マンションの管理費・修繕積立金の値上げが相次いでいます。マンション管理士の山本直彌さんに、値上げ傾向にある理由と適正額の見極め方を聞きました。
管理費・修繕積立金の値上げが相次いでいる理由
――マンションの管理費・修繕積立金はどの程度上がっているのでしょうか?
山本直彌さん(以下、山本):首都圏中古マンションの2023年の管理費の平均は201円/㎡、修繕積立金は187円/㎡です。5年前と比べるといずれも10%前後上がっています。
また、新築マンションの管理費・修繕積立金も上昇傾向にあります。さくら事務所が、大手が分譲した都心9区の新築マンションを調査したところ、2024年の管理費の平均は512.1円/㎡、修繕積立金は173.0円/㎡でした。2019年からの5年間の上昇率はいずれも30%以上です。

▲新築マンションの管理費・修繕積立金も上昇傾向にある。(※表はひと月あたりの管理費・修繕積立金)
――なぜこれほどまで管理費・修繕積立金は上がっているのでしょうか?
山本:まず、管理費のほうは人件費の高騰が大きいと思います。また、光熱費や保険料の高騰も影響しています。管理費の中で最もウェイトが大きいのは、管理会社の委託費です。管理は属人的な業務で、管理会社も人材不足が顕著に見られるため、管理費に転嫁せざるを得ない状況となっています。
一方、修繕積立金の高騰の要因として最も大きいのは、建築コストの上昇でしょう。建築費は2012年のアベノミクス以降、右肩上がりで上昇しており、国土交通省の建設工事費デフレーター(参考:国土交通省ウェブサイト)によれば2012年から2023年までの上昇率は30%を超えます。
建築コストが上昇している要因は、東京オリンピック前の建設特需やコロナ禍の住み替え需要の拡大、国際紛争などさまざまです。もちろん人材不足、人件費の上昇も大きく影響しています。

▲さくら事務所 取締役副社長COO 山本直彌さん。※所属先・肩書きは取材当時のもの
管理費・修繕積立金の値上げに応じないこともできる?
――管理費や修繕積立金はどのように値上げが決まるのでしょうか?
山本:管理費も修繕積立金も、総会の普通決議で値上げが決まります。管理費は、管理会社から値上げの打診を受け、そのまま決議されることもあれば「値上げの理由が不透明」といったことが理由で決議が通らないこともあります。
一方、修繕積立金は管理会社から値上げを打診されることもありますが、一般的には管理組合が値上げの必要性を感じれば議論し、決議にかけるという流れです。
――管理費の値上げは断ることもできるのですか?
山本:もちろん断ることもできます。ただ昨今、マンション管理の現場では「買い手市場」と「売り手市場」の逆転が見られています。これまではマンションの管理組合が管理会社を選べる時代でしたが、近年は人材不足や物価高、高経年マンションの増加などを受け、管理会社が管理組合を選ぶ時代になりつつあります。
値上げに応じないのであれば、場合によっては管理会社の撤退も覚悟しなければなりません。どの管理会社も人材不足ですので、値上げを回避して他社へ乗り換えることも容易ではないでしょう。また、最近は管理費の「ステルス値上げ」も見られます。
――管理費のステルス値上げとは?
山本:「久しぶりに食べたお菓子がすごく小さくなっていた」という経験をしたことがある方も多いのではないでしょうか。同様に、管理費が変わらないのに管理の質が落ちる事象を管理費のステルス値上げと呼んでいます。
管理の質というのは、主に人材の質です。分かりやすくいえば、管理会社の担当者がベテランの方から若手になる、管理員さんの年齢が上がるといったことです。必ずしも年齢が質に比例するわけではありませんが、管理は属人的な業務が多く、ホスピタリティや気配りが求められます。管理会社の担当者は、社内の会計部門や工事部門などとの橋渡し役となり、清掃会社や警備会社、設備保守点検会社などを取り仕切る立場にもあるため、経験が物を言う部分も大きいといえます。加えて、管理費を上げられないために、植栽の剪定や保守点検などの頻度を下げざるを得ないということも出てくるでしょう。
――修繕積立金は管理組合の意思で上げていくものとのことですが、なぜ値上げ傾向が見られるのでしょうか?
