古代には都が置かれ、今年は文学作品でも話題になった「大津市」。いまマンションが増えているという点でも注目だ。なぜ、いまマンションが増えているのだろうか。
「地方都市の中心市街地にいまマンションが増えるワケ」で地方都市でいまマンション市場が活況になっている理由を大まかに探ってきた。実際、いま地方都市にどのようにマンションが増えているのか。今回は2024年本屋大賞受賞の「成瀬は天下を取りに行く」宮島未奈 新潮社と話題の文学作品でも舞台となった滋賀県大津市の近年の変化を見ながら探っていきたい。
■琵琶湖畔の平地に広がる大津市街地
大阪市の大ターミナル・大阪駅からJRの「新快速」に乗ること約40分。滋賀県の県庁所在地、大津市に到着する。駅前には数棟のマンションが取り囲むように立ち、そのうちいくつかは新しいものだ。
駅前から北東に延びる大通りを下っていくと、日本で最も大きな湖、琵琶湖の湖岸へと通じる。市名はこの湖で栄えた水運にゆかりがあり、水運と陸運をつなぐ重要な「津」、つまり港であったことに由来する。
港としての歴史は古代にまで遡り、天智天皇の治世には都が置かれたこともある。中世には豊臣秀吉らが防衛上、重要な場所として城下町とした時期もあった。江戸時代以降は海路での輸送が増えていったことなどから徐々に琵琶湖の水運は衰退したものの、東海道五十三次の中でも有数の宿場町として栄え、その名残は大津駅の北側を東西に通る東海道沿いに残る古い家々にみることができる。
大津市の市街地は標高約80メートルの琵琶湖と標高300メートルの山々に挟まれた狭い平地に開けている。そのため、北西-南東方向に伸び、南東方向は元々別のまちであった膳所(ぜぜ)の旧市街地と連続するようになっている。
このように大津市は細長い市街地であり、まとまった土地が取得しにくく、マンションの用地があまりないと思われていたのだが、近年は2つの場所でマンションが増えていっている。
▲におの浜の様子。右のびわ湖大津プリンスホテルが目を惹くが、マンション群もなかなかのものだ
■大阪まで1時間弱、高層マンションが目立つ「におの浜」
大津駅から東に1.5キロほど。琵琶湖と湖岸道路に挟まれた「におの浜」には大小20以上のマンションが立ち並び、高層マンションが目立つ。「におの浜」という不思議な地名は琵琶湖の別名「鳰(にお)の湖」に由来する。まちを歩くと、住宅地というよりも、大規模公共施設や企業・団体のオフィスとマンションが混ざって立地しているという印象を受ける。また、地域の中には商業機能もあり、イオン系のスーパーマーケットを核としたショッピングセンターや大型商業施設「Oh!Me大津テラス」(旧大津パルコ)がある。「Oh!Me大津テラス」には若者からファミリー向けのテナントや映画館が入っており、さらには大津市内の主要道路である湖岸道路を使えば、10分ほどで大型ショッピングモールの「イオンモール草津」にも行くことができる。買物には非常に便利な場所だ。また、「Oh!Me大津テラス」から南に徒歩約10分の場所にJR・京阪の膳所(ぜぜ)駅があり、JRを利用すれば10分強で京都、約45分で大阪に行くことができる。地方都市とはいえど、大都市へのアクセスが良い。実際に、通勤率としては約37%が県外への通勤と大津市の平均よりも13%、周辺エリアと比較しても5〜10%ほど高かった。(参照:政府統計の総合窓口(e-Stat))
このエリアのマンション開発は、2000年代に入って一気に進んだ。2000年に11階建て以上の高層マンションに住む世帯は896世帯だったのに対し、2010年には1739世帯、2020年には2276世帯(参照:政府統計の総合窓口(e-Stat))と2.5倍に増えていっている。それでは、マンション増加まではこのエリアはどんな場所だったのだろうか。
▲におの浜のマンション群。ほとんどが11階建て以上で、1995年以降の25年で1000戸以上増えた
■業務・商業用地からマンション街への変貌
