闇を疾走する父

 田舎の父が帰って行った。バスに乗る前、ほんまにごちそうさんやったねえと、僕たち家族に深々とお辞儀をした。顔を上げると父の目が潤んでいた。その瞬間、僕は父について大変な思い違いをしていたことに気づいた。3年前母が死んだ。その時父は、取り乱すでも涙を流すでもなく、何日かすると淡々と畑仕事に戻って行った。僕は父には寂しさという感情はないのだろうかと訝しんだ。その後僕たちの帰郷は間遠になって行った。 でも違った。父はやっぱり寂しかったのだ。それを口に出せないだけの人だったのだ。そして父は、息子家族とのたった一夜の夕食のために、慣れない深夜バスに乗って、600kmの闇の中を疾走して来たのである。その胸中を思い、僕はただ立ち竦んでいた。

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