1937年、個人経営の工務店として誕生した長谷工。
その後、1968年に最初のマンションを手掛けて以来50年あまり、
日本のマンションストックの約1割にあたる
70万戸超のマンションを施工してきた長谷工の歴史は、
マンションのスタンダードを築いてきた歴史でもあります。
1937(昭和12)年2月11日、兵庫県尼崎市に個人経営の「長谷川工務店」が誕生しました。
創業者の長谷川武彦はこの時弱冠23歳、自転車に乗って自ら注文を取りに回る毎日だったといいます。
戦後、1946(昭和21)年に兵庫県姫路市で株式会社長谷川工務店を設立、学校建築や社宅建築などを手掛けるようになっていきます。戦後の好景気に波に乗って急成長を続け、大阪、東京で株式を上場し、建設業とビル経営の二本立て経営を進めていきます。
ところが、1964(昭和39)年の東京オリンピック後の不況で一転して苦境に陥り、マンション建設への転進を図ることになります。
1968(昭和43)年、長谷川武彦はマンション建設へと大きく舵を切ります。自社マンション第1号を兵庫県芦屋市に建設し、建設から販売に至るまでのノウハウを蓄積します。
マンション建設に適した土地を持ち込み、マンション建設を提案し受注するという長谷工独自の「土地持込みによる特命受注方式」が誕生したのもこの頃です。
更に、1973(昭和48)年、標準化したユニットの組み合わせにより企画・設計・施工を行う「コンバス※」シリーズを開発、1982(昭和57)年まで次々に改良を重ね、マンションの量的普及と居住水準の向上に寄与しました。
※CONdominiumu BUilding System
1980年代からは、事業分野の多角化を図り、マンション事業以外に、ビル事業、不動産事業、資産運用事業、海外事業などを積極的に進めていきました。
東京都港区芝に新たな本社を建設した当社は、1988(昭和63)年には、新しい企業イメージづくりに取り組み、社名を「長谷工コーポレーション」に変更しました。
長谷工グループ各社も一斉に社名を変更し、新生・長谷工グループとして業容を拡大していきました。折りからの好景気に乗って、リゾート事業、ホテル事業、大規模面開発事業など、事業規模も一層拡大していきましたが、バブル崩壊で業績が悪化し、経営の抜本的な再建を図ることになります。
金融機関をはじめとするステークホルダーの皆さまのご支援のもと、マンション事業に特化することで、1999(平成11)年から経営再建に取り組みます。
マンション市場もこの頃から急速に回復し、首都圏で8万戸、近畿圏で3万戸というマンションブームが到来します。当社はマンション建設企業の原点に立ち返り、大型マンション建設を中心に安全・安心・快適な住まいづくりに邁進していきました。
一方、住まいに関わるサービス関連事業を強化するために、2003(平成15)年には新会社「長谷工アネシス」を設立し、フローとストックの両輪でのマンション事業を展開することになります。
2011(平成23)年、長谷工が施工したマンションの累計施工戸数が50万戸を突破しました。
1968年に最初のマンションを手掛けて以来40年あまり、日本のマンションストックの約1割にあたるマンションを施工してきた長谷工の歴史は、マンションのスタンダードを築いてきた歴史でもあります。
分譲マンションにおいて日本初の「長期優良住宅」の認定を取得し、マンションの長寿命化にも取り組んでいます。また、環境にやさしいマンションづくりや災害に強いマンションづくりを進めているほか、お客さまの声に真摯に耳を傾けながら、住まいに関する様々な取り組みを続けてきました。
今、創業80周年を迎え、お客さまの人生に寄り添う企業グループとして、社会に貢献できるよう研鑽を積んでまいりたいと考えています。