マンションの構造材として使われるコンクリートの特徴や歴史について長谷工コーポレーション技術研究所の金子樹さんが解説します。
取材・文:末吉陽子(やじろべえ) 撮影:高橋絵里奈
マンションの構造材として使われるコンクリートの特徴や歴史について長谷工コーポレーション技術研究所の金子樹さんが解説します。
取材・文:末吉陽子(やじろべえ) 撮影:高橋絵里奈
――そもそもコンクリートとは、どのような材料ですか?
金子さん(以下、敬称略):コンクリートは、セメント、水、砂利、砂、薬剤の5種類を混ぜ合わせ、セメントの化学反応で硬化させたものです。橋やダムといった社会インフラを支えるものから、高層ビルやマンションなどの建築物まで幅広く活用されています。今から2000年近く前には、すでにコンクリートに類似した材料が存在していたとされ、古代ローマのコロッセオやパンテオンに使われるなど古い歴史があります。
▲長谷工コーポレーション 技術推進部門 技術研究所 建築材料研究室 博士(工学)/コンクリート診断士 金子樹さん。
※所属先・肩書きは取材当時のもの。
――コンクリートには、どのような特徴がありますか?
金子:一番の特徴は自由度の高さです。使用材料の割合を調合することで強度や耐久性、形状を自由自在に変えられます。もったりとしたお餅のようなコンクリートもあれば、液体のようにさらっとしたコンクリートもあるんです。使う素材は大きく変わりませんが、材料の選定や調合するバランスなどは研究開発の対象で、日々進化しています。
――日本ではいつ頃から使われているのでしょうか?
金子:19世紀半ば、江戸時代にオランダから輸入されたといわれています。古代ローマで使われていたものは「ローマンコンクリート」と呼ばれており、現在普及しているコンクリートとは素材がかなり異なります。現代のコンクリートは18世紀にイギリスで誕生したセメントを使っているものを指し、それが日本に入ってきました。
――古い歴史がある材料なんですね。ただ、昔の日本の住宅は木造が多いと思うのですが、コンクリートが住宅に使われるようになったのはいつ頃からでしょうか?
金子:関東大震災が起きる前までは、住宅のほとんどが木造でした。関東大震災後、木造は倒壊や火事のリスクが知られ、国が後押しするかたちで地震に強い住宅の増設を目指してコンクリートの住宅が浸透していきました。その象徴が関東大震災の復興のために建築した「同潤会アパート」です。東京都内や横浜に16ヵ所建築され、現在は表参道ヒルズにその一部が残されています。同潤会アパートをきっかけに日本でコンクリートのマンションを建築する流れができました。
▲コンクリートの強度試験を行うためのコンクリート供試体。
――現在のマンションにはどのようなコンクリートが使われていますか?
金子:象徴的なのはタワーマンションに使われるような「高強度コンクリート」。読んで字のごとく、とても硬いコンクリートのことです。当然ながらマンションは上の階から下の階に荷重がかかるわけですが、負担を減らすためには下の階のコンクリートを硬くするか、柱を太くするかの二択になります。
ただ、柱を太くすると設計上の自由度が減ってしまいます。そこで、1990年代頃から柱をあまり太くせず、コンクリートを硬くする研究開発が加速し、それにより高強度コンクリートが普及しました。
――どれくらいの硬さをイメージすれば良いでしょうか?
金子:「1cm角の立方体に1トンの力をかけても壊れない」くらいの強度をイメージしていただければと思います。
▲コンクリートの圧縮強度を測定するコンクリート圧縮試験機のデモンストレーションをしてくれた金子さん。
――強度は何によって差が出るのでしょうか?
