長谷工コーポレーション取締役・吉村直子さんが語る、シニアレジデンスへの情熱と未来像

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高齢者向け住宅・施設の調査研究業務に長年携わり、長谷工グループのシニア事業を管掌する吉村直子・長谷工コーポレーション取締役執行役員に高齢者向け住宅の変遷と、これからのサービス革新について聞きました。(以下、吉村さん談)

日本では、2000年に介護保険制度が始まったことにより、高齢者向け住宅の市場に大きな変化が起きました。それまで社会福祉法人や医療法人が中心だった市場に民間企業の参入が増えたことで、多様な選択肢の中から自分に合ったサービスを選ぶ時代に変わったのです。昔は、どの施設に入所するかを行政が決めるような時代もありましたが、介護保険制度の導入が契機となり、事業者側もお客様に選ばれる住宅やサービスの企画・開発が必要になりました。

 

長谷工グループは長年にわたり数多くのマンションを供給してきましたが、本業で培ったノウハウも生かして、1985年に有料老人ホームの運営を行う子会社を設立し、高齢者向け住宅の企画・開発・運営に40年近く取り組んできました。現在、首都圏・東海圏・関西圏の三大都市圏を中心に、活動的な高齢者でも、介護を必要とする高齢者でも、どちらの方々にも安全・安心・快適に住んでいただける高齢者向けの住まい(シニアレジデンス)を、「ブランシエール」「ブランシエールケア」というブランドで提供しています。

 

良質な生活環境を実現するために、ハード・ソフト両面で独自性のある取り組みを行っています。「ブランシエール」「ブランシエールケア」は、国が定めた法令制度に則って主に「有料老人ホーム」の区分で都道府県等に届け出をしていますが、「老人ホーム」という言葉からイメージされるような「施設」とは全く異なる、質のよいマンションに見える点がよいという評価も多くいただいています。

 

当社グループのシニアレジデンスでは、デジタルトランスフォーメーション(DX)にも力を入れています。もちろん、いつの時代にも優秀なスタッフによる丁寧なサービス提供を心がけ実践していますが、介護業界は深刻な人材不足に直面しており、サービスの質を落とさずに運営の効率化を図り生産性を向上させることが、安定経営のためには不可欠の課題となっています。

 

自立型のシニアレジデンスに入居いただいた方も、年数の経過とともに病気になったり体力が衰えたりして、介護が必要になることがあります。国の介護保険制度のもとでお客様に確実に介護サービスを提供するためには、ケアプランの作成、ケアプランに基づいたサービスの実施、サービス提供の記録化を行った上で、多種多様な資料を作成し介護報酬を請求するという手順が必要となります。税金や保険料からなる公金を使うため、厳密さが求められ、事業者には膨大な事務作業が必要になります。ほんの少し前までは、こういった作業を紙ベースで行うというアナログなやり方でまかなってきましたが、現実的にそれでは立ち行かなくなってきました。

 

そのため、音声入力やセンシング技術(※)などを活用して、大量の事務作業に要する人的コストを下げながらも、サービスの質を維持してご入居者の安全・安心を守る方向へと変わってきているのです。住戸内に設置した人感センサーや、睡眠状況をモニタリングできるIoT機能付きベッドなどの導入によって、変化をいち早く察知することが可能になりました。

 

※センシング技術:画像、温度、振動、音などの物理的な情報をセンサーで計測し、それをデジタルデータに変換し集積することで、さまざまな環境や生活者の心身状況などを定量的に把握すること。

▲㈱長谷工コーポレーション 取締役執行役員(経営管理部門サステナビリティ推進担当兼グループシニア事業管掌) 吉村直子さん。1992年、長谷工コーポレーション入社。1994年、長谷工総合研究所に出向。高齢者の居住環境や高齢者向け住宅・施設に関する調査研究、コンサルティングに従事。同研究所取締役主席研究員などを経て、2023年6月、長谷工コーポレーション初の女性社内取締役兼執行役員に就任。※所属先・肩書きは取材当時のもの。