におの浜の歴史は1960年代に遡る。大津市は観光資源を活かしたレクリエーション用地や業務商業施設用地の確保を目的として琵琶湖埋め立て事業を行い、1960年代後半に埋め立て地を「におの浜」と名付けた。1968年には「びわこ大博覧会」が行われ、その後体育館や卸売市場をはじめとした公共施設や中小の工場、企業・団体オフィスが建設されていった。また、1976年には菊竹清訓設計の「西武大津ショッピングセンター」が建設されたほか、紡績関係企業のレクリエーション事業も展開されるなど、多様な土地利用が行われていたが、住宅地として利用されている割合はそこまで大きくなかった。
住宅が徐々に増えていったのは、1988年の大津地方食品卸売市場と関連施設が移転してからだ。跡地には1995年にマンションが竣工し、1996年に大型商業施設「大津パルコ」が開業した。「大津パルコ」の開業で、エリアは一大商業ゾーンとなり、最寄り駅である膳所(ぜぜ)駅からの道にはファストフードやアパレル店が出店したという。その後2000年代に入ると、商業ゾーンの拡大やバブル経済後の不景気などの影響を受けてか、中小のオフィスや工場が徐々にマンションに変わっていった。中にはマンションではなくマンション増加で増える買物需要に応える商業施設に変わるところもあった。そして2020年には商業事情の変化や運営会社の体質改善を理由に大津市唯一の百貨店だった「西武大津ショッピングセンター」が閉店となる。その跡地に建設されたのもまたマンション。2024年4月に竣工したエリア最大級の約700戸を供給する「シエリアシティ大津におの浜」だ。長谷工コーポレーションで土地を取得後、関電不動産開発を中心としたデベロッパーと共同で開発した。
におの浜の北側は琵琶湖岸になっており、沿岸がよく見える。また、タイミングが合えば大津港周辺で運航される遊覧船「ミシガン」とセットで楽しむことができる。そして北西方向の琵琶湖沿岸にもマンション群が立ち並んでいる様子も目にすることができるだろう。
▲エリア最大級の供給戸数の「シエリアシティ大津におの浜」。西武大津ショッピングセンター跡地に建てられた
▲大津京周辺のマンションは壁のように立ち並ぶ。写真右側の船は遊覧船「ミシガン」
■2000年代から爆発的に高層マンションが増えた「大津京」周辺
「におの浜」からみて北西にあるマンションが立ち並ぶエリアはJR湖西線・京阪電車の大津京駅(2008年に西大津駅から改称)周辺。こちらも2000年代からマンションが徐々に増えてきている。
大津京駅前には38階建てのタワーマンションが立ち、その北東側には以前「イオンスタイル大津京店」があったが、2024年に閉店し、その跡地には商業施設を併設し、2棟で約1000戸を供給予定の15階建て高層マンションが建設されている。さらに湖岸寄りにいけば、県道558号線(旧国道161号線)を挟んで壁のようにマンションが立っている。ただ、におの浜と異なるのは、こちらは住宅地、それも古くからの市街地に比べて敷地が広い家が多いことだ。開発が始まったのが遅かったからか、小さい農地も残っている。さらに県道沿いに北上すれば、ロードサイドタイプの商業施設がいくつかあるほか、琵琶湖岸に近い方に数棟のマンションや建設中のマンション、そして大型商業施設「ブランチ大津京」がある。
大津市街からは少し外れた郊外のような場所ではあるものの、これだけマンション、しかも高層マンションやタワーマンションが建設されているのには驚く。確かに大津京からの湖西線は京都まで約10分、毎時1本ある大阪方面へ直通する「新快速」に乗れば45分で大阪に行くことができる。買物環境もイオンが閉店した一方で「ブランチ大津京」やロードサイドに立つ小売店群があるので、十分便利だ。高層マンションが多いのは町丁目でいうと、皇子が丘2丁目・柳が崎・茶が崎の3地区で、2000年には3地区の総世帯は479世帯だったのに対し、2010年は2196世帯、2020年には2963世帯(いずれも国勢調査による)と5倍以上に増えている。そのうち、11階建ての高層マンションに住む世帯は2010年には約85.7%、2020年には約87%にもなっている。他県への通勤比率も高く、45~46%台と大津市の中でもトップクラスの高さだ。(参照:政府統計の総合窓口(e-Stat))
