ゲイ当事者として家探しに苦労した経験から、LGBTs(IRISでは性的マイノリティに関わらず外国籍者・障害者などあらゆるマイノリティを含む総称としてLGBTsと呼称)の住宅購入や賃貸・売買をサポートする不動産会社IRISを立ち上げた須藤啓光さん。当事者が直面する課題や変化の兆しなどについて伺いました。
INDEX
- 借りたいのに借りられない! LGBTsを含むマイノリティがぶつかる賃貸契約の壁
- 同性カップルで借りる時は「ルームシェア」。夫婦や男女のカップルが優先される不平等
- 「礼金を1ヶ月上乗せ」でなんとか契約。苦い経験を糧に不動産業をスタート
- 東京2020オリンピック・パラリンピックを契機にようやく「パートナーシップ制度」の活用が本格化
- ペアローンや収入合算の門戸がLGBTsにも徐々に開放。マンション購入の追い風に
- お金も時間もかかる公正証書の提出は必要? 機会損失の可能性をなくしたい
- せっかく一緒に購入した我が家から追い出される!? 相続時の問題
- 必要なのは非当事者の理解と支援。誰もが安心して暮らせる住まいを
借りたいのに借りられない! LGBTsを含むマイノリティがぶつかる賃貸契約の壁
――須藤さんが2014年にIRISを立ち上げられたきっかけから教えてください。
須藤さん(以下、敬称略):自分で家探しをして困った経験があり、これを解決したいということから始まりました。LGBTs当事者の友人に話すと、みんな僕も、私もという感じになりまして。当時はLGBTsフレンドリーな不動産会社がなかったので、ないなら作ってしまおう!ということで立ち上げました。
――起業自体も大変でしたか?
須藤:そうですね、不動産業界は保守的だったので、業界関係者に派手なことはしないようにと言われたこともありました。当時はLGBTsだけでなくマイノリティ全般に対する風当たりが強かったですし。ただ、東京2020オリンピック・パラリンピックをきっかけに、SDGsやジェンダー平等といった言葉の認知度も上がり、不動産業界を含めた社会全体が「マイノリティに対するサポートも必要だよね」という認識になってきたのではないかと感じています。
同性カップルで借りる時は「ルームシェア」。夫婦や男女のカップルが優先される不平等
――では、当時須藤さんたちが直面した課題について教えてください。
須藤:私は18歳くらいでゲイかもしれないと気づいて、その後男性とお付き合いするようになったのですが、同棲しようとなった時に2人で不動産屋さんを訪れてもなかなか物件を紹介してもらえなくて。5社回って、ようやく申し込みを入れても審査に落ちてしまうことが続きました。
――それは、ゲイカップルだからということなのでしょうか?
須藤:どうでしょうか。同性カップルの場合は大抵「ルームシェア」ということで家を探すんです。当時は私もゲイだということをカミングアウトしていませんでしたし。でも、2人用の広さの家を探すと、ほとんどの場合、ご夫婦や男女のカップルが優先されます。今になってみれば理解できるのですが、「男同士」ということでの偏見もあったと思いますね。男2人だとうるさくするんじゃないかとか、汚したり物を壊したりするんじゃないかとか。そんなこんなで、当時は選択肢がかなり少なかったですね。
▲須藤啓光(すとう・あきひろ)LGBTs当事者に向けた不動産仲介を行う株式会社IRISの代表取締役CEO。豊島区男女共同参画推進会議委員としても活動、LGBTsのライフプランニング・サポートも行っている。株式会社IRIS https://iris-lgbt.com/
「私自身はこれまでも隣人には恵まれてきましたが、他社で紹介された物件で嫌な思いをされたと話されるお客様もいらっしゃいます」という須藤さん。誰もが安心して家探しをできる環境整備に奔走している。
「礼金を1ヶ月上乗せ」でなんとか契約。苦い経験を糧に不動産業をスタート
――なるほど。結局、どんな形で賃貸契約を結ぶことができたのでしょうか。
須藤:ある不動産屋さんで、「礼金を1ヶ月分上乗せしていいならOK」と言っていただいて。男女間の同棲なら「婚約予定です」と言うだけで済むのに、男性同士だから上乗せ、とは理不尽な話ですが、当時は「礼金1ヶ月分で部屋探しが終わるならいいか」という気持ちが大きくて、条件をのんでしまいました。
