大事なのは役割分担とコミュニケーション。大規模修繕を成功させるには?

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ゼファー北鴻巣オレンジステージ

マンション管理における最も大きな仕事のひとつ、大規模修繕。「ワンチーム」で大規模修繕を乗り切ったマンションの取り組みを取材しました。

取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 撮影:石原麻里絵(fort)

長期修繕計画に基づき適切な修繕を行うことは、その先も安心して住み続けるためにも大事なことです。しかし、住民の中から組織される理事会は、必ずしも修繕に精通したメンバーが集まるわけではないはず。中には、何の知識も持たないまま抽選で理事や理事長に選出され、途方に暮れている人もいるかもしれません。

 

そこで、参考になりそうなのが北鴻巣にある2008年3月竣工の11階建マンション「ゼファー北鴻巣オレンジステージ」の事例。2021年に実施した初めての大規模修繕では、必要な修繕のみを低コストで実現できたといいます。それは早い段階で建物修繕委員会を立ち上げ、意欲を持った理事会が全面サポートし、コンサルタントや管理会社も含め関わるメンバー全員が各々の役割を全うし、協力し合ったから。その中心的な役割を担った建物修繕委員会の長島徹朗さん、大規模修繕がスタートするタイミングで理事長に就任した赤石澤天則さんにお話を伺いました。

 

――赤石澤さんは3年前、26歳の時にこちらのマンションへ引っ越し、その直後、いきなり理事会の理事長に就任されたそうですね。

 

赤石澤:はい。4月に入居して、6月に理事長に就任しました。

 

――自ら立候補されたのですか?

 

赤石澤:いえ、居住者全員を対象にした抽選で決まりました。入居前から「6月に総会があり、その前に新しい理事長が選任される」ということは知っていましたが、まさか自分になるとは想像していませんでしたね。しかも、当時は初めての大規模修繕に向けて本格的に動き始めようかというタイミング。正直、「ええ〜」と思いました(笑)。ただ、理事会の仕事の内容や大規模修繕の大変さをよく分かっていなかったこともあって、あまり重くは受け止めていませんでしたね。

 

長島徹朗さんと赤石澤天則さん

▲右が理事長の赤石澤天則さん。第12期(2019年)から現在に至るまで4期にわたり理事長を務めている。

 

――まあ、なんとかなるだろうと。

 

赤石澤:そうですね。決まった以上は頑張ってみようかなと。……といっても、最初は意識がかなり低かったと思います。それまでマンションに住んだことがなく、理事会の存在も管理のことも何も知らなかったですし。ちなみに、理事長になって最初の総会は結婚記念日と重なっていて、旅行に行くことが決まっていたので欠席させてもらいました。

 

長島:最初の総会で前理事長からの引き継ぎを行う予定だったのですが、肝心の新理事長がいない状態でした。建物修繕委員会の私の立場からすると、「これから大規模修繕が始まるのに、大丈夫かな?」と。正直言って不安でいっぱいでしたね(笑)。でも、実際のところ、赤石澤さんはしっかり理事長の仕事を全うしてくれ、建物修繕委員会としても非常に仕事がやりやすかったです。

それに、2021年の6月で2年間の任期が切れる時も、赤石澤さんは「まだ大規模修繕の途中ですし、他に誰も候補がいないのであれば、最後までやりきろうと思います」と、理事長を続けてくれることになって。

 

――せっかくの機会なので赤石澤さんにお聞きしたいのですが、最初は理事長の仕事にそこまで乗り気ではなかったのに、何かをきっかけに気持ちが変わったのですか?

 

赤石澤:そんなに大した話ではないのですが、結婚したことで暮らしに対する意識が変わったのと、理事会の仕事をしていくなかで「マンションでの暮らしは、誰かが管理しないと成り立たない」ことを知ったのが大きいかもしれません。共用部の草の手入れや、ちょっとした修理、浄水の処理槽の更新など、ひとつひとつに承認印を押す必要があって、その度に管理の重要性を実感するようになりましたね。

あとは、大規模修繕が具体的に動き出し、建物修繕委員会が作ってくれた提案書や資料などを読んでいくうちに少しずつ知識が増え、各所とメールのやりとりなどを重ねていくうちに気持ちが変わっていきました。そんなふうに、自分も微力ながら大規模修繕に関わり、みんなで力を合わせて進めてきた積み重ねがあったので、任期が終わったからといって放り出すことはできないかなと。ですから、すんなり「やります」という言葉が出てきたのだと思います。

 

――2021年に実施した大規模修繕について詳しくお伺いしたいのですが、建物修繕委員会や理事会のほか、どんな人がどのような関わり方をしたのでしょうか?