金子:材料と調合のバランスですね。日本で超高層マンションを建築する場合には、栃木や茨城などで採取される硬質な岩石を使っています。また、水とセメントの調合バランスも重要になります。もんじゃ焼きとお好み焼きをイメージしていただくと分かりやすいかもしれませんが、水が多いとシャバシャバで少ないとモッチリしますよね。ただ、水を少なくし過ぎると、パサパサでひび割れする可能性があるので、適切なバランスの見極めが必要になります。
――マンションの高さによって、コンクリートの硬さも変わると。
金子:高さだけではなく、地震の頻度や土地の特徴によっても変わります。ちなみに、世界で一番高い建物、ドバイにあるブルジュハリファは163階建で高さ828mですが、使われているコンクリートの強度は一般のコンクリートの2.5倍くらいです。
――日本のタワーマンションの方が高い強度のコンクリートが使われているわけですね。
金子:そうですね。日本タワーマンションではブルジュハリファで使用したコンクリートよりも2倍ほどの超高強度コンクリートも使用された実績があります。ただ、すべてのマンションに高強度コンクリートを使う必要はなく、あくまでも適材適所です。低層から中層のマンションに使うコンクリートであれば、これほど高い強度でなくても地震に耐える建築物が建設できます。
▲コンクリート圧縮試験機の加圧盤が上がり、荷重がかかり始める。
▲コンクリート圧縮試験機でコンクリートを破壊し、計画通りの圧縮強度を得ているかを確認する。
――長谷工コーポレーション技術研究所では独自でコンクリートを研究開発していると伺いました。最新のコンクリートについて教えてください。
金子:最新の製品は、環境配慮型のコンクリート「H-BAコンクリート」です。コンクリートの製造においてCO2排出量は、これまで注目されていないポイントでしたが、技術研究所では以前よりCO2排出量を抑えるコンクリートの開発を進めていました。
――コンクリートでCO2排出量を抑える、というのは具体的にどのような仕組みなのでしょうか?
金子:コンクリートに用いる材料をつくる時に、なるべくCO2を排出しないようにする、と言ったほうが正しいかもしれません。現在、日本国内で製造しているコンクリートのうち7割は普通のセメント、残りの2割は高炉セメントB種と呼ばれるセメントを使っています。主に建物が沈まないように土台の部分に用いられる高炉セメントB種は、鉄をつくる時に出てくる副産物を活用しているので、普通セメントを製造する時よりはCO2が発生していないとみなすことができます。
▲二酸化炭素の排出量を削減するコンクリート「H-BAコンクリート」。
――高炉セメントB種だけを使ったコンクリートでマンションを建てることはできないんですか?
金子:従来のように地中の部材に使用することには問題ありませんが、普通のセメントと比較すると高炉セメントB種は耐久性が低く、劣化が早いとされています。建物のすべてを高炉セメントB種だけを使ったコンクリートでまかなうのは難しいです。
――なるほど、普通のセメントを使うとCO2を減らせないジレンマがあったわけですね。
金子:そのとおりです。これまでコンクリートに使うセメントは1種類に留めることが常識でした。その常識を変えようと開発したのが「H-BAコンクリート」です。普通のセメントと高炉セメントB種を併用することで、CO2を減らして、強度や耐久性を維持することに成功し、H-BAコンクリートではCO2排出量を20%減らせるようになりました。
――H-BAコンクリートは、すでに使われているのでしょうか?
金子:最初は技術研究所のテクニカルセンターを建設した時に使い、その次にマンション「ルネ横浜戸塚」の一部に使いました。その後、2022年から現在までにH-BAコンクリートを全面的に使用した2件のマンションを建設しています。
――今後、H-BAコンクリートは普及していくと思われますか?
金子:そうですね。これからはマンションを含め、多くの建築物に使用するコンクリートがH-BAコンクリートに置き換わっていくと思います。
――では、これからどのようなコンクリートを開発したいとお考えなのか、展望をお聞かせください。
金子:CO2を吸収するコンクリートの開発です。実は、コンクリートはCO2を吸収する性質を持っています。しかし、劣化の原因にもなるため、仕上げ材を塗装してCO2を吸収させないようにしているんです。H-BAコンクリートが製造時のCO2を減らした製品なのに対し、新しくCO2を吸収しても問題ないコンクリートを生み出し、世界中の建物がそのコンクリートでつくられるようになれば、環境に大きく貢献できると考えています。