山本:修繕積立金値上げの機運が高まったのは「マンション管理計画認定制度」と「マンション管理適正評価制度」が創設された2022年4月以降です。
マンション管理計画認定制度は国の制度、マンション管理適正評価制度はマンション管理業協会の制度という違いがありますが、両制度とも認定や評価を受けるには以下のことが求められます。
・30年以上の長期修繕計画
・長期修繕計画に2回以上の大規模修繕工事が含まれている
・計画の最終年度が黒字
・計画中一時金の徴収が発生しない
近年、両制度に適応するには修繕積立金を上げざるを得ないという結論に至るケースが増えており、数十%の値上げどころか、2倍、3倍に引き上げるマンションも少なくありません。マンションの管理や修繕に対する意識もどんどん高まっています。
――修繕積立金値上げの決議が通りにくいマンションの特徴は?
山本:一つは、投資型のマンションです。投資目的でマンションを所有されている方が重視するのは月々の収支であるため、長い期間かけてマンションの住みやすさや資産性を維持していこうという気持ちが薄い傾向にあります。
そして二つ目は、高齢化が進んでいるマンションです。年金生活の方は、修繕積立金の値上げに対応しづらく、多くは20年後、30年後のことより、今の暮らしを大切にされています。高齢な方が多いマンションは、管理費についても値上げしづらい傾向にあります。
――修繕積立金不足に陥ったマンションはどうなるのでしょうか?
山本:必要な修繕が実施できないので、修繕計画を見直す必要があります。しっかり見直して現実的な修繕計画に変えられればいいですが、必要なタイミングで必要な修繕ができないことが明確になると、マンションの安全性や快適性、資産価値を下げることにもなりかねません。
管理費・修繕積立金の「適正額」の見極め方とは
――値上げの妥当性や適正額はどのように見極めればいいのでしょうか?
山本:よく言われるのは、国土交通省のマンション総合調査で報告される平均値や修繕積立金に関するガイドラインと比較する、あるいは周りの同条件のマンションと比較する……ということですが、個人的にはそのどちらも核心はついていないと思います。
というのも、マンションの管理費や修繕積立金は相対評価ではなく、絶対評価で導き出すべきものだからです。マンションによって設備や住んでいる方々の収入や意向は異なるため、管理費や修繕積立金の平均や周辺マンションのデータは、参考にはなっても指針にはならないでしょう。
管理費の適正額を見極めるには、単年度の収支状況を見ることが大切です。赤字が出ていれば、管理費は適正ではないと判断できます。とはいえ「赤字=値上げしなければならない」というわけではありません。収入を増やすだけではなく、支出を減らすことも赤字を解消する方法のひとつです。
――管理費の中で減らせる支出とは?
山本:まずは、現状を把握することが大切です。管理会社による点検や清掃の頻度、管理員さんの勤務時間、火災保険などの状況と費用対効果を精査し、無駄なものを削減していくという作業になります。点検頻度や保険の約定割合などはリスクとの兼ね合いもありますから、できれば第三者の専門機関に相談することをおすすめします。
また、収入を増やす方法は、管理費の値上げだけではありません。築年数を重ねていくうちに、使われなくなる設備が出てくることもあると思います。たとえば、新築時には小さな子どもで賑わっていたキッズルームも、築20年にもなれば当時の子どもたちは成人しています。古いマンションでは、車離れや住人の高齢化などから駐車場の契約率が下がっていることも少なくありません。こうした使われていない施設・設備を変えることで、収益を生む施設・設備にするというのも一案です。
たとえば、キッズルームをトランクルームに改修したり、機械式駐車場を平置きにしたりすることで収益を生んだり、維持管理コストを下げることができるようになることもあります。
――修繕積立金の適正額はどう判断すればいいですか?
