「ポエム化」するマンション広告コピーを深読みする。

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大山顕さん

なぜ、マンション広告はポエム化するのか? マンションポエム研究の第一人者である大山顕さんと、広告クリエイターのTさんに伺いました。

取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 撮影:ホリバトシタカ

「洗練の高台に、上質がそびえる」。こうしたマンション広告ならではの独特なキャッチコピーを面白がり、「マンションポエム」と称して観察している大山さん。これまでに収集したマンションポエムは1,000以上といいます。観察だけでなく、その構造や類型、時代の変遷など、さまざまな観点から研究を重ねてきました。

 

――大山さんは十数年にわたり「マンションポエム」を研究されているそうですね。


大山さん(以下、敬称略):はい。分譲マンション広告特有の大げさな言い回しのキャッチコピーが面白いなと思い、それらを「マンションポエム」と称して集め始めたのが2006年くらい。いつか関係者に怒られるだろうなと思っていましたが、まさかマンション開発を中心に事業を展開されている長谷工さんのメディアに呼ばれて話をすることになるとは。


――そもそも、マンションポエムとは何なのか、というところから教えてください。


大山:そもそも僕が勝手にポエムと呼んでいるだけなので定義はないのですが、大きな特徴のひとつは先ほども言った「大げさな言い回し」ですよね。例えば、「洗練の高台に、上質がそびえる」とか、そういう大げさで詩的な表現です。

 

大山顕さん

▲大山顕さん。土木・建築写真家/ライター。マンションポエム観察・収集は十数年前からのライフワークのひとつで、最近では「ポエム慣れしてしまって、ポエムかそうでないかの境界線が分からなくなってきた」とのこと。団地マニアとしても多数メディアに出演。「新写真論」(ゲンロン叢書)、「立体交差/ジャンクション」(本の雑誌社)、「団地の見究」(東京書籍)ほか著作・写真集を多数刊行。
Twitter:@sohsai

 

大山:また、マンションポエムのほとんどは「立地」のことを言っていますね。以前、1,000物件以上のポエムをすべてテキストに起こし、多く使われている語句を分析したことがあります。結果、1位は「街」で、2位は「都心」。つまり、マンションポエムはとにかく立地押しであることが分かりました。部屋や設備のことには言及していないのがおもしろいですよね。


――「街」や「都心」以外に、マンションポエムの常套句というか、多用されている表現にはどんなものがありますか?


大山:末尾にやたらと句読点をつけたり、当て字や言い換えを使ったりというケースは多いです。邸宅の「邸」を「いえ」と読ませたり、「住む」を「棲む」や「澄む」と表現したり。
あと、よく見受けられる表現としては「静謐」だったり、「頂」だったり、「掌中に収める」などがありますね。


――「目黒を掌中に収める」とか。


大山:そうそう。とにかく何かを「収め」たり「臨み」がちですね。あとは「緑が輝き」がちだし、なんらかの「風が吹き」がちですよね。何かを「奏で」たり、「響き合い」がちだったりもします。全体的には、こうした抽象的な表現が多いです。

それから、“主語がない”ケースも多いです。例えば「東京を頂く」とか。これ、誰が東京を頂いているのか分からない。マンションの作り手でもないし、住む人というわけでもなさそう。強いていえば、擬人化されたマンションが主語になっているんですかね。こうした、日本語特有の主語の曖昧さも、ポエムっぽくなる要因だと思います。

 

――こうした表現って、他の商品の広告ではあまり見かけないように思います。どうしてマンション広告のコピーだけが、ポエム化してしまうのでしょうか?