――そういった賃貸契約での苦い経験が起業につながっているのですね。
須藤:はい、それとファイナンシャルプランナーとして働いていた前職でアウティングをされ、会社を辞めざるを得なくなったこともありました。当時いた会社でも「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」という言葉を使うようになっていましたが、現場はまるで理解していなかったのです。それで2014年にまず任意団体として創業し、最初はLGBTsが抱える老後への漠然とした不安を解消すべく、資産運用についての勉強会などを行っていました。LGBTsの人は結婚→出産→子育てみたいなライフイベントを想像しにくいこともあり、若い頃から老後について考える傾向があるんですよね。その後2016年に法人化、翌年から不動産業をスタートしました。
▲IRISと株式会社コスモスイニシアとの共同でLGBTsやDINKSなど、幅広い大人の二人世帯に向けた間取りを実現したリノベーションマンションも企画。写真は、二人で同時使用しやすい2ボウルの洗面台。パートナーと程よい距離を保ちながら豊かな時間を過ごせる空間を目指したそう。
画像提供:株式会社コスモスイニシア
東京2020オリンピック・パラリンピックを契機にようやく「パートナーシップ制度」の活用が本格化
――2015年11月に渋谷区と世田谷区で「パートナーシップ制度」が施行されましたが、不動産業界に良い影響はありましたか
須藤:じつは2018年くらいまでは、お付き合いのある不動産関係者の中では「それが何の役に立つの?」という空気でした。管理会社や大家さんに対して「こういう制度があるんですよ」と言っても、同性だったらやっぱり今まで通りルームシェアの枠に入れられてしまう。そこで、私たちとしては仕組み作りからやっていこうということで、積水ハウスグループやLIFULLなどの不動産会社をはじめとした企業向けのD&I研修などを行う取り組みを始めました。そのチャレンジを続けているうちに、オリンピック・パラリンピックの2020年大会あたりからパートナーシップ制度がうまく活用できるようになってきて、ご紹介できる物件も格段に増えていきました。
ペアローンや収入合算の門戸がLGBTsにも徐々に開放。マンション購入の追い風に
――分譲物件に関してはどうでしょうか。
須藤:そもそも住宅購入に関しては、住宅ローン控除が最大限に活用できるペアローン(注:住宅ローンの種類のひとつ。複数人が主債務者となってローンを組む借入方法)や収入合算(注:複数人の収入を合算し、申込人が主債務者となる住宅ローンの借入方法)が同性カップルなどには使えませんでした。住宅ローン商品で、同性のパートナーを配偶者と同等の立場として扱う方針を日本で最初に打ち出したのがみずほ銀行で、2017年のことです。同年、地方銀行では琉球銀行が住宅ローン商品における夫婦連帯債務の対象を、同性パートナーまで拡大しています。2020年には三井住友銀行が連帯債務型住宅ローンを同性カップルに適用しました。ただ、当事者たちが「家を買いたい」と思える社会状況になったのは2020のオリパラ以降。2022年にようやくドン!と跳ねたという感じだと思います。
――それは、当事者の方に「こういうローンが使えるよ」「これを使って住宅購入したよ」などの情報が共有されるようになったということでしょうか?
須藤:それもあると思いますし、世代的なこともあると思います。私は平成元年(1989年)生まれですが、自分がゲイだということに気づいた15〜6年前には「自分はゲイだから結婚もできない、子どもも育てられない、歳を取ったら1人で寂しく死んでいくしかないんだ」という、ネガティブな考えしか持てませんでした。もちろんカップルで家を買おうなんて考えてもみなかった。でも、今の若い世代はもっとポジティブ。そんな中で、住宅購入に対して意欲的なフェイズ移行がここ2〜3年で行われてきたということだと思います。
▲大きな窓があり明るい印象のあるIRISの打ち合わせスペース。「お客様とはセンシティブな話をすることも多いため、執務室とは別に個室を用意。リラックスしてご相談いただけるよう、それぞれのお客様に合わせて工夫しています」と須藤さん。
お金も時間もかかる公正証書の提出は必要? 機会損失の可能性をなくしたい
――それでもまだまだ問題は残されていますか?