こうした技術は業務を効率化するだけでなく、日々蓄積されていく膨大なデータを活用することで、健康管理・増進のための各種のプログラム作成などに生かされます。また、CO2濃度から大浴場やプレイルームなどの共用施設の利用・混雑状況をご入居者に適宜案内できるようにもしています。

 

これまで紙ベースで管理していたデータをICT技術の活用でデジタル化したことで、効率的な運営に繋げるだけでなく、新たに導入した機器やシステムを介して貴重なデータが日々蓄積され、将来にわたって活用できるようになりました。ご入居者も、こうしたデジタル活用に抵抗を感じる方は少なく、想定以上に短期間で馴染んでいただいています。

▲サウンドルームのモニターでも、共用施設の利用・混雑状況をご入居者に適宜案内している。

長谷工グループのシニアレジデンスに共通して言えることは、質のよい居住空間と五感を刺激するようなサービスを提供し、ご入居者が自由に生き生きと生活できるようお手伝いすることです。高齢期の住まいについて当社にご相談をいただくお客様の中には、シニアレジデンスでは食事や入浴、日常生活の全般について、事業者にきっちり管理されるのではないかと思われている方も少なくありません。でも、実際にはそのようなことはなく、レストランや大浴場など共用施設の利用時間やサービス提供時間を大まかに決めてはいるものの、日々の生活のしかたや時間の使い方は、ご自身の判断で決めていただくことができます。

 

食事についても、レストランを利用するのか、住戸内のキッチンで自分で作るのか、すべて自らの選択で決定できるのです。趣味の活動や学びなどのアクティビティに関しても、多様な選択肢をご提案していますが、強制的なスケジュールは設けず自由に選んでいただいています。シニアレジデンスといっても、あくまでもそれまでの住まいの延長上にあるもので、日々何をしたいのか、どのように暮らしたいのかといった生活の決定権はすべてご入居者自身にあります。

 

 

私は中学生の頃から住宅に興味を持ち始め、高校生の時には「将来は住宅関連の仕事に就きたい」と心に決めていました。でも、理系の勉強は苦手で、工学部で建築を学ぶのは無理だなと感じていました。そこで、生活する人の視点から住まいを統合的に捉えるというアプローチで学ぶことができる家政学部住居学科(現在は生活環境学部住環境学科などの名称になっているところが多い)で、住まいや住生活を学ぶことにしました。

 

そうして進学した大学で、1970年代から高齢者向け住宅・施設を研究していた恩師に出会い、その恩師の研究室で調査研究を始めるようになります。私が高齢者向け住宅に興味をもった約30年前の時点で、将来の日本では高齢化が急速に進んでいくことが明らかでしたので、この分野が民間事業としても大きく拡大していくであろうこと、そして高齢期の住まいや住まい方に多様な選択肢が増えていく可能性があることに大いに興味を持ちました。高齢者向け住宅の調査研究をしていくうちに、単に研究するだけでなく、自分が高齢者になった時に心から納得できる住まいを作りたいと思うようにもなっていきました。

 

大学院を経て就職活動をする際には、高齢者向け住宅に関する調査研究を行っているか、高齢者向け住宅事業を手がけている企業がないかと、いろいろ調べました。ゼネコンやハウスメーカーは、建築・土木技術などを中心に研究を行う技術研究所を持つところは数多くありましたが、私が大学で学んできたような、生活する人の視点から住まいを統合的に捉える研究を行う、いわゆるソフト系のシンクタンクを持つ建設・不動産系企業はほとんどありませんでした。

 

その現実にずいぶん悩みましたが、ある時、長谷工コーポレーションにはそのような研究機関(長谷工コーポレーション総合研究所(当時))があり、グループで実際に有料老人ホームの運営事業も手がけていることを知り、「私にはもうこの会社しかない」くらいの情熱と勢いで、なかば押しかけのような状況で長谷工に入社しました。

 

