歴史的一歩を成し遂げた、ハセジョたちの537日の物語。
2017年3月、浦和駒場にマンションが竣工した。それは、建設業界にとっては偉大な飛躍だった。
“That's one small step for a man, one giant leap for mankind.”
(これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。)
内装も終え、「ブランシエラ浦和駒場」が完成したと聞いたとき、私は1969年、アポロ11号が月面着陸に成功した際、ニール・アームストロング船長が地球と交信したメッセージを思い出した。
それは、世の中にとってはひとつのマンションが建ったというニュースに過ぎないが、長谷工グループ、いや建設業界にとっては歴史を塗り替える一歩だったのである。
日本建設業連合会が女性がもっと活躍できる建設業をめざし、「けんせつ小町」活動をスタートさせたのは、2015年だった。長谷工グループは業界のリーディングカンパニーとして、すでに2014年9月「あべの王子小町(阿倍野区王子町計画)」を皮切りに、積極的に施工現場での「けんせつ小町」活動を推進していた。そして、長谷工グループは自グループでの9番目の「けんせつ小町」活動で、建設業界の歴史を一変させるサプライズプランを発表したのである。
それが、2016年1月に施工を開始する「ブランシエラ浦和駒場計画」だった。約5800㎡の敷地に7階建て146戸のマンション規模を「女性の管理者で建設する」と発表したのだ。施工現場だけではない。事業企画、開発推進、設計、施工、インテリア内装、販売、管理…つまりマンション計画から販売、その後の管理まで、「ブランシエラ浦和駒場計画」ではすべての部門で女性を起用するという大胆な構想だったのである。
大胆な構想ではあったが、実はマーケティング的には当然の構想だとも言えた。マンション購入のキーマンは、今日、言うまでもなく女性であり、居住後のマンションの快適維持の主導権の多くは女性が握っている。マンションに女性目線が不可欠であることはデータが物語っていた。しかし、長い歴史に縛られた建設業界で女性目線の採用は、女性人材の不足という現実を差し引いても後手後手に回っていた。その意味でも、全部門で女性を起用するという「ブランシエラ浦和駒場計画」は、まさに画期的なプロジェクトだったのである。
28年のキャリアで、これまで所長として8現場に携わり、今回も所長に就いた早坂にとっても、女性管理者での施工進行は初めての経験であった。そして、早坂は通常、10数年の経験が必要とされ、現場の最前線で指揮・監督する次席に5年目の岩﨑を抜擢した。
女性所員で大丈夫か?という外野の声に対し、早坂は女性所員を集めて、こう言った。「女性だけでやったこともないので、みんなが不安なのは当たり前。やるしかないと腹が決めて、ベストを尽くして行こう。」
おそらくは早坂には技術的な知識と経験の不足、男性職方たちとの軋轢は想定内だっただろう。問題は、知識と経験不足をカバーし、職方たちとコミュニケーションを重ね、信頼を得られるか。どこまで粘れるか…女性所員たちを信じるしかなかった。
まず、早坂と岩﨑は職場の環境改革に着手した。女性専用の休憩所、トイレ、シャワールームなどを備え、女性の所員・職方に働きやすい環境を整えた。
今回、プロジェクトの考えに賛同した協力会社から多くの女性の職方が現場に集結していた。この環境づくりは彼女たちのやる気を引き出した。さらに、育児中でも働きやすい現場にするための「パパママ朝礼免除制度」、所員と職方とのコミュニケーションを深めるだけでなく、働く現場を見せて家族からの理解を深める「親子見学BBQ大会の開催」を実施することで、女性だけでなく現場全員のモチベーションは徐々に向上していった。こうした新制度の採用やBBQの開催は人心をまとめるアクセントではあったが、現場がチームとして一丸になれたのは、ひとえに現場で意見交換と相互理解の繰り返しを連日、粘り強く続けたことによるものだった。幸いに女性所員と男性職方とは、「良いものをつくりたい」×「良いものをつくりたい」の関係であるため、毎日、お互いに向かい合う、理解し合う、補い合う努力を続ければ、いいチームになる素地はあったのである。
衝突しては対話し、共に考え、理解し、サポートし合う。日常茶飯事となったエピソードを語っていては、キリがない。数え切れないエピソードが次第に、「女性所員×男性職方」から「プロ×プロ」の構図に変わっていったことが何よりも重要であった。このことが、プロジェクトの確かなに進化の証だったのである。
「ブランシエラ浦和駒場」が完成した際、ある男性型枠工は振り返って、こう言った。「大工をはじめて6年目になるけど、いままでで一番思い出に残った現場だったよ。一生、忘れないと思うね。また呼ばれたら?もちろん、駆けつけるよ、決まってるじゃない。」
竣工したら、いちばんに次席を務めあげた岩﨑に話を聞こうと決めていた。
「けんせつ小町とか、女性活躍とか言ってますけど、一過性のものにしちゃいけないんですよね。最初、浦和駒場プロジェクトのプランを聞いた時、いろんな思惑が頭をよぎりましたけど、これはすべての女性にとってのチャンスなんだと理解して、臨むことにしました。歴史的一歩?かっこいいなぁ(笑)。でも…だからこそ、次の一歩を踏み出さないといけないですよね。私たちが、これからも続けていくことが大事なんです。若い世代が私たち世代をみて、女性でもできるんだって思ってもらえるように。」
話し終えた岩崎に声がかかる。「次席、うまいビール、行きません?」。男女の職方グループが岩崎を待っていた。