を目的に、学生を対象とした「長谷工住まいのデザインコンペティション」を実施しています。2023年に開催された第17回のコンペティションでは、若者を中心にユーザー数が大きく増加しているオンラインゲーム「Fortnite(フォートナイト)」内で最優秀賞作品をメタバース空間として再現しました。

▲2023年に開催された第17回「長谷工住まいのデザインコンペティション」の最優秀賞作品をオンラインゲーム「Fortnite」にメタバース空間として再現
――その狙いは?
鈴木:メタバースを活用したモデルルーム見学や家具選びは、マンションを購入する方に向けたサービスです。まだ具体的にマンションの購入を考えていない潜在層に向けた取り組みもできないかと模索していたのですが、この切り口の可能性は無限大なんですよね。
「長谷工住まいのデザインコンペティション」は、長谷工独自の取り組みの一つ。この取り組みとメタバースを組み合わせることで、長谷工ならではの「メタバースプロジェクト」とすることができ、未来の建築業界を担う学生を応援することもできると考えました。
――受賞作品『電気の森,水道の川に住む』は、どのようにメタバース上で再現されたのでしょうか?
鈴木:第17回のテーマは「まざりあう集合住宅」。受賞作品のコンセプトは「都市の資源を自然の資源と同じように能動的に利用しながら、他者と共生する集住体をつくる」というものでした。重視したのは、このコンセプトの再現です。ユーザーは、作品内を見て回ることでコンセプトを体感することができます。また、作品コンセプトを楽しみながら体感してもらうためにゲーム的な要素を加え、イベントを進めていくと改築できたりする機能も搭載しました。
――2024年末には第18回コンペティションも実施されたとのことですが、今回も受賞作品はメタバースで再現されるのですか?
鈴木:プラットフォームなどは変わるかもしれませんが、その予定です。コンペの受賞者に喜ばれたり、多くの方がコンペに応募したくなるようなイベントになれば嬉しいです。

▲「今後もメタバース空間を活用してユーザーとうまくつながることができるようになったらいいと思う」と鈴木さん
「メタバース×マンション」の現在地と未来
――なぜマンションの販売などにメタバースを導入したのでしょうか?
鈴木:長谷工グループでは2020年にスタートした5年間の中期経営計画で、成長戦略の一つとしてデジタルトランスフォーメーション(DX)を掲げました。建設現場にIoTやAIを活用したり、既存マンションに情報通信技術を活用したICTサービスを導入したり、さまざまな取り組みをしてきたのですが、メタバースについては、調査はしていたものの具体的なシステム開発やサービス検討までには至っていませんでした。
そこで、弊社の価値創生部門内に立ち上がったのが「DXチャレンジプロジェクト」です。価値創生部門の中には、マンション販売の長谷工アーベストやマンションデベロッパーの長谷工不動産などを出身とし、マンション事業に精通したメンバーが多く所属しています。その中からメタバースを活用した新規事業を立ち上げたいメンバーを、所属を跨いで募りました。「チャレンジ」と付いているとおり、まずは“挑戦”として「モデルルームツアー」「家具選び」「デザインコンペ」のメタバース活用に実証導入したという経緯ですが、これらのテーマ設定は参加メンバーの経験がベースにあります。
――長谷工グループが、DXに取り組む理由は?
鈴木:DXの推進は、安心・安全で快適な住まいをご提供することに加え、少子高齢化や働き方改革などによる労働力不足の解消や、そのための業務効率化といった目的もあります。
長谷工グループ一丸となって取り組むことで、サービスの開発からマンションを取り巻くさまざまな現場への実証導入、検証、実用、普及……という一連の流れをスピーディーに推進していくことができると考えています。
――長谷工コーポレーションは2024年末、経済産業省が定めるDX認定制度に基づく「DX認定事業者」の認定を取得されたとのこと。今後もDXを推進していくというお考えですか?
鈴木:DXという名称がいつまで使われるか分かりませんが、デジタル化による変革は後戻りすることは無いと思います。また、メタバースも含め現在の取り組みは新築マンションをターゲットにしたものが多いですが、今後は新築マンションだけでなく、高経年マンションが増えていくため、既存マンションもターゲットになっていくと考えています。DXによって資産価値や居住快適性、省エネ性能などを向上させることが出来たら良いと考えています。
取材・文:亀梨奈美 撮影:石原麻里絵
WRITER
不動産ジャーナリスト。不動産専門誌の記者として活動しながら、不動産会社や銀行、出版社メディアへ多数寄稿。不動産ジャンル書籍の執筆協力なども行う。
おまけのQ&A
- Q.「長谷工暮らしのメタバースプロジェクト」の次の取り組みは?
- A.鈴木:マンションの防災領域でのメタバース活用について、可能性があると感じています。集合住宅における防災活動の重要性は広く認識されていますが、一方で防災訓練などを全居住者が一堂に会して行うのは非常にハードルが高いのも事実ですし、防災設備の使い方を居住者全員に周知するのもなかなか困難です。この課題を解決するためのツールとして、メタバースが活用できるのではと考えて検討を始めています。