山本:長期修繕計画をしっかり見ていく必要があるでしょう。多くのマンションは新築時、段階的に修繕積立金を増加していくことを前提とした「段階増額積立方式」を採用しています。長期修繕計画で赤字になる年があったとしても、修繕積立金を上げていくことになっていて、その計画で赤字にならないのであれば問題ありません。
――積立方式を変えるケースもあるのでしょうか?
山本:段階増額積立方式から長期間にわたって一定金額を積み立てる「均等積立方式」に切り替えるマンションも見られます。均等積立方式でも、工事費の高騰や修繕計画の見直しなどによって値上げしなければならないことはありますが、段階増額積立方式のようにこまめに値上げする必要がありません。
段階増額積立方式は徐々に徴収額が上がっていくため、新築時にマンションを取得して築浅のうちに手放す人と築年数を重ねてから取得した人とでは、負担が大きく異なります。公平性が保てるという点でも、均等積立方式は優れているといえるでしょう。また、段階増額積立方式は修繕積立金値上げの都度、総会決議が必要となるため、合意形成の負担においても均等積立方式が優れているといえます。国も、早いうちに均等積立方式へ切り替えることを推奨しています。(参考:国土交通省 段階増額積立方式を採用しているマンションは早めに均等積立方式に切り替えよう!)
しかし、段階増額積立方式から均等積立方式へ移行するタイミングの値上げ幅が大きく、年収や年齢、永住志向は世帯によって異なるため、合意に難航することも少なくありません。また、インフレ下では徐々に現金の価値が薄まっていくということを考えると、早いうちからたくさんのお金を積み立てておく均等積立方式は今の時代に適さないと考える方もいらっしゃいます。とはいえ、5年後、10年後に確実に値上げしたり、一時金を徴収したりすることができるわけではないため、お金の価値が目減りしたとしても積み立てていったほうがいいという考え方もあります。
どちらも間違いではないからこそ平均値や他のマンションの金額が指針にならないのであり、一概にいつどれくらい値上げすればいいともいえないのが修繕積立金の難しいところです。修繕計画や積立方式を含め、管理組合で話し合って決めていくしかありません。
――修繕積立金からの支出を減らす方法としては、どのようなものがありますか?
山本:大規模修繕工事の周期を長くする方法があります。基本的に、マンションの大規模修繕は12〜15年程度に1回となっていますが、周期が12年の場合は60年間の計画の中で5回大規模修繕を実施することになります。一方、周期が15年であれば、大規模修繕は4回となります。周期を延ばすには高耐久の素材を使って修繕しなければならないため、1回分の修繕コストは上がりますが、トータルで見れば修繕費を大幅に削減できます。
長期修繕計画は基本的に管理会社が作成していますが、管理会社が作る計画は総じて保守的です。たとえば、耐用年数が15年の給水ポンプを12年で交換しているといったことも少なくありません。これは管理会社の性質上、安全性を重視すべきという考えに基づいているため悪いというわけではありませんが「本当にそこまでやる必要があるのか」ということは精査する価値があるでしょう。

取材・文:亀梨奈美 撮影:宗野 歩
WRITER
不動産ジャーナリスト。不動産専門誌の記者として活動しながら、不動産会社や銀行、出版社メディアへ多数寄稿。不動産ジャンル書籍の執筆協力なども行う。
おまけのQ&A
- Q.マンションを適正に維持・管理していくには?
- A.山本:まずは、住人の方々に興味を持っていただく必要があります。ダイバーシティや多様性がこれだけ叫ばれている現在も、理事会や総会に参加される方の大半が男性です。マンションの名義人しか理事になれないという規約があるマンションも少なくありません。マンションにはさまざまな方が暮らしています。理事会や総会とは別に、男性、女性問わず、子どもから大人まで誰しもが気軽に意見を言える場を設けることが大切だと思います。