このエリアは元々観光やレジャー色が強かった。「ブランチ大津京」は大津びわこ競輪場の跡地に公園と一体となって整備された商業施設で、普通のショッピングモールやショッピングセンターと異なる、公園を上手く利用した独特の空間作りがなされている。
「ブランチ大津京」の東、少し琵琶湖に突き出た岬には旧琵琶湖ホテル本館の「びわ湖大津館」があり、岬の南にはヨットハーバーがある。その南側が先ほど紹介した琵琶湖岸に向かって壁のようになっているマンション群なのだが、この場所には以前レジャー施設「びわ湖パラダイス」(旧 紅葉パラダイス)があった。広い浴室を持つ温泉や一部琵琶湖上に張り出したジェットコースターが有名だったが、1998年に閉業、その土地の一部にマンションができたというわけだ。
▲公園と一体で整備された商業施設「ブランチ大津京」。テナントはファミリー向けだ
■大津の魅力は自然環境と大都市への近さ
大津にある2つのマンション増加エリア。どちらも高層マンション主体で、交通や買物の利便性が高い場所に建築されている。におの浜に関して言えば古くからの市街地ではないとはいえ、業務機能や商業機能、公益施設などが集中する「中心市街地」と呼んでもよいエリアでのマンションへの用地利用転換を見ることができた。
また、いずれの地区もマンション増加には大津特有のマンション増加事情が絡んでいる。それが京都、大阪への利便性だ。特に京都では景観の問題や観光客増加に伴うホテルの増加などから新規の住宅建設が難しいと共に地価の高さからか敬遠される傾向にある。実際、京都市は観光客の賑わいとは裏腹に人口が減少している。
一方で、京都からJRでわずか10分~15分の場所にある大津は、京都に比べると物件が安いことなどが相まって住宅需要が高く、人口も増加している。それ故にマンションも大型のものが建設されているというわけだ。これはにおの浜や大津京エリアでのマンション建設にも、もちろん影響している。とはいえ、大津が地価や物件価格が安い、交通利便性が高いだけでは選ばれないだろう。やはり、琵琶湖や周辺の山々がつくる風景の良さや琵琶湖岸の公園面積の多さから自然環境が良いと感じられること、またファミリー層と相性が良いショッピングモールをはじめとする大型商業施設の存在というのも大きい。こうした大津独自の魅力もあるからこそ、マンションも増えている。今後も関西エリアでは大津は変化から目が離せないまちといえそうだ。
▲JRの大津駅前。再開発で建設されたマンションが目立つ
▲大津駅附近を走る「新快速」。国鉄民営化前後に大増発され、京都・大阪がグッと近くなったのも大津のマンション増加を後押ししている
WRITER
神奈川県生まれ。現在までに全国にある 700 以上のまちを訪ね歩いた、「まち探訪家」。父親の実家が限界集落にあった経験などから、「この地域はいかにしていまの姿になったのか」という問いを抱き、まちを見て歩き、考える日々を送る。現在は会社員と二足のわらじでウェブメディアへの寄稿をメインに活動中。
おまけのQ&A
- Q.大津市から京都・大阪方面への通勤・通学時は、どのくらい列車があるの?
- A.大津駅の京都・大阪方面行きの琵琶湖線は、平日の7時台に11本が運行されています。(2024年6月時点)JR大津京駅の京都方面行き湖西線は、平日7時台は6本。うち4本が京都駅まで、2本が大阪方面直通です。(2024年6月時点)また、三条京阪・京都市役所前方面へはびわ湖浜大津駅から京阪京津線(京都市営地下鉄東西線と直通運行)で乗り換えなしで行くことも可能(びわ湖浜大津駅から三条京阪までは約25分)。通勤、通学しやすいことが分かる。