甘えるのがヘタな人

そろそろ帰る?と言い出すのは、いつもただひとりそこに残る人だ。つまり母である。午後やや深い時間に入り、庭の樹々が長い影を作り出すと、母は急に落ち着きを失う。そして誰かがその言葉を口にするのを恐れるかのように自分から「帰る?」と切り出すのだ。一昨年父が死に、半年後に母はこの高齢者住宅に入った。自分で選び、手続きもした。私が知ったのはすべてが決まった後である。水くさいでしょ、と私は母をなじった。余りに何もかもできる母は娘として寂しい。そんな気持を果して母は知っているのだろうか。とこぼすと、3歳の娘の手を引く夫が言った。「かわいい人だよ」

クリックでスキップ