長谷工グループはマンション建設を中心としながらも、マンションの販売や賃貸、管理、リフォーム、大規模修繕など、サービス関連事業を幅広く手がけていたこともあり、私が入社した当時から女性社員の割合が比較的高く、さまざまな部門、職種で活躍している女性社員が多くいました。そうした環境のもと、自分がやりたいと思う仕事を若い頃からさせてもらえたこともあり、私自身は性別や年齢などによる働きづらさを感じるといったことは全くありませんでした。入社以来、調査研究部門でのキャリアを築くことができ、30年以上にわたって高齢期の居住環境や高齢者向け住宅の分野に携わることになりました。

 

これからの高齢者向け住宅では、安全・安心や快適さを追求するだけでなく、それらとは異なる付加価値も提供したいと考えています。例えば、アメリカの自立型高齢者向け住宅では、入居者が主導してコミュニティを形成し、建物内のライブラリーの管理、入居者同士の交流会や趣味活動の企画などを積極的に行っているところが多くあります。大学教授を招いて専門的な講義をしてもらうといった学びの場を設けているところもあります。

 

一方、日本では高い利用料を支払っているのだからと、「上げ膳据え膳」のようなサービスを期待する入居者が多かったり、事業者側も「お客様の手を煩わせるようなことはよくない」といった考え方で運営するところも少なくありません。でも、高齢者向け住宅はホテルではありません。多くの高齢者が集まって一緒に生活をしていく場ですから、ご入居者にも自らコミュニティに参画するという意識があったほうが、生活に彩りを与えたり、より生きがいを感じる生活を送れるのではないかと思うのです。人と交流しコミュニケーションをとることで、日々の生活にも新たな発見や感動があることでしょう。長谷工グループのシニアレジデンスでも、これまでの経験や蓄積を活かして、住まい手主体の良質なコミュニティが形成されるよう、運営面でも新たな挑戦をしていきたいです。

 

「高齢者になれば、日常生活にいろいろな制限や制約があって当たり前」と思われていたかつての時代から、年を重ねても自分らしさを失うことなく暮らせる社会へと変化してきた過程を、私自身は高齢期の住まいというフィルターを通じて長年見てきました。長谷工グループは、マンションを中心にさまざまな住まいと暮らしのサービスを提供してきました。それだけに、手前味噌にはなりますが、当社グループほど人々が集まって住むことの強みや可能性を知る企業はないのではないかと思います。

 

長谷工グループはこれからも、赤ちゃんから高齢者まで、すべてのライフステージやさまざまなライフスタイルに対応した住まいと暮らしを支えるサービスを提供するとともに、人生100年時代のサステナブルな(持続可能性のある)住まい方のご提案を続けていきます。

 

記事後編では、2023年5月に開設された最新のDXを導入した次世代型シニアレジデンス「ブランシエール蔵前」について詳しく取材します。

 

 

取材・文/小野悠史 撮影/石原麻里絵

 

WRITER

小野 悠史
不動産業界専門紙を経てライターとして活動。「週刊東洋経済」、「AERA」、「週刊文春」などで記事を執筆中。X:@kenpitz

おまけのQ&A

Q.長谷工グループで働いて良かったことは?
A.私が大学で高齢者向け住宅の調査研究をしていた時代は、民間企業が運営する有料老人ホームなどの高齢者向け住宅はまだ少なく、フィールドワークが必要となる調査を依頼しても断られてばかりでしたが、長谷工は快く受け入れてくれました。研究室の教授や仲間たちと一緒に高齢者向け住宅の現地を訪れ、数日間にわたる泊まり込み調査をさせてもらいながら、多くのことを学びました。

 

その頃も今も、当社グループには頑張って新しいことにチャレンジする人材を社内外問わず応援するという気質があります。こうした社風が私自身の社会人人生を決めることにもなり、その後仕事を続けていく中でも大きな支えとなりました。そうした長谷工グループでこれまで仕事を続けてこられたのは本当によかったと思っています。