大山:それには、複合的かつ複雑な背景があると思います。まず、こうした大げさな言い回しが許される理由として考えられるのは、マンションは広告を見て、即決で買うようなものではないから。広告はあくまでマンション購入検討者が情報収集をする最初の入口の部分として、インパクトを与えるためのものであって、その後モデルルームを見にいき、担当営業と何度もやりとりを重ね、ローンの打ち合わせをして……といったプロセスを踏む間に、最初のコピーのことなんて誰も覚えていませんよね。いざ買うという段階になって「”吉祥寺の奥座敷”って書いてあったじゃないか! 話が違う!」なんて怒る人はいません。

つまり、入口から決済までが遠いから、大げさに表現してもクレームが起きにくいという側面はあると思います。

 

大山顕さん

▲最近は炎上を避けて無難な表現のコピーが増えるなか、マンション広告のコピーのおおらかさは貴重だと語る。

 

大山:あと、これは僕の穿った見方かもしれませんが、コミュニケーションがポエムの体裁をとる時には、何かを隠そうとしていることが多い。つまり、言いたいけど言えないことがある時に、ポエム化してぼんやり表現するのだと思います。

例えば、「吉祥寺の奥座敷」という表現。エリア的に吉祥寺からは少し離れているんだけど、営業的には「吉祥寺」という言葉を入れたい。でも、吉祥寺にあると断言してしまうと虚偽広告になってしまう。そこでコピーライターさんが苦心した結果、「奥座敷」という語句を捻り出したのではないかと。「遥かに臨む目黒川」とかも同じですよね。こうした、言えることと言えないことのせめぎ合いみたいな部分が垣間見えるのも、マンションポエムの面白さです。

 

――大山さんは2006年からマンションポエム収集を始めたということですが、当時から現在までに傾向の変化などはありますか?


大山:傾向が大きく変わったのは、2007年から2008年頃です。それまでは「アーバン」みたいな、カタカナやアルファベットの語句が多く使われていましたが、2007年くらいから「和」を連想させる表現が増えました。特に「雅」とか「風雅」とか、画数の多い漢字を多用するポエムが急増しましたね。

また、以前は多かった「先進」や「未来」といった語句が減って、今は逆に伝統を重んじる表現が増えていたり、「寛ぎ」や「安らぎ」といった”チルアウト系”に向かっている傾向も見られます。

ざっくりまとめると、昔はバブルっぽい外来語ベースの「威勢のいい言葉」が多用されていたのに対し、ここ10年くらいは「安定や落ち着き」を印象付ける表現が増えている。また、先進的でキラキラしたものよりも、懐かしさや心の安寧みたいなものを重視する傾向があります。なんとなく、その時代のムードや人々が求めるものと連動している感じがしますよね。

 

大山顕さん

▲ここ数年で増えつつあるのが「日本」を強調した表現。「この国の美意識」や「世界に誇れる日本の」など、マンションの広告とは思えない壮大なスケールのものが目立つという。大山さんはこれを「マンションポエムに見る右傾化」と表現。

 

――では、地域差はどうでしょうか? 特にポエム化しやすいエリアだったり、地域による表現の違いなどはありますか?


大山:そもそもマンションポエムは高価格帯の分譲マンションにつけられがちなので、そうしたマンションが多く立つ大都市圏、具体的には東京、大阪、京都、札幌、名古屋、福岡などに集中しています。 また、東日本と西日本での表現の違いみたいなものはあまりないですが、京都は独特ですね。やはり歴史を押してきます。古地図とマンションポエムを駆使して、ここがいかに由緒正しい土地であるかを強調してくる。
時には「応仁の乱」まで持ち出しますからね。あるいは「時代の覇者たちは、京の都を目指した」みたいに、時代の覇者たちを用いてアクセスの良さをアピールするなど、とにかくスケールがでかい。こうした、千年のレベルで歴史を謳う壮大な「千年ポエム」は、京都ならではだと思います。

 

※後編「マンション広告コピーの「中の人」に、ポエム化する背景を聞いてきた。」記事はこちら

WRITER

榎並紀行
編集者・ライター。編集プロダクション「やじろべえ」代表。住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手がけている。X:@noriyukienami

おまけのQ&A

Q.マンションポエムの世界をもっと知りたい!
A.インタビューにご協力いただいた大山顕さんは現在、鋭意マンションポエム研究本を執筆中。奥深きポエムの世界をより深読みしたい方はぜひ動向をウォッチしてください。