 

長島:まず、座組みについては建物修繕委員会が核となり、理事会、マンション管理を専門とするコンサルタント、管理会社が協力するという形をとりました。それぞれの役割分担を明確にして、各自がやるべきことをしっかり果たしつつ、相互に密なコミュニケーションをとりながら進めていきました。

 

ゼファー北鴻巣オレンジステージの大規模修繕座組

 

――管理会社任せにせず、住民の中から組織される建物修繕委員会や理事会が、大規模修繕を主導したわけですね。

 

長島:そうですね。私は大規模修繕を成功させるポイントは、主に3つあると考えています。一つ目は「高い意識を持った理事会」。修繕の大切さを理解している理事長と理事会のメンバーが、真剣に取り組んでくれることが重要です。

二つ目は「大規模修繕に必要なスキルを身につけた建物修繕委員会」。最初は知識やスキルが不足していたとしても、コンサルタントと繰り返し現場を見て、修繕についてのレクチャーを受けながら専門用語や工法などを学んでいく。これを時間をかけて少しずつ身に付けていけば良い。そして、いざ大規模修繕がスタートする時には建物修繕委員会のメンバー全員が、最低限のスキルを身に付けていることが望ましいです。

三つ目は「能力があり、人柄も信頼できるコンサルタント」。特に初めての大規模修繕となると、委員会、理事会ともに全員が未経験です。そのため、経験豊富なコンサルタントのアドバイスは欠かせないと思います。

 

――そのコンサルタントは、どのように選出されたのでしょうか?

 

長島:10年以上かけ、能力や人柄をじっくりと見極めて選出しました。私は新築時にこのマンションに入居し、第一期の理事長に就任したのですが、その頃から大規模修繕を適切に行うためにはコンサルタントの存在が重要だと考えていたんです。

そこで、建物修繕委員会を発足すると同時に、都内にある著名な管理組合団体に足を運び、コンサルタントを紹介していただきました。最終的にはその方に正式にお願いすることになるのですが、それまでに10年をかけて知識の量や経験値、それから人柄などを見極めていきました。

 

――10年とは……。ものすごく慎重ですね。

 

長島:私が石橋を叩いて叩いて渡るくらい慎重な性格ということもありますが、それだけコンサルタントは大事だということですね。その方とは大規模修繕が本格始動する前から、報酬をお支払いして屋上の劣化具合をチェックしてもらうなど、定期的にコミュニケーションをとっていきました。その際に、技術的なトレンドや他のマンションの事例をどこまで押さえているかなど教えていただきながら、言動を含め注意深く様子を伺った結果、信頼できる方だと分かり依頼すると決めました。

 

長島徹朗さん

▲建物修繕委員会の委員長を務める長島徹朗さん。第1期(2008年)から第3期(2010年)の間管理組合理事長を務め、以後、現在に至るまで現職。

 

――能力や人柄も申し分ない上、それまでに何度も現地を視察してもらい、コミュニケーションを積み重ねている。マンションの実情も把握しているから、より適切な修繕を提案してもらえそうですね。

 

長島:そうですね。私たちと一緒に繰り返し建物を見てもらい、劣化の状態や、どのような修繕が望ましいかなど、何度も会話を重ねてきました。そのため、大規模修繕を本格的に検討し始める前から、建物修繕委員会とコンサルタントの方との間では、修繕が必要な箇所やレベル、工程までがほぼ精査できている状態でしたね。あとは、理事会がバックアップしてくれれば、スムーズに進むであろうと考えていました。

 

大規模修繕を行ったという屋上

▲漏水や災害のリスクを回避するという観点から、屋上は徹底的な修繕を実施。一方、共用部の廊下など劣化の少ない部分は修繕を行わないといった「メリハリ修繕」で、安全性の確保とコストダウンを実現した。

 

――大規模修繕という大きな山は越えました。この先、管理組合として力を入れていく取り組みがあれば教えてください。

 

長島:現在は4月にスタートした「マンション管理適正評価制度(※1)」と「マンション管理計画認定制度(※2)」の申請に向けて動き始めています。

 

「管理適正評価制度」については、最高評価の「5つ星」取得に向けた取り組みを進めているところです。一方の「管理計画認定制度」は、鴻巣市では来年度からスタートする予定ですので、来年以降の申請を予定しています。

 

ゼファー北鴻巣オレンジステージ

▲北鴻巣駅からほど近い「ゼファー北鴻巣オレンジステージ」。認定基準を満たせるような管理の仕組みにより、「マンション管理適正評価制度」と「マンション管理計画認定制度」の申請を目指す。

 

――なぜ、この制度を活用することになったのでしょうか?

 

長島:私が理事会に対して提案書を出しました。管理が市場で評価される時代が必ず来る、「近い将来、国がマンション管理の状態を評価するような制度ができるだろう」と予測していたんです。ですから、15年前の入居前に、いつか制度ができることを想定して、認定基準を満たせるような管理の仕組みを設計しました。

それからも(マンション政策を管掌する)国土交通省の動きなどを常にウォッチしていたところ、ようやく国による「マンション管理計画認定制度」やマンション管理業協会による「マンション管理適正評価制度」が制定されることになったと。概要を見てみると非常に分かりやすい内容でしたし、意義のあるものだと思いましたので、うちのマンションでも活用してもらいたいと理事会に提案書を出しました。

赤石澤:最初に長島さんから提案書をいただいた時は、まだ管理会社すら制度の存在を認識していないくらいのタイミングでした。その後、管理会社の方も制度についていろいろと調べてくれて、今は理事会のほうで申請の準備を進めているところです。

 

 

――ちなみに、今回の制度の評価項目などは、長島さんが想像していた通りでしたか?

