グッドデザイン賞受賞マンションの評価基準の変遷から紐解く、集合住宅の理想像とは。主催団体と、受賞マンション担当者に取材しました。
取材・文:山下紫陽 撮影:ホリバトシタカ
グッドデザイン賞受賞マンションの評価基準の変遷から紐解く、集合住宅の理想像とは。主催団体と、受賞マンション担当者に取材しました。
取材・文:山下紫陽 撮影:ホリバトシタカ
1957年に旧通商産業省によって創立されて以来、私たちの暮らしや社会をより良いものにすることを目的として展開されてきたグッドデザイン賞の活動。社会とデザインを結ぶコミュニケーションツールでもあるシンボルマークの「Gマーク」は製品やサービスに対する信頼の証とされ、広く認知されています。
Gマークというとプロダクトに対して与えられるイメージが強いかもしれませんが、現在のグッドデザイン賞がカバーするのは、システムやサービスから地域の取り組みや活動まで、かなり広範囲。2022年度は20カテゴリーで審査が行われましたが、マンションは「14:建築(中〜大規模集合住宅・共同住宅)」という部門に該当します。同賞を主催する公益財団法人日本デザイン振興会の秋元淳さんは、この四半世紀のグッドデザイン賞の変化をつぶさに見つめてきました。
――まずは、グッドデザイン賞の設立から現在に至るまでの歩みを簡単に教えてください。
秋元さん(以下、敬称略):グッドデザイン賞はもともと1957年から毎年、60数回にわたって審査が行われていた旧通商産業省主催の『グッドデザイン商品選定制度』が前身。当時は戦後からそんなに時間が経っていなかったので、製造業を中心とした日本の産業の力を強くするためにデザインを活かしていきましょう、というのが実施目的としてありました。
▲秋元淳さん。1968年千葉県生まれ。明治学院大学、武蔵野美術大学卒業。1998年日本産業デザイン振興会(現日本デザイン振興会)に入職。「デザインニュース」編集業務、グッドデザイン賞(Gマーク)、東京ミッドタウン・デザインハブの運営などを担当。多摩美術大学・法政大学非常勤講師、いばらきデザインセレクション審査委員。
https://www.jidp.or.jp/
――90年にバブルが弾けたことで、そのビジョンは変わりましたか?
秋元:産業を強くするというよりは、いろんな人たちが各々デザインを取り入れることで暮らしを高めていけるようにしていこうという方向になったと思います。これは当時“サプライサイドからディマンドサイドへ”という言い方をされたのですが、供給側の理屈ではなく、享受する側の立場でデザインを良くしていきましょう、というもの。それは1998年に通商産業省から「グッドデザイン商品選定制度」の民営化で私たちの団体に事業が移管されて以降のグッドデザイン賞の大きな目的でもあり、これによって賞のカテゴリーも広がっていきました。
▲グッドデザイン賞を管轄している公益財団法人日本デザイン振興会。「デザインの向上を図ることによって、産業活動のさらなる推進と生活の文化的向上および社会全般の健全な発展に寄与すること」を目的に、1969年に財団法人日本産業デザイン振興会として設立し、2011年より公益財団法人日本デザイン振興会へ移行した。
――90年代以降、製造業のウェイトが下がり、相対的に情報サービス業のウェイトが大きくなりました。このような日本の産業構造の変化も影響を及ぼしていますか?
秋元:そうですね、産業の構造が変わればデザインも変わりますので。ものを作るためのデザインだけじゃなくて、情報や新しいサービスを生み出すためのデザイン、さらに言うと今までなかった新しい仕組みを世の中にもたらすためのデザインに価値が生まれるようになったと思います。
――マンションがグッドデザイン賞の審査対象になったのは何年からですか?
秋元:ある程度戸数のある集合住宅としてマンションが選ばれるようになったのは2000年になってからのことです。住宅は1990年代初頭から対象に加えられていました。「工業化住宅」というくくりで当時受賞した戸建て住宅は、ほぼ例外なくハウスメーカーのものです。それは、必要とすれば誰でも買えてどこにでも建てられる、“人が暮らす巨大なプロダクト”だったから。そこに“みんなで集まって暮らすための場”として望まれる環境やサービス、新しい仕組み、価値観が加わり、マンションが対象となったと考えられます。
当時、私たちはグッドデザイン賞を運営するだけではなく、デザイン自体をどう世の中で位置付けていくかについても議論を重ねていました。利用する側にとってはデザインがどういうあり方であるのが望ましいのか、デザインで何をやっていけばいいのか。単に年に一度のイベントではなく、変化する社会の中でデザインの可能性をいかにして豊かにしていくか。そのような問いのなかで、グッドデザイン賞の対象も広がっていったということです。
――集合住宅についての、グッドデザイン賞の評価基準を教えてください。
秋元: まず挙げられるのは、“住まい方をどう提案しているか”という点ですね。公共住宅のあり方に波及し得る大きな影響力を持っているかどうかを読み解くようにしています。そのマンションを買いたいと考える人だけでなく、背後にいるたくさんの人や地域に対してどういう影響効果があるのか、どういう提案がなされているのか。特に、マンション内の住民のコミュニティと地域社会コミュニティの両方にどのように良い影響を与えられるかは、一番重要なポイントです。
――そういったポイントを押さえた優れたマンション事例を教えていただけますか?