須藤:はい、一言で言えば仕組みの問題だと思います。1つは商品性の問題。同性カップルがペアローンなどを組む場合は公正証書の提出が必要になる場合がまだまだ多い。この作成を行政書士に依頼すると20〜30万円ほどかかるほか、期間も1〜1ヶ月半くらいかかる。ただ、住宅ローンの申込に必要な要件を満たした公正証書を作成しておかないと、いい物件を見つけた時にパッと動けない。機会損失に繋がってしまいます。ただ、この話は僕もいろいろなところでお話ししていますが、最近は沖縄銀行、沖縄県労働金庫など、公正証書なしでOKという金融機関も増えてきました。前出の琉球銀行も、2021年以降は公正証書の提出が原則不要となりました。
ちなみにパートナーシップ制度の取得も東京都の場合は最短2週間くらいかかる。これは事実婚の方も含まれる問題ですが、結婚している人には必要のない手続きがすごく多いのは課題です。
せっかく一緒に購入した我が家から追い出される!? 相続時の問題
もうひとつは税制上の問題です。僕たちは婚姻制度が利用できませんから、家を買っても相続ができない。正確に言えば、相続はできるけれど、法定相続人ではないので税金がものすごくかかるんです。さらに、法定相続人から遺留分請求をされる可能性があります。遺留分は遺言書で「パートナーに全部残す」としていたとしても請求されるものなので、これは制度が変わらなくてはどうにもならない点だと考えています。
――それでも、遺言書は残しておいた方がいいのですよね。
須藤:そうですね。僕たちの直接のお客様ではないのですが、パートナーの方が亡くなった後、それまでは仲良くしていたはずのパートナーのご遺族が掌返しをして、葬儀にも参加させてもらえなかった、一緒に購入した家からも相手名義だったために遺族の意向で追い出されてしまった、という話も聞いたことがありますし。2人の共通の口座を持っていても、相手名義だと引き継ぐことはできません。法定相続人になれるかなれないかではその後が全然違うので、これは本当に大きな課題だと思っています。
▲LGBTs当事者とアライのスタッフにより運営されているIRIS。須藤さんがスタッフに常に伝えているのは「圧倒的な当事者意識を持つこと」だそう。
必要なのは非当事者の理解と支援。誰もが安心して暮らせる住まいを
――これは賃貸・分譲問わずではありますが、同性カップルが暮らす上でのリスクについてはどうでしょうか。
須藤:アウティング問題ですね。マンションの場合、管理人さんなどに限定的に伝えた自分たちの関係を管理組合の総会などで勝手に話されてしまうことがあります。これはすごくセンシティブで難しい問題です。また、特に男性同士だと住民の中で目立つので、できるだけ戸数の多い物件を選ばれる方もいらっしゃいます。あとはエリアについても保守的なエリアと、あらゆる人が排除されない街作りをしようとしているエリアでは住みやすさが違いますから、僕たちも後者だと物件のご紹介がしやすいところがあります。あとはパートナーシップ制度がある自治体の方が、何かあった時に行政に相談しやすいという安心感は持ってもらえますね。
――安心感という話だと、他の不動産会社で契約して傷ついた経験をお持ちのお客様もいらっしゃるでしょうし、いろいろ心配を抱えて来られる方も多いでしょうから、営業される上でも気をつけられていることなどもあるかと思います。
須藤:そうですね。現場のスタッフに常に伝えているのは、「圧倒的な、本当に圧倒的な当事者意識を持とうということと、寄り添う力を持とう」ということです。お客様が希望される条件では正直厳しいということもありますし、カップル双方の意見が合わないこともある。売主側の都合でうまく条件が合わないこともある。そんな時には、どうやったらお客様が幸せに暮らせるのかを徹底的に考える。そうすると見えてくる解決策もあります。
また、寄り添う力というのは、シンプルに言えば「配慮」ということ。私たちの会話の中で「ゲイですか? トランスジェンダーですか?」などと尋ねることは一切ありません。本来、お部屋探しにセクシャリティやジェンダーは関係ないはずですから。言葉選びには本当に気をつけるように指導を徹底しています。
――それは私たちもきちんと考えなくてはならないことですね。先ほどおっしゃったアウティングの件や住みやすさの件も含め、社会全体が変わらないといけない。
須藤:はい。日本における性的マイノリティは人口の8〜10%くらいの数で、これは左利きの人や15歳未満の子どもの割合と同じくらいなのですが、そうは言ってもマイノリティですから、僕たちだけで声を上げても変わらない。もちろん、10年前に比べるといろいろな選択肢は増えてきたし、社会は前進していますが、まだまだアライ(注:性的マイノリティを理解し支援する人)の方の協力が必要だと強く感じています。
[あわせて読みたい]同性カップルで2人で一緒に生きている証が欲しかった。それでマンションを購入
取材・文:山下紫陽 撮影:三村健二
WRITER
ライター / 編集者。オンラインメディア、会員誌やフリーペーパーなどで、建築、アート、カルチャー、ライフスタイル全般の記事の執筆やインタビューなどを行っている。デザイン関係のトークイベントなどでファシリテーターを務めることも。
おまけのQ&A
- Q.LGBTs当事者における住まい探しの課題、具体的にはどのようなものがありますか?
- A.IRISが今年、全国の16歳以上65歳以下のLGBTs当事者に行った、LGBTs当事者が住宅環境の課題についてどの程度認知しているかアンケート調査を行ったところ、住宅購入に関しては「同性カップルだとペアローンなどの住宅ローンが使えないことがある」(35.8%)、「同性カップル名義で購入した物件も、生前に手続きをしないと相続できないことがある」(32.8%)などが挙げられました。一方で、「知っている課題はない」と回答した人も多く(50.7%)、当事者でも住まい探しの潜在的なリスクを知らない人が多いことも分かりました。 出典:PRTIMES