 

長島:そうですね。大枠は私が思った通りでした。もちろん、想定していない項目もありましたが、それでもマンション管理適正評価制度の評価項目に照らして自己採点してみたところ、管理規約の修正などにより100点満点中97点くらいになりそうでした(※あくまでも自己採点なので本審査により点数は変動する)。現在、この点数を目標に、理事会のほうで取り組みを進めてもらっています。

 

――最後に改めて、大規模修繕についてお伺いします。赤石澤さんは入居後すぐ理事長に就任し、いきなり大規模修繕という大仕事に関わることになったわけですが、他のマンションでも同じように経験や知識がない状態で大役を担うケースはあると思います。そんな人に対し、今回のご経験をふまえてアドバイスをいただけますか?

 

赤石澤:僕の場合は最初から長島さんを筆頭にたくさんの方々にサポートしていただいたので、あまり苦労することはなかったです。環境に恵まれていた自分からアドバイスできるようなことはあまりないのですが、ひとつ挙げるなら「分からないことは何でも質問する」でしょうか。

僕自身、それまではマンションにすら住んだことがなく、修繕にまつわる用語も仕組みも全く分からない中、本当にひとつひとつ質問して教えてもらいました。もし、長島さんのような存在がいなかったとしたら、おそらく頼る先は管理会社の担当者さんだったのかなと思います。ですから、何も知らない状態で理事長に選出されて困っているなら、まずは管理会社に「理事長になったので、基本的なところから教えてください」と相談してみるのがいいかもしれません。

 

――本当に真っ白な状態からスタートした赤石澤さんだけに、説得力がありますね。

 

長島:赤石澤さんが知識ゼロの状態で理事長になり、それでも大規模修繕を最後までしっかり全うしてくれたことは、とても良い前例になったと思っています。もともと経験や知識がある人であれば、できるのは当たり前ですから。でも、マンションの管理について考えたこともなかった人が、周りに教えてもらいながら、これだけの重い仕事をやり遂げてくれた。この先、理事長になる人も安心できると思うんです。何も知らなくても、みんなが助けてくれるから大丈夫なんだって。

 

長島徹朗さんと赤石澤天則さん

▲親子ほど年齢が離れていても、ひとつの目標に向かって意見を出し合い、行動する。「それが管理組合の仕事の楽しさ」と、お二人は声を揃えて話す。

 

――理事の仕事、ましてや大規模修繕に関わるとなると、どうしても「大変そう」「面倒くさそう」といったイメージが先に立ってしまいます。その心理的なハードルを下げるサポートは、とても大事なことですよね。

 

長島:そう思います。それに、もちろん大変なこともたくさんありますが、それ以上のやりがいや達成感も得られるのではないでしょうか。少なくとも私自身は、大規模修繕に関われてよかったと思っています。赤石澤さんをはじめ、意識の高いメンバーと目標に向かって一緒にやっていくのは、とてもワクワクしましたから。

理事会は会社のように全員が専門的なスキルを持っているわけではなく、むしろそういう人は稀です。スキルの差も経験も年齢もバラバラな人たちが、自分のできる範囲で力を発揮して成し遂げる。それって、素晴らしく価値のあることなのではないかと、今回の修繕を通して実感しましたね。

今回必要な修繕を低コストで実現することはできましたが、住民の皆さんとのコミュニケーションが課題として明らかになりました。コロナの影響で住民説明会が開けず文書配布になってしまったこともありますが、次の大規模修繕では、ぜひこの点の改善に取り組みたいと思っています。

 

(※1)マンション管理適正評価制度……一般社団法人マンション管理業協会が管掌。「規約の整備状況」「修繕積立金会計の収支」「耐震診断の実施の有無」といった30の項目の達成状況をそれぞれ数値化し、総合的な管理の状況を100点満点で評価。90〜100点は「星5(特にすぐれている)」、70〜89点は「星4(優れている)」、50〜69点は「星3(良好)」、20〜49点は「星2(改善が必要)」など、6段階の等級に分類する。
(※2)マンション管理計画認定制度……国土交通省が管掌。マンション管理の状況を地方公共団体が評価し、一定の基準をクリアすると「適切な管理計画を持つマンション」として認定を受けられる。

 

WRITER

榎並紀行
編集者・ライター。編集プロダクション「やじろべえ」代表。住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手がけている。X:@noriyukienami

おまけのQ&A

Q.マンション管理適正評価制度、マンション管理計画認定制度についてもっと知りたい!
A.マンションプラスでは、マンション管理業協会と国土交通省に取材した記事を公開中。ぜひそちらをご参照ください。