秋元: 2017年に受賞した「ファインシティ横浜江ヶ崎ルネ」、そして2018年に受賞した「ブランシエラコート王子」。「マンションプラス」の取材だからというわけではなく純粋な意見です(笑)。というのも、この両者はどちらも、住む人たちにとって、また立地する地域にとってどういったことを成し得る場になるのかということを熟考した上で、住む場所であることだけにとどまらない他のさまざまな機能を果敢に取り込んでいる点で画期的だったからです。
コミュニティとの関係と、人間の生活に対する価値提供という、グッドデザイン賞が大事にしているふたつの評価基準を考えた時に、このふたつのプロジェクトはかなり勇気あるトライアルであるとして、審査委員から非常に高く評価されました。当時はまだそういうテーマでエントリーされてくる集合住宅は今ほど多くなかったですしね。
▲2020年にグッドデザイン賞を受賞した「ルネ横浜戸塚」。地域における現代の暮らしのニーズやライフスタイルを汲み取った、丁寧な地域性・時代性の読み解きと、それに基づく企画性が評価されたという。※2020年10月1日 株式会社長谷工コーポレーションのプレスリリースより
――今後、デザインという視点でのマンションの評価はどう変わっていくとお考えですか?
秋元:グッドデザイン賞においては、社会状況の変化に対して、どういう住まいのありようが提案できているかが肝要だと思います。
例えばコロナ禍を受けて、玄関を入ってすぐのところに手を洗う洗面台を作りました、みたいな短絡的なもの。それはそれで即効性という意義はあるのでしょうが、グッドデザイン賞はそうではなく、働く場に人々が固定されなくなったことで住まいに滞在する時間が増えた時に、そのマンションに住む人の暮らしのポテンシャルをいかに高められるか、近隣や地域社会との関係をどのように築いていけるかというところをどう意識しているかを見たい。私たちの暮らし方の根本的な部分に踏み込むような提案が生まれているかどうかが大事です。
以前、住宅部門の審査のリーダーを長く務めていた建築家の篠原聡子さんは「グッドデザイン賞は他の追随を許すものであってほしい」とおっしゃいました。何かすごいものを表現する時に“他の追随を許さない”と言いますが、篠原先生は、どんどん追随したくなる、そういうデザインがグッドデザイン賞に選ばれている、と。私はその言葉にこの賞の本質が集約されていると思います。
受賞者のデザインに備わっている良さが次に何かをやろうとした人にとってのいい指針となり、さらに良い提案が出てくる、というのが理想。マンションにおいても、“これを参考にしてさらにいいものを作ってくださいね”と語りかけてくるようなものを見つけたいと思っています。
2022年度のグッドデザイン賞を受賞した「コムレジ赤羽」は、印刷会社の工場跡地を利用した約5,200㎡の敷地に「社会人棟(168戸)」「学生棟(112戸)」「賃貸棟(60戸)」の3棟を配置した共創型レジデンス。中庭を中心に様々な共用空間が用意されているこの物件への入居は2022年4月よりスタートし、既に新しいコミュニティが作られ始めています。担当した長谷工コーポレーション アセットマネジメント部 小菅一成さんにお話を伺います。
――「コムレジ赤羽」のコンセプトを教えてください。
小菅さん(以下敬称略):いわゆる“共生”ではなく、住む人が自然に集まる、すれ違ったら挨拶を交わすといった環境を作ることを目指して誕生した共創型レジデンスです。もちろん、セキュリティの万全性を求めてマンションに住む方や、コミュニティに参加したいわけではない、一人がいいという方もいらっしゃいますから、あくまでひとつのあり方としてご提案しています。大事にしているのは、入居者の方々による自主性ですね。
▲各共用施設や中庭を利用し、多彩なイベントやワークショップなどを計画。地域や大学・企業とも連携したコミュニティ形成に対する取り組みを通じて、入居者から地域へと交流の輪を広げている。
――グッドデザイン賞に応募した理由、動機とは?
小菅:時代を経るごとに希薄になりがちな隣近所のお付き合いを都心の賃貸マンションにおいて生み出そうとしているところが、同賞の主旨と合っていると思ったからです。グッドデザイン賞は誰もが知っていて、信頼度の高い賞。 “第三者に認められている”という証でもあります。1回受賞すれば永久に実績は残りますから、リーシングに寄与するということはもちろん、私たちにとっては今までやってきたことが間違いではなかったという自信にも繋がるものです。
近年グッドデザイン賞を受賞しているマンション事例を振り返れば、敷地内の緑地帯を地域に開放していたり、災害時の地域との連携が考えられていたり、はたまた新しい形の職住近接が実現できているなど、意匠性や機能性の高さだけではない部分が評価されている実例が増えているのがわかります。新たな時代の機能性を定義する集合住宅であることが、「コムレジ赤羽」が評価された大きな理由なのでしょう。
赤羽駅から徒歩圏内にある低層、中高層の住宅やオフイスが建ち並ぶ地域に、中庭を中心に賃貸棟、学生棟、社会人棟、力フェテリア棟が配され、1階やその他の階にも多様な共用部が計画された大変興味深い計画である。豊富な共用部があり、多世代の暮らしが近くにあることで、交流が促進したり、子供の自立の芽生えに繋がったり、生活がより良くなる工夫がされている。1階のガラス張りの面は各共用部が視認でき、安心感やほど良い刺激を受けられるだろう。中庭の木々が景観となり柔らかい光で満たされた空間は、自然発生的な会話や交流が生まれるかもしれない。そんな可能性が創造できるこの建築での暮らし方や体験を積極的に応用することで、他の地域での展開も期待されるところである。
※メインカットはグッドデザイン賞の審査会場の写真です。